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第一三話 私が決めた決意

「どういうこと……?」


 私は女の言葉に疑念を膨らませる。

 レム嬢となった時は、私は神様に質問をされないままなったというのに今更何だと言うんだろう。

 私が私の姿になれたのはよかったとは思っているけれど……でも、今から何が起こると言うんだ。


「まず、君だ。俺と二人っきりで話そうか」


 白いローブの女神だとか名乗る女は、褐色の指をパチンと鳴らす。

 何か波があったように感じたが、特に変わったようには思えない。


「何も変わってないじゃない……あれ? レム嬢?」


 隣にいたレム嬢が、どこにもいない。

 私は立ち上がって、もう一度周囲を見渡す。

 音もなく、消失した彼女は存在すらなかったかのようにすら思える。

 私は、女神と名乗った女を睨みつけた。


「レム嬢はどこに行ったの!?」

「大丈夫だ、消えたわけじゃない。少しの間だけ退出してもらっただけだよ。殺してはいないさ、そうする理由もないしな」


 本当に……女神ってことなのか?

 私は静かに、女神と名乗った女を見た。


「……貴方は、誰なの?」

「俺は女神だよ、創造主に産み出され、この世界のために存在する神様さ。どんな世界でも、神様がいないと辛いもんだろ?」


 女は愉快そうに笑う。

 彼女の声も、どこかで聞いたような覚えがあるけれど、はっきりとまでは思い出せない。

 

「それよりも、どうしてこの状況になっているか、説明してほしいんじゃないか?」

「……ええ」


 私は、今の自分が出せる全部の勇気を使って彼女への返事を絞り出した。

 

「んじゃ、はっきり教えてやるよ――――お前はレークヴェイムたちのいる世界である花瓶の世界、ウァースフィールドに転生せずにレークヴェイムに憑依してしまったことが今回のお前の死の原因だ。お前の未練が、彼女の死を確立させたと言ってもいい」

「……未練? って」


 私は頭の中で未練と分類された思いは一択しかなかった。


 ――――続編の紺青のアマリュリスを、買いに行けずに死んだこと。


 それが、間違いなく私の未練だろう。

 しかも、紺青のアマリュリスでは彼女は死亡キャラとして扱われているのは知っていた。

 回想シーンで登場するというのはあるから、声優さんも起用されるとなっていたからどれだけ自分が公式にその発表を見た時泣いたことか……忘れられるはずがない。

 私は、レム嬢のためにもフィリーネの恋の物語を読もうと、勇気を出して買おうと思ったんだ。

 でも、憑依したからこそレム嬢が死んでしまった、とはどういう意味だ。

 いや、待て。少し待て。


「…………どうして、最初の日に思い出せなかったの?」


 私は震える声で呟いた。

 そう、本来なら思い出せていたはずだったのだ。

 レム嬢に憑依する前は、はっきりと覚えていたはずだったのに。

 物語の続きには、もう彼女は存在しないのに。

 ……どうして、頑張ろうだなんて思えたのだろう。

 それなのに、どうして忘れてしまっていたんだろう。


「それに、レム嬢が脳内で話しかけなくなった期間の出来事が、断片的にしか思い出せないのは……貴方の仕業なの」

「本編のレークヴェイムとして行動するのを少しづつやめてからの記憶が、断片的なんだろ? 例えば、フィリーネが来てから以降から特に、って言うのが正確か」

「…………どうして?」

「当り前だ。だってお前のゲームのセーブデータは群青のアマリュリスのデータしかないだろう? だからレークヴェイムは強制的に死ぬ、彼女のファンのお前が憑依する限り絶対にだ。フィリーネ側の記憶を持っている限り、お前は永遠にレークヴェイムを助けられないんだよ」

「セーブデータ……? どうして、私が彼女に憑依したから死ぬの!? 続編の紺アマにだって、彼女の死は確定しているのよ!? それに貴方、この世界の住人ならどうしてそんなことまで知ってるの!? おかしいわ!!」


 私は彼女にとって当然であるはずのことを言い放った。

 だって、この世界の住人は、いや、作品の中であるかもしれないキャラが、作者のあとがきやなりなんなりでメタ発言をするとかの例でもない限り、知っているはずがないんだ。

 本編に分類されるのなら、それはどんな人物だって今の発言は不可能なんだ。

 ローブの女は、私を落ち着かせるためか静かに宣言した。


「俺は現実の世界のことも知ってる、創造主の名前も創造主の妻のこともな」

「……メタキャラなんて、空吾の作品にはいないはずよ」

「けど、お前は続きの物語の結末を知らないだろう? それと同じように俺と言う存在もまた、未発表のキャラクターかもしれないんだしな」

「それは……っ」

 

 確かに、目の前の彼女が公式のサイトでの登場人物の項目に一切出てなかった。

 もしかして、隠れキャラなのかもしれない。

 そう思うと、少し気が軽くなった気もするが、納得はできなかった。


「お前が彼女を助けたいなら、お前のゲーム機からのセーブデータを消させてもらうのと同時に、彼女自身に転生してもらわなくちゃならない」

「助けなかった場合は……?」

「お前の魂が無の世界で漂い続ける羽目になる。まあ、選択肢は一択しかねえって話だよ」

「……え? それ、って」

「セーブデータの更新をするのは、物語の続きを機になるファンのお前ならできるだろ? それとも、推しキャラがもう一度生きて動く姿は見たくないのか?」

「それ、は……」


 黙り込むということ以外、私にはできなかった。

 彼女の、あんな日々をもう一度感じろと、目の前の女は言うのか。

 勉強も、レッスンも、あの冷めた空気の食事も。

 ……それなら、いっそ転生せずに元の世界に戻りたい。

 空吾のいる、あの世界に戻れるのならと、そう願ってしまう。

 けれど、レム嬢に憑依なんてしてしまった時点で、私はもう、元の世界には戻れないのだ。

 戻れる手立てを探す方法も、この女神だと名乗る女の言うことを聞かねば、どうすることもできないのだ。

 鎮花は、息を吐いて心を落ち着かせてから白ローブの女に尋ねる。


「ねえ、これだけは教えて」

「何をだ?」

「空吾は、私の旦那は……地球では、死んでいる? もしくはなんらかの事情で、やっぱりウァースフィールドに、レム嬢たちの世界にいる?」

「さぁ、それを教えてやれるのも、レークヴェイムに転生しなくちゃ言えないな」

「どうしても? 凍える気持ちになるあの日々から本編までやり切れと、貴方はそう言うの?」

「お前が、この世界の悪役令嬢(かのじょ)になるんだ。絶対に全く同じ出来事なんて発生することは難しいかもしれないが、可能性に賭けるなら、俺もできる限りのことはするよ」

「……私に、他の選択肢なんてなかったのね」


 私は、静かに目を伏せる。

 そして、もう一度開いて女に向かってはっきりと宣言しようとした、その時。


「待って、シズカ!」


 背後からレム嬢が私の名を叫んだ。

 ぎゅっと、後ろから彼女に抱きしめられる。

 白ローブの女は、面倒くさそうに私たちに(つぶや)いた。


「おいおい、あの空間から出てきたのか? 会わせるなら最後だと思ってたのに」


 私はローブの女の言葉より、レム嬢の抱きしめる力の強さよりも彼女の名前と質問が先に出てしまった。


「レム、嬢? どうして私の名前を……」

「貴方は、たまに口に出ていると言ったでしょう」

「それは……そうでしたけど」


 レム嬢はぎゅっと、背後で私の体を抱きしめる力を強める。


「貴方は彼女の言葉を聞く義務はないわ……貴方は貴方よ、他の誰かの人生を味わう必要なんかない。味わってほしくなんかないのよ。私の人生なんて貴方にとっては辛いだけだもの」

「……レム、嬢」


 ああ、やっぱり本質的に優しい人なのは変わらないんだ。

 洗脳されていても、義妹と兄のことを想っていたように。

 たとえ、ヒールと演じても誰かの前でも毅然(きぜん)として。

 そんな彼女が今、私のためを思って言ってくれていると思ったら、涙が溢れそうだった。

 しかし私は、唇を強く噛むことで涙を流すことをなんとか堪える。 


「レム嬢、ちょっといいですか?」

「……何?」


 私はレム嬢へ振り返り、彼女が私から少し離れると私の出せる全力で、強く抱きしめた。


「つめたぁい、レム嬢ってこんなに体が寒いんですね」

「シズカ? 何を……」

「でも……やっと本物のレム嬢を抱きしめられて、今、とっても嬉しいです。会ったら、夢でもそうでなくても、抱きしめてあげたかったんです」

「シズカ……」


 私はレム嬢を抱きしめるのをやめて、彼女の手をそっと握り白ローブ女を見据えた。


「どうすればいいの? レム嬢に転生するのは」

「そう言ってくれると思ったよ、奥さん」

「シズカ……!! どうしてっ」


 レム嬢の視線を感じつつも、私は真っ直ぐローブの女を見る。

 楽しそうに笑うローブ女に、レム嬢の手を少し強めてしまいながらも目を逸らさない。


「まず、レークヴェイムに転生してもらうために、お前には憑依中に回収し損ねた記憶の断片をすべて回収してもらう」

「……回収する方法は?」

「簡単だ、お前がレークヴェイムに憑依してから会ってきたヤツら……屋敷にいたヤツらとの記憶で十分だ。追憶の回廊に俺の権能で連れて行く。回収をし終わったらまたここに戻ってきてもらう」

「わかったわ」

「シズカ……本当に、後悔することになるわよ」


 レム嬢はぽそりと私にそう呟いた。


「それでも、レム嬢からエールもらっちゃいましたから」

「応援なんてした覚えがないわ、私は……っ」


 私は、顔を伏せるレム嬢ににっこりと、私にとって一番の笑顔を向けた。


「レム嬢、私貴方に会ったら絶対に言おうと思っていたことがあるんです」

「…………それは、何」

「また、戻ってきたら伝えます――――――だから、待っていてください」

「…………わかったわ」


 白いローブの女は私たちに問いかける。


「話はもういいか?」

「ええ、もちろん」

「それじゃあ、行ってこい。二人で待っててやるからさ」


 白ローブの女はコンと杖の先で床を叩くと、青い光が私の辺り一面に輝き始める。


「シズカーーーーーーーーーー!!」

「レム嬢、行ってきます」


 私は、レム嬢に微笑みかける。

 彼女は悲痛の叫びを上げて、私の名を呼んだことがとっても嬉しかった。

 追憶の回廊という場所に着くまで私は目を閉じることにした。

 青い光は鎮花の体を包み込み、女神とレークヴェイムの前から消え去った。、

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