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第一五話 辿り続ける記憶たち エノク編

 私は、瞬きをしながら目が覚める。

 体を起こし周囲を確認すると隣にいたレム嬢はもう消えていて、扉の向こうに見えていた二人もどこにもいない。まるで幻覚でも見ていたのかと疑いたくなるほどの鮮やかな消失だった。

 もしかして、今のが記憶……ということだろうか。


「今の胸の痛みは、記憶を回収できた……ということなの?」


 頭に手をやりながら、少し息を吐いてから私は歩き始める。

 胸の痛みの理由はよくわからないけれど、私ができるのは私が憑依していた時間で起こった本編では描き切れていない部分の記憶に触れていけばいい、ということなのだろう。

 ……それって、旦那がシナリオをしていて没になったシナリオを読んでいけということなのだろうか。でも、もしそうなら私は旦那から教えてもらった没シナリオにもある程度は目を通していたはずだ。

 ゲームが発売してから、というのが正しいことにはなるが。 

 それなのに、見たことがない。

 聞いたことがないとするなら、私が憑依したうえで生まれた物語……だとでもいうのだろうか。


「……考え続けていても、わからないわね」


 とりあえず、目星がつく場所を散策して行こう。

 そうすれば、あっという間に追憶の回廊での記憶たちを回収しきるだろう。


「とりあえず、フィリーネ、アイザック、リリスフィア、エノクの部屋と執務室に外の温室と庭園、くらいかしら……」


 ふと屋敷の外にも出られるのかどうか気になり、廊下の窓はガラス張りだからあまり開く仕様にはなっていない。別の人物の部屋の窓くらいなら開けられるだろう。

 でも、まず見るとするなら誰の部屋がいいだろう。

 ……あの父親以外のところに最初に入るのは心苦しくなってしまう気がした。

 いい話と悪い話があったら、まず自分は悪い方から聞くようにしている。

 つまり、一番の最悪を考えなくて済むフィリーネとアイザックの部屋は除外。

 一番最初に行くべきなのは、うん、やはりアイツの部屋しかないか。


「……よし、行こう」


 私は呼吸を整えてから、ゆっくりと廊下を歩いて目的地であるとある人物の部屋まで行く。

 鎮花は目の前に現れたレム嬢の屋敷の中で一番豪勢な扉のドアノブに触れる。

 開かれた先には大きな鹿の頭蓋骨がインテリアとしてお出迎えしてくれる。

 他は全体的に朱色と思われる壁や絨毯で、執務室に高級感を演出している。

 ……ゲームで見た部屋のと全く差異はない。

 ラディウスフロースでは鹿は神獣とされている。

 ティターニア女王の側にいた眷属ではなく、本当の神様的な存在だったキャラがいた覚えがある。

 確か名前、名前は……って、話が脱線してる!!

 私はとりあえず、エノクの窓を開けようと試みる。


「ん、んんっ……!! あ、開かない…………!!」


 子供の体とはいえ、全力を出したが何か施錠されているような痕跡がないはずだった。

 しかし押し出すタイプか、それとも襖を横にやるのと同じタイプかと色々やってみたが一向に開きそうにない。


「……ここは違うの?」


 私は溜息をつくと後ろで 小さいレム嬢とエノクが椅子に座っている情景が見えた。

 いや、映像のような感覚と言ってもおかしくないだろう。


『お父様、今日のレッスン。頑張りましたわ、褒めていただけると嬉しいのですが……いけないでしょうか』


 飾った笑顔のレム嬢はエノクに問いかける。

 容赦のない眼光で彼は彼女を睨みつけた。


『なんだと?』

『……いけなかった、でしょうか』

『アマリュリス家の令嬢として、勉強を熟すのは当然のことだ。お前は日々の勉強が、私に頭を撫でられるためにやっているなどとくだらない戯言(たわごと)を抜かすつもりでここに来たのか?』

『い、いえ! 決して、決してそのようなことは……っ』

『徒花の忌子として産まれてしまったお前が、私のために最大限貢献させるために産ませたに過ぎない。お前のような者が私から施しを与えられると思うな』


 ――――そこまで、言わなくたっていいじゃない。


 私は出かかった言葉を噛み殺した。

 唇から血が出そうだとか、ちょっと痛いとかそんなの関係なかった。

 その子は、貴方にただ褒めてくれたら嬉しいなって、そんな些細な願いを言っただけなのに。

 もしレム嬢を想った行動だったとしても、そこまでする必要が何があるのかは知らないから、苦手ということにはしていたが、我慢できそうにない。


「貴方――――」

『すみません。もう、二度とこのようなことは言いませんので……私のために、時間を割いてくださりありがとうございました』


 出かかった言葉を、偶然か彼女は遮った。

 レム嬢はスカートの裾を掴んで、顔を俯く。

 ああ、レム嬢はこんな言葉をかけられてもなお弱音を吐かなかったのか。

 ……情けないな、私。

 今、レム嬢にどんな言葉をかけてあげても気にした様子もなく、その心に刺さった棘をずっと味わい続けながら死んでしまうのが、心臓にナイフを刺される感覚すらしてくる。

 私は涙を流すことを、堪えることができなかった。


『顔を上げろ、この程度の言葉で泣くことなどアマリュリス家の恥だ』


 コイツ……!!


『…………泣いてなど、いませんわ。お父様は大切な助言をしてくださっただけですもの』

『それならいい。簡単に涙を晒すような女など、私の家にはいらない。いつだって捨てたっていいんだからな』

『……はい』


 こんなやりとりは、私には耐えられなかった。

 レム嬢が微笑んでいるのが、心を殺して、必死に押し殺して笑っているのが。

 貴族っていう者になったことがないから、と言われたらそれまでだろうけど。

 でも、レム嬢が心を折らなかったのは、きっと、きっともしかしたらそういうことなんだよなって思うと、私は涙を拭っていた。


『さっさと部屋に戻れ、勉強の復習でもしていろ』

『はい、お父様』


 レム嬢は扉を閉じて退室する。

 私はレム嬢の後を追う形で、エノクの顔を一度見てから執務室から出た。

 そこにはもうレム嬢はいなくて、胸が苦しくなった。


「う、っあ……!!」


 私は胸元を押さえて、床に手をつく。

 さっきよりも重い痛みで、私は思わずまた倒れ込んで気を失った。

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