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桐生家のその後の事情。  作者: manics
29/41

その後の22

重ねられた唇はあっという間に離れていき、朱里はどことなく淋しさを感じながらも、それ以上に乾いていた心が満ち足りたような気がして自然と口角があがる。


指先を添えている細くて白い首は、今は自分のしたことが恥ずかしいのか真っ赤に染まっている。

自分でしたのに、と朱里は思うも、それを口にすればもう二度としてくれないような気がして代わりにぎゅっと理子の身体を引き寄せた。


「写真のこと、僕に任せてくれる?絶対に僕が理子を守るから。」


懐かしいような朱里の甘い香りと自信に満ちた言葉に、理子は朱里の肩に顔をうずめたまま、うん、と答える。

心配なことには変わりはないが、今は朱里の言葉に従うのが一番なのだと直感でそう感じていた。


名残惜しそうに身体を離すと朱里は残念そうに会場に戻ることを理子に伝える。


「私も少ししたら会場に行くから。キムの通訳しなくちゃ。」

「うん。監督にも説明しとくよ。あ、あと陽子さんもだ。」


マネージャーの陽子が騒ぎを聞きつけて、きっとやきもきしているのだろうと想像すると申し訳ないような気持ちに理子はなる。


「大丈夫、ちゃんと僕が話しをするから。陽子さんだってわかってくれる。」


それが例の写真の件なのだと理子も気づくと、うん、とうなずいてみせる。

それじゃあ、と理子の額に軽く音をたててキスをすると再び俳優の朱里の顔に変わり、そのまま部屋をあとにした。



理子が本会場に戻ると、それに気づいた陽子が理子に心配そうに尋ねてきた。


「大丈夫、理子ちゃん?今、ほかの関係者から状況を聞いたんだけど。」

「はい、ご心配かけてすみませんでした。ちゃんと分かってもらいましたから。」


陽子が聞いたのは朱里とキムのことだろうが、その前に朱里が理子にしたことを知っている。

しかし、そのことを他の人の前言うことではないだろうと陽子は曖昧に聞いたが、理子はそのことも含めて大丈夫だと答えたのに、陽子はほっとしたように息をつく。


そして現にもとのテーブルに座った朱里の顔を見る限り、さっきまでのイラついたような雰囲気は消え去り、かわりに意志の強さが瞳の中に現れているのを、長年そばにいた陽子が気がつかないはずはなかった。


正直、陽子にとって理子と朱里の関係は手放しで喜べるものではない。けれど知り合ってから十年近く、朱里の気持ちはぶれることなくまっすぐ理子に向かっている。そして理子の一挙一動で朱里によくも悪くも影響しているのだ。

もしも、朱里が理子を失うようなことがあれば、朱里は未練なくこの世界からいなくなるだろう。


それくらいに朱里にとって桐生理子という存在は大きすぎた。まだ二十歳の理子に朱里の全てを背負わせるのは酷なのかもしれない。

けれど、それが朱里をこの世界で生きていかせるためには選ばなければならない選択なのだと陽子は確信していた。


「キム、ありがとう。ちゃんと仲直りできた。」

「・・・・ドウイタシマシテ。」


理子はキムの隣に座りなおすと、憮然としていたキムにお礼を言う。日本語がわかるのならば、これくらいはいいだろうと、にっこりと笑ってみせる。

少しだけ視線を寄越したキムはぼそり、とたどたどしい言葉で答えた。


朱里が周りにどう説明したのか理子にはわからなかったが、その後何の問題もなく映画祭は終了し、理子はキムと一緒にホテルへと

戻ってきていた。


メインキャストや監督たちは映画祭終了後に関係者のみでのパーティーがあるとのことでまだホテルには戻ってはきていない。


陽子にも誘われたが、どうしても慣れない場所に行く気にはならずに断ると、キムもそのまま一緒にホテルに戻ることにしたのだ。

エレベーター前で別れようとしたが、キムから渡したいものがあるからとそのままキムたちの部屋へと上がっていく。


大きなリビングの一角のソファコーナーに理子は座ると、自分の部屋に行っているキムを待っていた。


今日はなんか色々あって疲れたなあ。朱里とは仲直りできたけど、根本的な問題は解決してないし。それに悠ちゃんと翔くんともなんとなく気まずいままだし。


写真の問題、それに悠里と翔里のことも自宅に帰れば向き合わなければいけないことに理子はふう、とため息をつく。疲労感を感じ、

キムを待っている間だけ、と軽く目を閉じてソファに身を任せた。




「理子、起きて。こんなところで寝てたら風邪ひくよ。」

「・・・ん・・?朱里・・?」


聞き覚えのある声に理子は自分が眠りに落ちていたことに気づく。もたれていた身体を起そうとすると柔らかく、暖かい感触に不思議に思いながらもそれに焦点を合わす。


「き、キム!?なんで、あれ?」


理子の隣にはキムも起きたばかりなのか眠そうに眼をしばたかせていた。けれど理子は今の状況を考えると、どうしても自分がキムに寄りかかって寝ていたようにしか思えなくて。


ソファで寝ちゃったのは分かるけど。なんでキムがいるの?


『・・・・戻ってきたら寝てたから。起きるの待ってたら眠くなった。』


理子の聞きたいことに明確に答えたキムはソファに座りながらも背伸びをしている。


「監督と戻ってきたら二人が寝てるから何かと思ったよ。」


朱里の声に嫉妬のようなものは感じられない。むしろニコニコとしているくらいだ。


『理子とキムがあまりにもよく寝てるから起そうかどうか迷ったんだけどね。朱里がこのままだと理子が風邪をひくからって。』


朱里の隣にこれまた笑顔の監督が立っていた。そして手に持っているのは何故かハンディカムのカメラ。なんとなく嫌な予感がして理子はそのカメラに視線を移す。それに気づいた朱里が可笑しそうに理子に言う。


「僕はやめろって言ったんだけどね。どうしても二人の姿を撮りたいっていうからさ。」

「っ!なんで止めないのっ。」


自分の寝ている姿を見られただけでも恥ずかしいのに、それをカメラに記録されるなんて!


『ああ、大丈夫だよ。個人的趣味の一部だから。キムの寝ている姿なんて珍しいしね、ほら。』


顔を真っ赤にして朱里に抗議する理子の心情を察したのか、監督は持っていたカメラの画面を理子へと向けて再生ボタンを押す。


そこには理子がキムにもたれるようにして、ソファに身体を預けて気持ち良さそうに寝息をたてているキムと理子の姿が映っていた。


『キムがこんなに安らかな顔して寝てるなんてね。恋人というよりも、まるで家族かな。』


監督の言葉が表すように、映像に写る二人は密着しているにもかかわらず、いやらしさなどは全く感じられない。

けれど家族というよりも、なにかもっと近いような表現があるような。


『・・・・犬みたいだ。』


キムの言葉になるほどと理子も思わず納得する。身体を寄せ合って寝ている姿は子犬がじゃれあったまま眠ってしまったときの雰囲気によく似ていた。


「可愛いよね、理子。ダビングしてもらおうかな、これ。」

「絶対にやめて。お願いだから。」


朱里の機嫌がいいのは、意識していたはずのキムと理子の関係がまるでプラトニックなことに気づいたからからだということに理子は知る由もない。

朱里が嬉しそうに画面を観ているのを、理子は冗談でもやめてほしいと朱里を睨んだ。


『キム、出られる準備はもう済んだのかい?』

『部屋に置いてある。』


出られる準備って?


理子は監督とキムの会話に目線を自然と部屋のほうへと向けてみる。それに気づいた朱里が不思議そうな顔をしている理子へと教える。


「監督たちは明日の朝に日本を発つから今夜はこのまま東京へ向かうんだよ。」


今いる地方にも空港はあるが国際便は出ていない。明日の朝に日本を出国するのならば今夜中に出ないと間に合わないだろう。映画祭が終わったらすぐに帰るとは聞いてはいたが、こんな急だとは思わなかった理子は驚く。


『朱里はまだパーティーにいてもいいって言ったんだけどね。見送るって聞かないから素直に喜んでいたら、本当は理子とキムを一緒にさせておきたくなかっただけなんだな。』


呆れたような、しかしどこか愉快そうに監督は理子にこそりと耳打ちする。


キムと一緒にって。キムはまだ子供なのに。朱里はなんの心配をしているんだろう。


まさか朱里がキムに対して嫉妬していたなどとは思わない理子はきょとん、とした顔で朱里を見つめた。監督はそんな理子の表情を見ると心底おかしそうに笑いを含みながら荷物を取ってくるよ、と部屋へと向かう際に朱里に対して英語で何かを囁いていた。


朱里はというと苦虫を噛み潰したような表情をするも、何も言わずにソファのそばに立っている。


まだ隣りに座っていたキムが立ち上がるので、理子も一緒にソファから立ち上がる。


『もう帰っちゃうんだ。もうちょっと日本を案内できるかと思ったのに、残念。』


少しずつだがキムの性格がわかってきたのに、もうお別れなのかと理子は残念そうにそう告げると、キムははいていたジーンズのポケットからある物を取り出して理子の手の平へと乗せる。


「これ、金魚?」


思わず日本語で呟き、手の平に乗ったものを見つめれば、そこにはガラスで出来た小さな赤と黒の金魚が対になって乗っていた。


『・・・・これだったら死なないから。』


キムは金魚に目線を落としながらそう呟く。そういえば興味深そうにキムが金魚を見つめていたことを理子は思い出した。


『これ、あのお祭りで買ったの?』


その言葉にキムはこくりと頷いてみせる。ひょっとこのお面を買うついでに見つけたのだろうか、その対になった金魚は子供のおもちゃのようなキッチュなガラス細工だ。


キムは反対側のジーンズのポケットから祭りの際に理子がキムにあげた小さなスーパーボールを二つ取り出した。キムは何も言うことはないが、きっとそのお礼なのだと理子は素直に喜び、笑顔をキムへと向ける。


『ありがとう。きっとこれを見るたびにキムのこと思い出すから。』


そう言いながら理子はごく自然にキムに近付くと両手を広げてキムへとハグをする。突然の出来事にキムはぎくり、と身体を硬直させたが恐る恐る理子の背中に両手を回した。


「はーい、そこまで。ほら理子と離れて。」


そう言って朱里は背後から理子の両肩に手を置くとぐい、とキムから引き離した。


『・・・やっぱりあんたは子供だ。』


そうキムが呟いた言葉に理子は思わず吹き出して笑うと、唯一デンマーク語の分からない朱里がふてくされたように二人を睨んだ。





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