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邂逅


「……おーい、こっちですよぉ」


 今まさに布を取り外そうとしていた巡は、どこからか聞こえてきた声に数度瞬きをした。巡が聞き間違いかと思う前に、真上から葉の擦れる音が響き一人の男が顔を出した。……逆さまに。


 そう、彼は木に足を引っ掛けて、逆さまにぶら下がっていたのである。


「へ?」

「追われているんでしょ? こちらへいらっしゃい」


 さも当然のように告げる彼の服装は、巡が今まさに逃げている審問官と同じものだった。

 巡は自分を追う双方に目を向けて他に手がないことを悟ると、その男に向かって右手を伸ばした。相手が自分を売るかもしれないとは、考えなかった。……いや、それでもいいと思ってしまうくらいに、巡は疲れていたのだ。やはり、トラウマはそう簡単には治ってくれないらしい。


 男は木にぶら下がったまま器用に片手を伸ばすと、巡のことをひょいと持ち上げた。同時に「軽いですねぇ」と呟きが聞こえる。

 二人で木の上で息を潜めていると、下を審問官が通過していく「確かにこのあたりで見たのに」と自分たちの居る木の真下で呟かれてどきりとした。この瞬間に上を見られたらほぼ間違いなく見つかってしまうだろう。

 しかし、真下の彼は怪訝そうな表情をしながらもこちらを仰ぎ見ることはなかった。


「「……ふぅ」」

 緊張から解放されて、どちらからともなく二人は息を吐きだした。


「慣れないことをしないと疲れますねぇ……。あ、私、調というものです。以後お見知りおきを」

「……巡、よろしく」


 二人は木の上にで和やかに挨拶を交わし、握手までした。同じ危機を脱した二人には妙な仲間意識が芽生えていた。

 ここに隠か包が居れば「お前ら敵同士だろうが」と突っ込んでくれたのだろうが、生憎なことに現在のこの場は深刻なほどに突っ込み不足だった。


 のんびりと会話を続けること数十分、巡はようやく疑問に思った。

 何故、調は自分を助けたのだろうか。


 ……遅いということなかれ。基本的に常に気を張っている巡は命に危険がないと察するとそれまでの分を取り戻そうとするのか、かなりのマイペースさを発揮するのだ。


「調、どうして……、ボクを?」


 調はこの短時間の交流で巡があまり喋るタイプではないということを察していたので、彼の意図を汲もうとその言葉を頭で反芻させた。


「あぁ、少々腹立たしいことがありまして。今回指揮していた人物に対する嫌がらせですねぇ。……今は勤務時間内ですし、私にとっては貴方が異端かなんて正直どうでもいいんです」

「え、知って……?」

「ええ。この作戦を知って邪魔しに来たんです。当然知っていますよぉ」


 自分が異端であると気付いていないから助けたのだとばかり思っていた巡は驚きで目を見開いた。


「さてと、もう少しのんびりしていたいところですが、そろそろ戻って来そうですしお暇しましょうか」


 調は両の手をパンと合わせてから告げた。


「私としては貴方を送って差し上げたいですが、拠点を知られるのは嫌でしょうしここでお別れしましょうか」

「ん、また」


 巡に告げられた言葉に、調は目を見開いた。しかし、彼といくらか話して身に着けた推察によると、巡は自分との再会を願っているように聞こえた。


「はい、また」


 この交流で、巡のことを気に入っていた調は笑顔でそう告げた。

 それに巡は満足そうに笑んで、木から飛び降りた。上るのは高さの関係で厳しかったが、降りるのは簡単だった。


 ちらちらと後ろを振り返りながら帰って行く巡の姿に、調の頬は緩みっぱなしだった。


「なんだか、とっても癒されました」


 調のことをただの一人の人間として見てくれる巡の存在は、思った以上に嬉しいものだった。



「ごめんなさい!」


 新しい拠点に着いた瞬間に始まった謝罪に、巡はきょとんとした表情で首を傾げた。頭を下げている数人の子供たちの先頭に居るのは微だ。それだけで、巡は何となく状況を察することができた。恐らく、拠点のことをリークしたのは彼らだ。

 周囲に驚いている人はいないので、既にほかの人たちには謝ったのだろうか。


「ん、ちゃんと謝ってえらい」


 彼らの頭を撫でながら、巡は隠の方を向いて「どうして」と視線で尋ねる。


「なんかね、私たちの話を中途半端に聞いていたらしくて……」

「食べ物……?」

「そうみたいね」


 つまり、食料を切り詰めているという話を偶然聞いてしまった微が数人の仲間に協力してもらい、それを補おうとしたとのこと。隠が説明している間、微の三角形の耳はぺたんと頭に張り付いていた。

 審問官側との連絡は直接会わずに行っていたらしいので、今回は大丈夫だったが、もし直接やり取りをしていたらと思うと肝が冷える。基本的に審問官は自分たちの天敵と呼ぶべき存在なのだから。

 そう考えながらも、巡の脳裏には先ほどまで一緒に居た審問官である調の姿が浮かんでいた。異端を助けたいなどの偽善的な言葉ではなく堂々と「嫌がらせ」だと言い切ったことが、逆に嘘を感じさせずに巡の信頼を勝ち得たのだ。

 先ほどまでのやり取りを思い出いだして少し頬を緩ませる巡に、隠が気付いて尋ねた。


「あれ、巡? 何か良いことでもあったの?」


 そう言った隠こそ、「良いことがあったのでは?」と思わせるような弾んだ声をしていた。


「ん。……隠の方は?」

「私? 私は巡が幸せそうだと嬉しいわ」

「……ボクも」


 巡はそう返して、「ふふっ」と声を漏らした。

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