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どうしようもなく愛おしい

作者: 六条菜々子

 彼は、いつも孤独であった。

 誰と話すわけでもなく、ただ一人でそこにいた。

 私は、周囲からの孤立を好む彼のことが、いつしか気になり始めていた。



 彼の存在を感じたのは、春のことであった。

 周りの人間は、みな仲間を求めていた。彼はその中で、ただ一人たたずんでいた。

 だが、彼はその状況を苦しいものだとは思っていないようだった。なぜなら、彼が誰かと関わろうとする気持ちが、感じられなかったからである。

 とても、もの静かな印象を私は受けていた。


 そんな彼に対する印象が変化したのは、春の終わりのことであった。

 何を思ったのか、彼は私に話しかけてきたのである。

「あなたは、いつもおひとりなのですか」

 彼はそう尋ねてきたのである。しかし、私にはその言葉の意味を理解することができなかった。なぜなら、彼は他人への興味が極めて希薄だったからである。

 そんな人が、私のことをわずかでも気にかけていたなど、想像することさえできなかった。


 それからは、彼とふとすれ違う時に、一言二言程度の言葉を交わすことが習慣となっていた。

 初めはぎこちなかった二人の会話も、回数を重ねるごとに落ち着いたものとなっていった。

 私は、そんな関係に安心感のようなものをもっていた。

 周囲からの孤立を望んでいた彼が、私に対しては多少なりとも興味をもって接してくれているのである。

 常に冷淡な表情を浮かべている彼が、ときより見せてくれる優しい笑顔に、私は愛おしさを感じていた。


 そんな彼の私に対する態度が変化し始めたのは、夏のことであった。

 日に日に彼とすれ違う回数が減っていることに、私は気が付いてしまったのである。

 だが、私にその理由を考えることはできなかった。なぜなら、彼がどうしてここを通っていたのか、どこへ向かうのかを知らなかったからである。

 私と彼の接点は、ここですれ違うことのみであった。

 私の知らないところで、彼の行動は変わっていた。きっとこの場所に来る必要がなくなってしまったのだろう。

 周囲の服装が変わるとともに、彼もまた変わってしまったのである。


 彼と再びすれ違ったのは、秋のことであった。

 ただ、彼はやはり変わっていた。一人ではなかったのである。彼の横には、友人らしき人がいた。

 私の知らぬところで、彼は以前のような孤独な存在を好まないようになっていたのである。たが、そのことに対しては、私は特に思うところはなかった。

 問題なのは、そこではなかったのである。

 彼は、友人に向かって、あの笑顔を見せていたのである。それは、私にだけ見せていると思っていた、あの優しい笑顔だった。

 その光景を目の当たりにした私は、気付いてしまった。

 私という存在は、彼にとってそこまで重要な存在ではなかったのである。


 嫉妬していた。

 彼と友人らしき人とのあいだには、何か特別な存在が見えたからである。

 それは、私とのあいだには存在していなかったものであると、すぐにわかった。



 なんて愚かなのだろうか。

 今になって、ようやく確信をもてたのである。


 私は、彼のことがどうしようもなく、好きになっていたのである。

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