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桐生家のその後の事情。  作者: manics
9/41

その後の9

翌日、理子が朝食の準備のためにキッチンへ降りていくと、テーブルの上にメモが置いてありそこには翔里がイベント企画のために早く家を出たことが記されてあった。


悠里もまだ仕事からは戻っておらず、理子は少しの安堵感とともに自分の分だけ朝食を用意を済ませると、そのままキッチンテーブルの席につきながら軽く朝食を済ました。


今日の大学の講義までに時間の余裕があるからと理子は家の掃除や洗濯を済ますと玄関の鍵を閉め、バスに乗るために山道を降りていく。


すっかり暖かくなった気温の中、理子は慣れた小道を歩いていくと急に脇道からぬっと人影がでてきて理子の前に立ちはだかる。

四十代手前のどこか狡猾そうな印象を抱くひとりの男だった。


「桐生理子さんですよね?あの朱里の弟の。」


急に目の前に出てきた人物に驚きながらも理子は言われた言葉を頭の中で考えてから答える。


「どちら様ですか。ここは私道ですよ。」


はっきりとした物言いの理子に一瞬、たじろぐ様子を見せたものの男は胸元から一枚の名詞を理子へと差し出す。


『フリージャーナリスト・新城カズオ』


他には個人事務所の電話番号も書かれてはあったが、出だしの番号を見る限り携帯電話の番号のようだ。


理子はそれを受け取ることはせずに、もう一度彼を見やる。

くたびれたジャンパーに裾の汚れたズボン、靴は革靴のようだが履きつぶされている感じからするとあまり手入れは

されていないのかもしれない。

理子よりも少しだけ背の高い新條は何が嬉しいのかニヤニヤと理子を見ている。


あまり関わらないほうがいい。

理子はそう直感で感じて、そのまま新條を通り過ぎ山道を降りていく。


「話だけでも聞いてくれませんかね。興味深いと思うんですよ。」

「興味はありません。朱里は兄でも私にお話しすることはありませんから。」


有名人の、しかもあまりプライベートが晒されていない朱里の兄弟として、ときに彼の私生活を知りたいという輩が突如、理子に質問攻めにすることは今までの理子の経験として何度かあった。

理子はきっぱりとそう告げるが、新條はそれでも理子のあとをついてくる。


山道を降りたところで理子はバスに乗らなくてはいけないが、この様子だと新條も一緒について乗ってくるだろうと危惧した理子は、

どうしようかと考えあぐねていた。


「理子!これから大学だろ?送ってくよ。」


急に聞き覚えのある声で名前を呼ばれ、その方向を見ると反対車線に見覚えのある黒いベンツがウィンカーをだしながら停車していた。


タイミングがいいのか、悪いのか、さきほど新條が探りを入れようとしていた朱里本人が車から降りてきて理子のもとへと駆け寄る。


「誰、あんた。理子に何か用?」


理子のすぐ近くにいた新條に気づくと、一瞬で表情を怪訝なものへと変化させる。自然と理子を自分の背後に隠しながら問う朱里に新條は見下ろされながらもにやついている。


「なんでもない。行こう?」


理子は二人が言葉を交わす前にと朱里の服の裾をつかむと、朱里は一瞬厳しい視線を投げかけるも、そのまま理子と一緒に車に乗り込んだ。


広い車内の中には助手席にマネージャーの陽子も座っており、理子は挨拶を済ます。


「大丈夫だった?理子ちゃん。」

「え?あ、はい。お話することはないと断りましたから。」


陽子がちらりと窓の外へと目を向けると新條がデジカメで走り去るベンツを撮っているのが見え眉間にしわを寄せる。


「あの顔見覚えあるわ。確か朱里の女性関係によく探りを入れてるパパラッチの一人だと思うけど。朱里、見覚えない?」


助手席から理子の隣りに座る朱里を振り返りながら尋ねる。


「さあ?一人ひとりの顔なんて覚えてないよ。理子、何か言われたの?」


本当に覚えていないのだろう、朱里はそう答えると今度は隣りに座る理子に尋ねた。


「興味深い話があるって言われたけど、それだけだった。・・・でもちょっと気になるけど。」

「気になるって、その興味深い話っていうのが?」


朱里が不思議そうに首を傾げるのを理子はううん、と首を振ってみせる。


「そうじゃなくて。普通は朱里のことを聞きたがるのに、その人は私に何か聞いてほしいみたいだったから。」

「確かにそれは変ね。朱里、なにか心当たりはないの?」


理子の言葉に陽子はバックミラー越しに朱里に視線をむけると少しむっとしたような顔を浮かべる。


「僕は何も知らないよ。今までだって身に覚えがないのに散々書かれてきたんだし。ねえ、高木さんも知ってるよね?」


朱里は急に運転席に座る運転手に声をかけると、急に自分の名前を呼ばれたのか驚きながらも

ええ、まあ、と返事をしている。

陽子は呆れたようなため息をひとつつくと今度は理子に視線をむけた。


「理子ちゃんは一般人だから大丈夫だとは思うけれど、しつこいようなら事務所から注意しておくわ。名刺とかはもらった?」

「いえ、出されたんですけど受け取りませんでした。名前は確か新しい城と書いて新城、名前はカタカナでカズオだったと思います。」


名刺をもらっておけばよかったのかなと理子は申し訳なく思いながら名前を思い出す。


「新城カズオね。名前さえわかれば大体わかるから。でも理子ちゃん、あなたが一番気をつけてね。一般人でも一時はマスコミに顔は知られているから余計な難癖つけられるとも限らないし。」


理子は以前にもある事情から御曹司の婚約者を演じたことがあり、そのなりゆきで婚約発表をした結果、一時は大学にも通えないほど騒がれたことがあった。

しかし今では世間の関心も薄れ、朱里も本名は公表していないために世間一般では理子と朱里が義兄妹であることは知られてはいない。


それでも念のためにと注意を呼びかけるのはマネージャーとして『朱里』を守るための役目なのだろうと理子は思う。


「はい、気をつけます。あの、それで何かあるんですよね?」


さっき出会ったのは偶然ではなく、朱里たちが何か桐生家に用事があったのだろうと思いながら陽子に尋ねるが答えたのは朱里だった。


「あ、それなら僕から話すから。高木さん、お願い。」


そういうと運転手の高木は朱里に言われるがままにウィンドウ付近のスイッチを押すと前方席と後部座席を隔てるかのように

スモークガラスが空間を二つに分けた。


以前にも同じような経験をしたことがあり、そのときは朱里が理子をからかうような行動をしたために、今回も密室のような空間に理子は思わず身構える。


「嫌だなあ。理子、そんなに身構えないでよ。ふたりっきりで話がしたいだけなんだからさ。」


露骨な理子の態度に思わず不満顔を浮かべる朱里だが、言動も行動も予測不可能な朱里に対して理子は以前のこともあり、どうしても身構えるように身体が反応してしまう。


「昨日、陽子さんから連絡なかった?」

「あ、電話があったみたい。そういえば折り返しに連絡しなかったけど。朱里に関してのことなの?」

「というか事務所に関してかな。今度、地方に出演した映画で行くことになってるんだけど。」

「それって映画祭に招待されてる映画のこと?」


朱里の言葉に理子は沙希が言っていたことを思い出す。朱里の主演作品なのだから本人が行くことになっていてもそう不思議ではないだろう。


「うん。それでさ監督もそれにあわせて来日するんだ。でもあの監督って大の記者嫌いで、この映画祭に出るのも渋ってたんだよ。」


理子はやれやれといった表情の朱里に身構えることも忘れ、そのまま朱里の話しを聞いている。


「事務所としては、この映画に出資もしてるから是非とも監督を呼び寄せようと必死だったんだけど。」

「それでなんで私に陽子さんから連絡があるの?」


朱里の話を聞いていても自分に関係のない世界のことで、理子は思わず疑問を口にする。


「理子が通訳として監督の相手をしてくれるのならば出るって言われたらしくてさ。理子、気に入られたみたいだしね。」

「えぇっ?ちょっと待って。気に入られたって。私、監督とは一度しか会ってないし。それに通訳だなんて、あのひと英語喋れるじゃない!」


いきなりの話に理子は驚く。確かに監督と会ったことはあるものの、ほんの少しの時間だけだったのだ。おまけにデンマーク人の監督だから通訳が必要だとはいえ、朱里と監督は英語で会話していたのを理子は知っている。

幼い頃、デンマークで暮らしていた理子は日常会話ならばデンマーク語で喋れるが公の場で通訳できるほどの語力はないと理子はあわてて説明した。


「いい忘れた。監督じゃなくて、監督の子供。日本に興味があるらしくって一緒に来日するみたいなんだ。英語が得意じゃないからデンマーク語ができる若い子ってのが急な話だから理子しかいないらしくてさ。」

「それで私が通訳するっていうの?」

「まあ遊び相手かもね。若い子みたいだし。名前はなんだったかな、女の子の名前だったんだけど。」


通訳といっても監督が映画祭に出ている間の子守みたいなものだからと朱里は説明すると幾分

理子も納得したように落ち着くが、それでもやはり即決はできない。


「これに関しては仕事というよりも私用だから、陽子さんが言うよりも僕から言った方がいいかなと思ったんだ。監督には来てほしいけど、その為に理子に無理じいはしたくないし。」


朱里自身が言っているようにきっと監督とも会いたいのだろう。しかし陽子からの頼みならば理子もきっと断りにくいだろうという朱里からの配慮に理子はどうしようかと考える。


「悠兄と翔里のことだったら僕から説明しても構わないし。」

「・・・いいよ。ふたりの許可なんてなくても自分で決められるから。」


昨晩のことを思い出したように理子はそう口にすると朱里はいつもと違う様子に気づくも口にはしない。


「どうする?理子。」

「いいよ、私でいいならやる。」


そう決心したように返事をすると朱里は了解、とだけ視線を寄越した。


そして、それが理子たちにとって思いも寄らぬ事態になることに誰もまだ気づいてはいなかった。




次回は朱里の番外編のお話です。

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