第一七話 辿り続ける記憶たち アイザック編
鎮花は床に転がった体に鞭を打つため、脳を働かせる。
「……あんなことがあったとしても、リリスフィアお母様がレム嬢を洗脳する理由がわからないわ」
頭に手を当てて、冷静に設定資料集の内容を思い出す鎮花。
そう、物語で一番にレム嬢が洗脳した理由は設定資料集にも書かれてなかったことなのだ。
きっと続編でそれがわかる可能性や、外伝の新刊で描かれる可能性はあったかもしれない。
けれど今知る手段がなくなってしまった自分は、これから本当に転生をしなくてはならない自分にはきっと知ることなどできはしないだろう。
……少し、新事実が多く見せられて頭も混乱している。
「……少し、落ち着きたいところだけど遅くなったらきっといけないわね」
追憶の回廊に来てさっきから何度も自分が倒れているが、ここに来てからずっと時間の感覚がない。
エノクの窓から空を見たが、青空のままだ。
……つまり、ここにはおそらく時間というものは存在しない、と推測できる。
「……次は、エノクお父様の部屋かしら。その次にアイザックお兄様の部屋に行きましょう」
……エノクの部屋の前に先にリリスフィアの部屋に行ったのは精神安定を図りたかったから、なんてレム嬢には絶対言えない。私のメンタルは強靭ではないのが露呈している気がするが、まあいい。
私は、リリスフィアの近くにあるエノクの部屋に向かった。
「……ん、あれ? 開かない」
エノクの質素な部屋の扉を開こうとしたら、部屋の内側から鍵が閉められているようだ。
……まあ、エノクの部屋に入れないのはなぜかわからないけど、しかたない諦めよう。
「じゃあ次は、お兄様かしら」
私ははぁと溜息を吐きつつも、彼の部屋へのマップを頭で思い描く。
確かフィリーネとレム嬢の部屋が近くて、アイザックの部屋だけ少し離れていたんだったな。
……なんだか、差があるような、彼だけ特別な感じがするのはしかたないと思うしかないか。
私は、真っ赤な絨毯を踏みながら彼の自室へ行く。
「……ここね」
アイザックの部屋の扉は、リリスフィアやレム嬢、フィリーネのような銀色の装飾と違いエノクの執務室のように金色の装飾が施されている。私は思い切って、彼の部屋の扉を開ける。
彼の赤毛にピッタリな赤色の室内が私の目に飛び込んでくる。
ゲームで彼の部屋を見た時はアマリリスの花言葉のイメージ通りだな、と思ったのも懐かしい。確か、赤いアマリリスの花言葉は、「輝くばかりの美しさ」、「すばらしく美しい」だったか……?
うん、確かそんな感じだったはず。
私は彼の机にそっと手を置く。
暖色系をメインとしたアマリュリス家の屋敷の中、異質にどうしても見えるのがリリスフィアとレム嬢の部屋、と言っても差し支えないだろう。
……徒花の忌子、という印象をよりはっきりさせるような表現だなと当時は思ったっけ。
『……ああ、どうしてなんだ』
アイザックは机の前で頭を抱え、辛そうに言葉を漏らした。
あれ? いつもならレム嬢が先に出てくるのに、今回はなんだか違う。
『……どうして、俺は人の心の声がわかってしまうんだろう』
そうだよな、アイザックのギフトは既知者……シルモノ、だったか。
相手の心を全て読み取れるって言う彼の能力は心理戦で彼に勝てるものなんていないだろう。
アマリリスの花言葉には「おしゃべり」がある。相手の心の中のおしゃべりも聞こえてしまう、という意味で空吾はそう設定したのだろうかとゲームで彼のルートを攻略していた時に思った。
彼が相手に優しいのも気遣い上手なのも、相手のしてほしいことをギフトの力でたくさん聞いてきたからだと私は勝手に思っている。
『…………ああ、レイクがお父様の言葉にあんなに耐えているのに兄である俺がこれじゃ、情けないな』
「…………お兄様」
私は慌てて口元に手を当てる。
アイザックは特に気にした様子もなく、泣き始めた。
そうだ、ここは追憶の回廊。
ある意味ホログラムを見ているようなものなんだから、気にしなくてもいいのか。
でも、やっぱり映像と言うより実際にそこに居ると思ってしまうほどリアル感がある。
ゲームの世界だけど、異世界っていうかファンタジーだから可能なんだろうな。
私は思い切って彼の肩に手をそっと置く。
『それにリリスお母様の計画まで知って、俺はどうしたら……』
「……え!?」
今、なんて……!? リリスフィアの計画!?
だから、本編の彼はレム嬢をあまり咎めないようにしていたのか……!?
コンコン、とノックの音が響いた。
綺麗な少女の声が聞こえる。
『お兄様……いらっしゃられますか?』
『あ、ああ。少し待ってくれるかな、レイク』
アイザックは、涙を袖で拭うとイスから立ち上がった。
そして、アイザックが扉を開けようとするところで、胸に痛みが走る。
「う、うう……!!」
私が胸元を抑えると、アイザックがこちらを見て驚いたような表情を見たのを最後に意識を手放した。




