その後の6
ある日の午後、理子は選択している講義を受けるためにいつものホールへ入ると友人の沙希が
二人の学生に取り囲まれているのを不思議に思いながらも近寄っていく。
「だーかーら、私はただ知り合いにチケットもらっただけなんだってば。」
「でもあの席って関係者のみなんでしょう?そんな簡単にもらえるなんておかしいじゃない。」
「そうよ、普通席だってプレミア付きでオークションに出てたりするのに。」
沙希が何かを言うたびに彼女達は懇願するように言葉を続けているが、沙希は理子が来たことに気づくと机に置いてあった
ノートをばんっと勢いよく机に置いた。
「あーっ、もう、うるさい!とにかく無理なもんは無理!」
明らかに怒り出した沙希に取り囲んでいた学生達も渋々ながらホールを出て行った。
「どうしたの?いったい。」
「ほら、あの試写会のことでね。」
理子が声をかけながら沙希の隣りに座ると、沙希はうんざりしたような顔つきで周りに聞かれないようにと控えめに答える。
「試写会って、あの前に渡した映画のチケットのこと?」
「そうそう。どうやらあの会場にあの中のひとりも来てたらしくて。そこで関係者席に座ってる私と妹の姿を見かけたみたいなのよ。」
沙希の言葉にああ、と理子は思い当たる。
朱里が主演した映画の試写会のチケットをマネージャーの陽子からもらったのだが、当時の理子は怪我のせいで外出を控えており、
それならばと朱理のファンである友人の沙希にチケットを譲ったのだ。
「それで何が無理なの?」
「今度、その映画が地方の映画祭に招待されてるのよ。話題の作品ってことらしいんだけど。その映画祭の関係者用パスを調達してくれって。まったく図々しい。」
沙希は、ハァー、と長いため息をつくと理子をきっと睨むような強い視線をむけた。
「理子が気にすることないんだからね。わかった?」
理子の性格からいって気に病むのだと感じた沙希は確認するようにびしっと指を理子へと向けた。
大学入学してからの友人付きあいだが、理子はその沙希の強さに思わず笑みをこぼした。
「でも映画祭のパスが欲しいだなんて、映画好きなんだねえ。」
理子が講義に使うノートをバッグから出していると、隣にいた沙希が今度は呆れたようなため息をつく。
「映画鑑賞うんぬんじゃないって。この映画祭には海外からも作品が招待されてたりするからスターだってそれにあわせて来日するの。あの子達はそれが目当てなだけ。まあ、一番の目的は朱里だと思うけどね。作品が招待されてるってことは本人も来るんでしょう?」
確認するように沙希に問われるが、理子はさあ?と首を傾げるだけだ。
「え?知らないの?」
「うん。試写会のチケットもマネージャーさんからもらっただけだし。」
朱里は仕事の話を家ですることはあっても、そう詳しくは語らないので理子自身も朱里の仕事内容に関してはよくは知らなかった。
時々、陽子が近況を教えてくれたり、チケットをくれるくらいなので家族の中でも理子が一番知っているくらいだろう。
「それじゃあ、まだ朱里に決めたわけじゃないみたいね。恋人のスケジュールも知らないなんてありえない。」
「恋人って。まだそういう仲じゃないんだから。」
「はいはい、わかりましたよ。理子の鈍さにはもう慣れた。」
理子がなによそれ、と不満を口にしようとしたところで、沙希の携帯が着信を告げ、結局は理子はそのまま口にするチャンスは訪れずに講義は始まった。
講義終了後、沙希はバイトがあるというので理子はそのまま別れ、大学付近にある大きな書店に向かうことにした。
理子はお目当ての絵本を購入すると、違う階にある参考書にも目を通しておこうかとエスカレーターに乗って上へと向かう。
この書店は各階ごとに豊富な品揃えで学生のみならず、ビジネスマンや主婦など様々な人でいつも賑わっている。理子は講義で受けた内容に関する書籍を探すために順々に戸棚に目を移し、一番端の棚のコーナー部分に置いてあった参考書を見つけ、それを手にした。
「うーん、ちょっと高いかな。でも参考になりそうな参例もいくつか載ってるし。」
値段をみて買おうかどうか悩んでいると、背後からすっと背後から伸びてきた手に理子の本が奪われてしまった。
「買うんだろ?俺もいくつか買うから一緒に買ってやるよ。」
驚いた理子が背後を振り返ると、そこに立っていたのは翔里だった。