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第八話 運命の始まり

 メリッサに起こされ、朝食を済ませてからレッスンを受ける。それが、今の自分のルーティーン。

 その流れは変わらなかったが、なぜだかレム嬢が最近声をかけてくれなくなっていることに疑問が湧く。

 レム嬢、聞いてます? と彼女に脳内で質問した。


「レム嬢……?」


 ……無言だ。何も返してくれない。

 クラースと話をして以降からか、いやそれより前からか、彼女の声を聞くことがめっきり減った。

 ベンノ先生のレッスンもレム嬢の助けもなく応用問題も解けるようになったし、マウデスコール先生のマナーレッスンも慣れてあまり罵倒を聞かなくなってきたが、それでもゼロ、というわけではない。

 ……何か、嫌な予感がするのは、なぜだろう。

 休憩である紅茶をメリッサに入れてもらった紅茶を飲んでいる時に、突然扉が開かれた。

 メリッサもアイザックお兄様もノックくらいするよな、じゃあ別の人? 新人のメイドとかか?


「あの、すみません。ここがお父様のお部屋ですか?」


 私は驚いて声がした方に振り返る。

 扉のドアノブを掴んで、こちらを覗いてくる少女が見えた。

 …………どこかで、見たことがあるような気がするのはなぜだろう。

 まあ、いいか。とりあえず彼女の質問に答えよう。


「誰? ここは私の部屋よ」

「ご、ごめんなさい! お部屋間違えました!! ……あ、あのお父様のお部屋の場所、教えてもらっていいでしょうか?」

「そんなところにいつまでもいなくていいわ、中へ入りなさい」

「は、はい。ありがとうございます」


 近づいてくる少女を、自分は驚きが隠せなかった。

 だって、だって彼女は――――――この物語の、主役なのだから。


「フィリーネ……?」

「……私のお名前、知ってるんですか? もしかして貴方が、私のお姉様……?」

 

 淡い澄んだキラキラと光る銀色の髪、私とすこし違う青の瞳をした、幼いながらも目鼻立ちが整った愛らしさのある顔つきで……そして、私のことをお姉様と呼んだ。そんな人物、彼女以外他にいない。

 そう、この物語の主人公であるフィリーネ・シルト・アマリュリス……レム嬢の義妹、いや、今から義妹になる少女だ。

 ああ、理解しなくてはいけない。

 これはまやかしなのではないのだと。本編が、始まっていく予兆なのだと。


「お嬢様、こちらに小さい女の子がいらっしゃいませんでしたか?」

「メリッサ……もしかして、この子に用事かしら」

「あ、メリッサさん!」


 フィリーネはメリッサに抱き着く。

 メリッサは胸元に手を当てて心底ほっとした顔を見せる。

 ちらっと私を見たメリッサが気負わないように私は紅茶を飲む。

 メリッサは屈んでフィリーネに問う。


「フィリーネ様……っ、なぜレークヴェイム様のお部屋に?」

「迷ってしまったんです、勝手に歩き回ってごめんなさい……」

「わかっていただければいいんです。次からは気をつけてくださいね」

「はい、すみませんでした……」


 フィリーネは申し訳なさそうに頭を下げる。

 メリッサはフィリーネに笑いかけ、大丈夫ですよと返す。

 そして、気まずそうにこちらを見た。


「お嬢様……」

「……お父様が呼んでいるのでしょう」

「……っ、はい」


 私はソーサーにカップを置き、立ち上がる。

 私とフィリーネはメリッサに連れられエノクのクソ親父の元まで向かった。



 ◇ ◇ ◇



「…………来たな」


 イスにふんぞり返っているレム嬢の父親を、こんなに憎らしいと強く思う。

 リリスフィアお母様を除いてアイザックお兄様も一緒にエノクの部屋に来ていた。

 招かれたのは、やはりこの三人か……いや、実に原作通りだ。

 リリスフィアお母様には確か、エノクは捨て子の娘として最初は伝えてあるはず。

 ……しかも数か月この家に住まわせるだなんて、リリスフィアお母様にとっても私にとっても理解しがたい説明をしたのも本編のリリスフィアお母様の回想シーンで知っている。

 はっきり言って、旦那を持つ自分としても、まだ一日から数日ならまだしもそんな唐突に義妹が数か月家にいると言われたら、何か裏があると探ろうとするのは普通だ……しかも浮気なら、絶対に実家に帰る案件レベルである。

 ……まあ、浮気をしていたのはゲームでも間違いようのない結果なんだが。


「レイク、アイク。そこにいる少女がフィリーネ、お前たちの義理の妹になる子だ……これから屋敷に住むことになる。仲良くしてやってくれ」

「……父さん、本気だったんですか」

「私が嘘を言う父親だった、とでも言いたげだな。アイク」

「い、いえ……そんなことは」


 アイクお兄様はちらっとレム嬢(わたし)に視線を向ける。

 それは、私から見ても申し訳なさで詰まった眼差しだった。

 ……知ってるよ、レム嬢には言えなかったことくらい。

 アイクの発言や行動によって、レム嬢を見るエノクから受ける冷たい対応がさらに悪化する、そう思っていたのだろうから。エノクのくそ親父はレム嬢にもアイザックお兄様にも見せたことのないような、優しい笑みをフィリーネに向ける。

 

「それじゃあ、フィリーネ。挨拶は?」

「はい、お父様!」


 フィリーネは笑みを浮かべ、レム嬢(わたし)とアイザックお兄様の目の前に立つ。

 おじぎするフィリーネは、スカートの裾を両手で持ち上げる。


「はじめまして、レークヴェイムお姉様、アイザックお兄様。私は、フィリーネ・シルト・アマリュリスです……以後、おみしりおきを」


 ……ここで、レム嬢が言えない嫌味を言ってやりたくなる気持ちになるが、ぐっと堪えた。


「これからよろしくな、フィリーネ」


 アイザックお兄様は笑顔で彼女に返事を返す。

 レム嬢(わたし)は、一度アイザックお兄様の方に視線を向けると頷いた。

 ……お兄様は、本当に気遣いできる人だな。


「よろしくね、フィリーネ」

「はい、お兄様、お姉様! これからよろしくお願いします!!」


 彼女は顔を上げ、満面な笑みを私たちに見せる……ああ、これが主人公のヒロインである由縁でもある笑み、か。純粋で、無垢で、どこまでも穢れを知らない、そんな乙女ゲー定番の性格を持ったキャラ。

 ……地球にいた時の私にとっても、眩しい存在だ。

 全部が全部、乙女ゲーのヒロインである主人公がそうであるわけでもないけれど。

 フィリーネは私が知るゲームの中では、いい例だろう。

 ぐぅうううう……とどこからか腹の虫らしき音がする。


「あ、ああ……っ」

「……そろそろ、昼食だろうから食べに行こう、フィリーネ」

「は、はい」

「ふふ、そうね」

「お、お姉様、笑わないでください」


 恥ずかしそうに顔を背ける彼女は、とても愛らしい。

 私とアイザックお兄様、フィリーネとエノクは食堂に向かった。

 そこにはリリスフィアお母様がいて、フィリーネと挨拶したりして、各々の場所で座った。

 フィリーネが加わった昼食は、リリスフィアお母様とエノクが会話しているのに喜びたいのに、喜べない自分がいて。アイザックお兄様も、フィリーネと一緒に笑って食事をしている。

 ……とっても幸せな状況って、レム嬢は思ったりしたのかな。


「お姉様、どうかなさいましたか?」

「え? ……私?」

「なんだか、難しそうなお顔をしていたので……」

「いいえ、そんなことないわ。今日の午後のレッスンは何、か……楽しみなだけよ」


 私はフィリーネに微笑みかけると、彼女も笑い返してくれた。

 ……もう、下手な行動はとっていけない。

 数日後には私は、いやレム嬢は完全な悪役令嬢として返り咲くことになってしまう。

 私は、彼女らしく振舞おう。私なりの、彼女として。

 ……続編で変更があったかどうかの確認を、この数日間の間にしておこう。

 そうしなければ、本編のレム嬢のように賊共に犯され、母親であるリリスフィアに洗脳されてしまうのだから。

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