脱出とその後
連れてこられたのは、予想に違わず薄暗い牢だった。兵は巡の足に木でできた枷をはめると、扉を閉めて出て行った。少し離れたところに見張りらしき人物はいるが、怪しい動きをしない限りは大丈夫だろう。
なるほど、この枷は異端の力を封じるモノだったな、と思い出す。しかしこの枷、調をはじめとする異端審問官が信じているほどの能力はないというのが真実だったりする。これが効くのは極めて弱い力に対してのみであり、大半の先祖返りはその力の大きさゆえに、そのような低級な枷で力を封じることなどできないのである。だが、この間違った知識が巡たちに対し幸運であったことは疑うべくもない。
次に格子に触れると、思いの外脆そうだとが分かった。体力が落ちる前なら十分に出られそうだった。恐らく、壊した瞬間にどこかに連絡がいくのだろうが。
「んん?」
その時、巡が目を開いた。異変が起きたことを感じ取ったのかもしれない。
「よる?」
「いえ、すみません。ここは牢みたいです」
「……なんで、調も?」
巡の疑問はもっともだった。何故、異端を捕まえる筈の彼が同じ牢に居るのだろう。それに対して、調は困ったように笑うと「どうしましょうか」と呟いた。
「出たい?」
「それは、まあ。でも、それ以上に巻き込んでしまったので巡はなんとか家に帰したいですねぇ。あの子も連れて帰らないとでしょうし」
「ん、みんな心配している」
巡は熱でふらつく体を起こすと、頭に巻き付けた布を少し持ち上げて考える。
その結果、力をばらすことのデメリットよりもそれによって脱出するほうが大きそうだと思った。もし、力が暴走しても、調が何とかしてくれるような気がした。
「分かった、出よう」
「はい?」
巡は久しぶりに大声を出すために息を吸い込んだ。
「そこの人、ボクの言うことを聞け!」
巡は、布をずらして先祖の目を開きながら見張りの男に声をかけた。
彼は、一瞬だけ抵抗を見せたがすぐに近づいてきて牢の鍵を差し出した。
「ボクたちここを出たいんだ。協力してね」
そこからは早かった。彼が走り去ってできる限り進行方向に居る人を減らしに行った。その後ろを、調が巡を抱えて走る。
巡は自分で歩くと主張したが、枷を外す時間も惜しかったので仕方がない。
途中で出会った数人の人は、もれなく巡が撤退させた。後に調は前の人がばらばらとはけていくのは、なかなかに奇妙な映像だったと語る。
建物を出るときに、最初に操った男が潜を抱えて戻ってきた。それを受け取ると、巡は「ありがとう、ごめんね」と囁きながら共振を解除した。同時に崩れ落ちる男の体。彼が目を覚ました時には、共振の効果はなくなりいつも通りの彼に戻るだろう。
「さて、私はどこに行きましょうかねぇ……」
「……調もうちに来る?」
「いやいや、駄目でしょう。なにより誰も認めないと思いますよ?」
確かに最初はそうかもしれないが、巡には隠が呆れながらも最終的には、「また拾ってきたの?」と笑ってくれるという予感があった。
二人の門出を見守るように、空には鮮やかな虹がかかっていた。
普通の虹と配色が逆になった虹を、隠も見ているだろうか。
これから始まる新しい生活を思って、巡は笑みを浮かべた。
これは、後に訪れる亜人種と人間が手に手を取り合って共存する社会の、起点になったと言われる二人の物語である。
彼らの巡り合いが偶然のものか、はたまた必然だったのか、知る者はいない。
(完)
これにて完結です。
今回の話は敵対する立場の者同士の友情ものを書きたくてできたお話です。個人的にはキャラクターの名前を考えるのが楽しかったのですが、読む人にはわかりづらかったなと反省中です。
因みに、今回のお話を書いている途中に物語に出てくる色の並びが逆の虹を見ました。反射が複数回起こることでできる副虹というものらしいです。
ここまで読んで下さりありがとうございました。またお会いできることを祈って。
かっぱまき