第一四話 追憶の回廊へ
「ここは……」
気が付くと、私はレム嬢の自室にいた。
椅子に座って、目の前の机には私が書いた日本語のノートがある。
……どうして、彼女の自室に自分はいるんだろうという疑問よりも、辺りを見渡すことでさらに疑念が膨らんだ。
鎮花は辺りを見渡して、いつも見ていた光景と違うのに気づく。
いつものレム嬢の青と白で統一された部屋が、どことなく青白く光って見えたのだ。
私は、慌ててレム嬢の化粧台を見る。
鏡に映っているのは私の姿だったが、髪に触れるとレム嬢の髪色だった。
「つまり……ここが追憶の回廊、ということ?」
私は、白ローブの女の言っていた言葉を思い出す。
詳しく入っていなかったけれど、ここにいれば記憶の回収ができるはず……だと思いたい。
どういう仕組みなのかまではわからないが、自分の姿が鏡で見える時点でコンラッドに殺される前の状況ではないのは明白だ。だってあの時も鏡で何度も確認してもレム嬢の姿だったのだから、間違いない。
「………とりあえず、誰かを探せばいいのかな」
自分は口元を隠して、咳払いして喉の調子を整える。
確か憑依していたとはいえ、レム嬢の口調でないと回収しきれない可能性がある。
私は深呼吸をしてから、そっと廊下に出た。
「…………誰もいないのね」
扉を開けると廊下は真っ赤な絨毯が続いている……他の壁や周辺を見ても、レム嬢として部屋を出る時に見てきた光景と何ら変わらない。
誰も人がいる様子はなく、無人と言ってもいいくらい静かな空間が広がっていた。
私はごくりと唾を飲み、廊下に一歩足を踏み出した。
別に罠があるわけじゃなそうだと感じてからは、私が記憶の回収をするために足を踏み出し始めるのはそう時間がかからなかった。
とりあえず、適当に屋敷の中を回ろう。
「記憶の回収と言っていたけれど、こんなところでどうやって回収するのかは、教えてもらえなかったわよね」
もしくは、あの白ローブの女は私に教えたくなかったから、言わないまま送り出した、か。
それともただたんに忘れてた、面倒だった、の三択か。
……どちらにしろ、ここで動かなくては何も始まらないのは確定事項だ。
とりあえず、私は食堂へ向かった。
……そこが、レム嬢にとっても私にとっても、苦痛だった場所だったから。
もし見るなら、一番最初に見る方が精神的に辛くないと判断したからだ。
食堂の道まで、屋敷の最短ルートを使って向かう。
現れる豪勢な両扉は、本当に見慣れたものだ。子供の手で開けられるくらいで本当に助かる。
いつもなら、メリッサに扉を開けてもらっていたからありがたさと申し訳なさが両立したありがとうを何度言ったことか。
「…………よし」
私は、一息入れてから扉に手をかける。
すると、目の前に広がれた光景に私は唇を強く噛むことになった。
『どうして、旦那様はレイクに冷たく接するのですか!!』
『…………なんだ、唐突に』
目の前にはリリスフィアとエノクが、二人で口論になっている。
リリスフィアは席から立ち上がり、エノクに怒号する。
そんなエノクは食事をし終えたからか、口元をナプキンで拭った。
その近くで、いや、正確に言うならレークヴェイムが私の横で気まずそうに扉から話を盗み聞ぎしている。
……この展開は、知らない。
ゲーム本編にも、外伝にもなかったことだ。
『どうしてあの子にばかり責めるのです!? あの子も、王子や他の貴族の子たちと交流を持たせることが大事だと思わないのですか!?』
『王子とは会っているだろう、婚約者なのだから当然の義務だ』
『それは……!! 婚約者だけではなく、他の子供たちと遊んだりすることも子供の時には大切なことだと言いたいのです!!』
『では、お前はあの子のギフトを見たことはないのか? あの子のギフトは、気を抜けば他の貴族の子供たちに怪我をさせてしまってもおかしくないほど、危険なものだんだぞ』
エノクはギロッと鋭い視線をリリスフィアに向けた。
現当主なだけあり、眼光がすごい。
『凍結者、コオルモノなど……この国を担って行く若者であるアイザックには、荷が重すぎる。そんなことをお前は考えていないのか? 母親のお前が、長男の息子の今後を考えていないのか』
リリスフィアはダン!! と強くテーブルを叩いた。
泣きそうな顔をしているリリスフィアも、睨んでいるエノクも、どちらも譲る様子はないようだ。
『旦那様はアイクのことばかり!! 旦那様こそ、レイクの未来のことは何も考えていらっしゃられないじゃないですか!!』
『勉強もさせて、マナーを教師にしつけさせている私に向かって言うか? お前の家の金ではなく、私の家で払っている金だぞ』
紅茶のカップを持ちながら、エノクはリリスフィアを睨む。
それでもリリスフィアはエノクに反論する。
『それに、最近旦那様はどこかに出かけてばかりではありませんか!! どこに行っていらっしゃるのです!?』
『夫の仕事に口を出さないと、結婚する前に約束したはずだが』
『それは……!!』
『お前はアマリュリス家の当主にでもなったつもりか? だから夫のことに反論したいようだ』
『旦那さ――――!!』
エノクはリリスフィアの頬を叩く。
リリスフィアは倒れ、エノクをキッと睨みつけた。
『どうして……っ』
『たかだか結婚して子供を孕んだ程度で絆されるような女だったとは思わなかったよ、お前はもっと孤高で気高くあろうとする女だったと思ったんだがな』
『なら、私と、結婚する必要がなかったではありませんか……っ、徒花の忌子である私を、愛してくださったからと、私はそう思っていたのにっ』
『勘違いするな、お前を愛したことなど一度もない、たった、一度もだ』
『…………っ、うぅ』
エノクはその一言を残すと、早々に食堂から退室した。
リリスフィアの泣き声だけが、やけに耳に残る。
隣でレム嬢が、辛そうな顔をしているのに私はただ見ていることだけしかできなかった。
「え……? ぐっ」
急に私は心臓を鷲掴みされた感覚が走った。
すぐに胸に手を当てて、蹲る。
しばらく鎮花は胸に痛みが続いたかと思うと、意識が薄れていきその場で倒れてしまった。




