その後の10
地方で開かれる映画祭とはいえ、その名は国際的にも知られており、毎年その季節になると土地をあげての
お祭り騒ぎとなる映画祭はいつも全国ニュースで取り上げられるほどの盛況ぶりだ。
今年も連休にあわせて開かれるために会場付近のみならず、その土地の宿泊施設はだいぶ前から予約を入れておかないと部屋が
とれないほどの混雑振りだとメディアはさらにイベントを盛り上げようと、こぞって映画祭を特集していた。
そして理子は会場にもっとも近い一流ホテルの豪華な一室にひとり座っている。
「なにもこんな場所に泊まらなくてもよかったのに。」
窓から見える広い海の景色に理子は思わず一人ごちる。一人用のシングルルームとはいえホテルの格や置いてある調度品に理子は
身分相違な気がして今日何度目かも分からないため息をついた。
こうして映画祭に参加するために理子が外泊することはマネージャーの陽子から悠里と翔里には伝えてもらった。そのほうが悠里たちも安心するという朱里の言葉に従って理子は陽子に言ってもらったのだが、正直、自分で伝えるよりもそちらのほうが今の理子にとってはありがたかった。
悠里とはあれ以来、顔を合わすことはあっても悠里自身が仕事で忙しいこともあって、きちんとした会話は交わしていない。
翔里はといえば自分の失言に気づいてはいなかったが、理子の態度はどことなくよそよそしいのに気づくも表面上は普段と変わらない理子に
何をどうやって聞けばいいのかわからなかった。
そして時間はあっという間にすぎて映画祭オープニングを明日に迎えることとなる。
理子の希望はもちろんこと、陽子も大勢の人が注目するなか、朱里と理子を一緒に行動させることは避けさせてきた。
朱里はどこか不満そうだったものの、優秀かつ、妖艶な絶対零度の笑みで命令する陽子に逆らえることもできず、ほとんど陽子と一緒に行動を共にしていた。
表面上は映画の関係者として、多くのスターたちが泊まるホテルに理子も滞在はしているが、本来の目的は朱里の主演作を手がけた
監督の子供の子守だ。
陽子からはホテルに着き次第に、監督との打ち合わせがあるために子供の遊び相手として呼ばれると聞いてはいたが、映画祭にあわせてどこも人が溢れかえっており、どうやら彼らも大分予定より遅れているようだった。
「ここで待ってるよりもちょっと散歩にでも行こうかな。」
部屋でじっと待っているのも落ち着かずに理子は携帯電話とテーブルの上に置いてあった関係者用のパスを首からさげて部屋を出る。
理子が泊まっているホテルには招待された映画関係者のみが泊まっており、ホテルには海外からのスターも多く滞在している。その為パスは常に携帯しておかねばならず、いたるところに警備員が立ってファンなどが入り込まないように常に目を光らせていた。
関係者といっても映画祭に直接関係のない理子は多くの人が忙しそうにしている中、ひとりどこに行こうかと考えながらエレベーターに乗り込み、ホールエントランスのある階のボタンを押した。
チン、とエレベーターが到着する音がすると、目の前のドアがゆっくりと開く。中にはひとりの外国人の少年が立っており、目があった理子はにこりと笑うと自分もエレベーターへと乗り込む。
その少年も理子と同じ階へ向かうのか、すでに目的のボタンは押されていたので理子はそのまま少年とは反対側の壁に立ち、階下へと向かうエレベーターの振動に身を任す。
さすが高級ホテルのエレベーターというべきなのか、わずかな振動のみでエントランスホールに着くとそのままドアが開かれた。
開くと同時に少年はさっさとエレベーターから降り、理子もそれに続いて降りようとした。
が、降りる直前で少年が急に立ち止まり、その背中に理子は衝突するようにぶつかってしまう。
「ご、ごめんなさい。」
見るからに外国人の少年に向かって日本語で謝っても意味が通じるのかはわからないが、咄嗟にでた言葉に少年はくるりと振り返ると理子をそのままエレベーターの中に押し込んで、自分も乗り込むと『閉/close』と表示されたボタンを素早く押す。
理子は突然の少年の行動にわけがわからず、ただぶつかった自分の鼻を押さえながら少年の顔を見る。
少年は中高校生くらいの年齢といったところだろうか。
金髪というよりも、アッシュブロンドに近いような髪の色で、触ったら柔らかそうなふわふわとしたパーマがかかっているのは、きっともともとの髪質なのかもしれない。
髪の隙間から見える耳にはいくつものピアスがついており、細い眉毛が不機嫌そうに歪むのを理子はそのまま見ていた。
背は理子よりも10cm程度高い程度で、一見、女の子に見えそうなほど端正な顔立ちだったが、ところどころに穴があいたジーンズに古着のようなTシャツから見える細さは少年らしい体つきだ。
少年は不機嫌そうな表情を残したまま、理子の顔を指差す。外国人だからとはいえその失礼な態度に理子も思わず、むっとして眉根を寄せた。
そのとき、少年は目的の階のボタンを押し忘れていたために、エレベーターのドアが少年の背後で再びゆっくりと開いた。
「Kim! Hvor har du vaert henne!? 」
ドアが開くと同時に聞きなれた外国語が理子の耳に入ってくる。少年はその言葉にびくりと体を強張らせると、恐る恐る後ろを振り返った。
「Far….」(お父さん・・・・)
理子はそのまま視線をドアのむこうへと向けると、そこには見覚えのある顔が理子にも気づき驚いた顔をする。
「Riko!」
大きな声で自分の名前を呼ばれ、理子は目をぱちくりと動かす。少年も自分の後ろに立っている人物が父親の知り合いだとわかると今度は怪訝な表情で理子を見つめた。
「h,hej. Det er laenge siden. 」(お、お久しぶりです。)
驚きつつも理子が挨拶した相手、それは理子が待っていたはずの映画監督だった。




