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桐生家のその後の事情。  作者: manics
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その後の28

食事はさすが人気のフレンチレストランとあって見目も美しく、味も素晴らしかった。

絶妙なタイミングで食事を運んでくるウェイターはきちんとした教育を受けているのだろう、人気俳優の朱里がいようと不躾な視線を送ることもなく、接客態度はパーフェクトといってもよかった。


けれどそれを称える言葉も感想も兄弟たちの口からは出てこない。

唯一、理子だけが弥生に話題を振られたときに答える程度で、悠里にいたっては、そうですね、などの相槌の言葉しか聞かれない。

しかし弥生はそんな場の雰囲気はおかしいとも思わないのか、機嫌良さそうに丁寧な手つきで食事を続けている。


「さっきから聞いてると悠兄は理想の男性みたいに言ってるけど、何がそんなにいいのかなあ。僕にはまったくわからないよ。」


食事を終え、手元にあったグラスを持ち上げながら朱里は弥生ではなく、悠里に視線を向けたまま尋ねると、弥生は食事をしていた手を止めにっこりと朱里に微笑む。


「悠里さんは完璧な理想の男性ですわ。中学生だった頃におじ様の病院に行った際に一度、お話したことがあって。それ以来、ずっとおば様に悠里さんとお話しする機会を作ってもらおうと頼んでいたんです。」

「本人はそんなことがあったなんて覚えてなさそうだけどな。それにしても悠兄の今の態度をみてあんたのことを結婚相手にだなんて俺には思えないんだけど。」


弥生の言葉に翔里は思ったままを語るが、弥生の笑顔は崩れることなく視線を翔里へと向ける。


「今は確かに悠里さんには別の思っている方がいらっしゃるみたいですけど。でもその方と一緒になるよりも私と結婚したほうが悠里さんにとっては将来が明るいと思うんですの。」


弥生の言葉に朱里、翔里、そして理子も悠里へと視線を向ける。今の言い方では悠里はすでに弥生にほかに想い人がいることを伝えているということになる。それでも皆の注目を受けた悠里は表情を崩すことなくグラスに入った水を飲んでいる。


「へえ。意外だね、知らぬ存ぜぬで過ごすタイプかと思ってたけど。でも君みたいなお嬢様だったら悠兄じゃないほうが結婚相手にはいいんじゃないの?両親もいないし、家族の面倒をみる長男なんていうよりもさ。」


朱里は意外そうに悠里を見たあとに、弥生に質問を投げかける。二十歳で結婚というからにはそれこそ家柄がつり合わなくては結婚への反対が出るのではないかと思ったのだ。


「私には兄がひとりいたんですけれどお恥ずかしい話、随分と昔に失踪してしまいまして。両親はそんな私に兄の分の愛情もかけてきたので私には反対などはしませんわ。それに悠里さんさえよろしければ及川の名前を継いでもらってもいいわけですし。」


それはつまり桐生の名前を捨てて、新しい姓を名乗れということなのだろう。弥生はそれが当たり前であるかのようにあまりにもあっさりと語る。


食事を終えた理子はさきほどから話を続ける弥生を見て考えていた。彼女の中では悠里はすでに将来の夫となることはすでに確定しているようだ。想い人、つまり理子の存在がいるからと断ったところで、それで諦めるようなタイプの人間ではないらしい。むしろそれが何の障害になるのかと思考を切り替えている。


今まで出会ったことのないタイプの人間に理子は戸惑っていた。

お嬢様にありがちな我侭もあるようだが、それだけではない彼女なりの持論と強引さが弥生にはあるのだ。

その彼女が中学生の頃に一度話しただけの悠里を結婚相手にと望んでいるのに、どう理子が対応すればいいというのだ。


彼女の言うとおり、悠里が彼女と結婚すれば今以上に活躍できる場が与えられるのかもしれない。

桐生という姓を持たなくても悠里本人であることにはかわらないのだから、今まで家族の面倒を見てきた分、これからはそこから解放されたほうが悠里のためにでもなるのかもしれない。


けれどそこにはひとつ足りないものがある。そしてそれは必要不可欠なこと。


「悠ちゃん、ひとつ聞いていい?」


今まで会話を見守っていただけの理子がそう悠里に尋ねると黙っていた悠里が視線を理子と合わす。まっすぐに理子と視線を合わした悠里は持っていたグラスをテーブルの上へと戻した。


「いいですよ、私に答えられることならば。」


本当は今聞くことじゃないのかもしれない。でも今じゃなかったらきっと悠ちゃんは正直に答えてくれない気がする。


「悠ちゃんはお父さんとお母さんが亡くなったあと、私たちの面倒をみてきてくれたけど、もう充分だと思っている?」


『もう充分』、それにはふたつの意味が込められているのに悠里は気づくのだろうか。


もし悠里が長男だということを重荷に感じているのならば、悠里はきっと笑顔で答えを誤魔化すだろう。

けれど悠里自身、これからの将来に兄弟たちが悠里の庇護なく生きていけるだけの強さがあるのだと思っているのならば何らかの答えを出してくれるはずだ。

悠里は理子の質問を頭のなかで繰り返すように、視線を理子と絡ませたまま質問の意味を考え、ゆっくりと口をひらいた。


「ええ、思っていますよ。私がいなくとも桐生の家は安泰です。けれどそれは桐生の姓を捨てても構わないという気持ちではないですが。」


後半部分は弥生への牽制だろうが、悠里は理子と視線をあわせたままはっきりとした口調でそう答える。誤魔化すような笑顔でもなく、皮肉めいた口調でもない。それが理子には悠里自身が本当に感じていることなのだろうと理子はほっとしたように思う。


長男であるという責任感から桐生家をまとめてきたことが悪いわけではないが、それではこれからも一生、悠里はその立場にがんじがらめにされてしまう。それは悠里自身の幸せよりも優先にして。

けれど今言った言葉が悠里の本心ならば桐生家の長という立場よりも悠里自身の望みを最優先に考えるだろう。


「悠里さんが及川の姓を名乗らないというのならば、それはそれで仕方ありません。両親は嘆くでしょうが、私はそれでも悠里さんと結婚したいんですもの。」


会話を聞いていた弥生が優雅にナプキンをテーブルの上に置きながらそう独り言のように呟いた。


「理子さん、私は世間知らずの娘なのかもしれません。理子さんのように大学へ通うこともなく、こうして自分勝手な理由で皆さんを呼び出してしまったりするんですもの。」


突然の弥生の言葉に理子はじっと弥生を見つめる。兄弟たちもそのまま黙って彼女の言うことを聞いているようだ。


「でも私は自分の気持ちを誤魔化したりはいたしません。好きなのか、そうでないかくらい自分の意思ではっきりと伝えますわ。それが相手にとっても失礼にあたらないでしょうし。」


何かを意味するかのような弥生の物言いに理子はゆっくりと口を開く。


「自分の気持ちだけを押し付けるのは相手に失礼にあたるとは思いませんか?」

「押し付けられても、相手が拒否すればいいだけの話でしょう?思いを伝える前から相手のことを考えていたのでは先へは物事は進みませんわ。」


現に悠里にやんわりと断られているにもかかわらず、弥生はそう自信を持って答えている。彼女のような強引さがない理子にとってはそれ以上の話の展開が読めずに戸惑ったように弥生を見つめ返すだけだ。


「ご兄弟の中で本当は理子さんに一番会ってみたかったんですの。悠里さんの想い人であるあなたに。」


それは思ってもみない弥生の発言だった。





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