MT
メイン小説高山さんの方に疲れた時にごく稀に更新します
暖かな匂いが鼻を通り抜ける。
嗚呼、季節と共に人の心も移り変わるのだ。
MT(Moving Thought / ムービングソート)。
現在老若男女を問わず最も利用されているSNS(Social Networking Servise / ソーシャルネットワーキングサービス)である。
自分の持つプロフィール(自己紹介)のページを交換すれば、初めて会った人に自分がどんな人間であるかを簡単に知ってもらうことも出来、かつ旧知の友人とページを交換すれば日々のメッセージの交換も出来る。複数人で一つのページを共有することも出来るので、グループで情報を共有することも可能だ。
このような機能を持った同じようなサービスはこれまでもあったが、何故このMTが最も利用者に好まれるのかと言えば、一つの要因として挙げられるのは自分のページから他の自分のページを作成出来、匿名のメッセージや書き込みが出来る、という点であろう。
これまで数多世に提出されてきた同様のサービスでは、一人の人間がいくつものアカウントを保持し、自分の感情、主張、そしてパーソナリティに応じて複数アカウントを使い分けてきたと言われる。それらを全て一つに集約し、簡易化を図ったサービスに人々は徐々に移行していった。
そしてもう一つの大きな要因は、その堅固なセキュリティにある。MTを運営するMT社は元々2000年に設立されたセキュリティソフトの開発会社であり、セキュリティが彼らの最も得意とする分野である。3年前、SNSのシェアナンバーワンを誇っていた大手T社が甚大な情報漏洩を犯したことに端を発し、他の大手SNSも多くの情報漏洩を犯した。俗に言う「裸の年/Naked Year」である。そんな中、MTには情報漏洩は無かった。これによって信用を失ったSNSからMTに堰を切ったように人々が流れた。これは世界共通の動きであり、MTを使わなければコミュニケーションが円滑に進められないまでになっている。
当然ながら現在、MTのユーザー数はSNS中トップである。
「こんなもんかな」ふぅと息をついた加納千裕はMTの自分のページを開いて、レポートまじめんどい戸越の野郎、と書き込む。メインのMTページにではなく、匿名のページにである。
ピロンと鳴る新着コメントに千裕は不快感を感じた。そこには匿名で送られてきたコメントが踊っている。「あんまり調子に乗ってんなよ」。
最近頻繁に匿名、という人物が千裕に悪意を表明するコメントを送ってきていた。
千裕は再び先ほどのレポートを開き、
「一方、匿名で個人ページに誹謗中傷を送れる機能には少なからず問題があるだろう」という一文を加えた。
「最近匿名コメントの数が半端ないわ」。千裕のぼやきに付き合うのは学部1年の時から行動を共にしている大山である。
「気付かないで恨みでも買ってるんだろ」大山はそう言ってズルズルとラーメンをすする。
「そうなのかなぁ」
「ただのいたずらの可能性もあるがな」
ぼそぼそと上の空の会話はスープの中に溶けていく。中身などない、なんとなく交わされる二人を繋ぐだけの言葉である。
「まぁ、その匿名コメントがこのラーメンを不味くしてるんなら、それが情報の力ってやつなんだろうな」
いつもより味気なく感じるラーメンのスープの色は、大山の言葉とは裏腹に変わらぬ濁った茶色である。