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見守る者



「隠?」


 巡が声をかけると、小屋の奥の方から「はーい」という声が返ってきた。同時に、杖を床につく音も聞こえ始める。


「おかえり。……って、またなの? 拾ってもらった私に文句を言う権利はないかもだけどさ」


 にこやかだった隠の表情は、すぐに呆れかえったものに変わった。


「ん、ごめん」

「謝らなくていいわ。その巡の優しさでここは成り立っているんだから。でも、流石に食べ物の備蓄が心許ないの。巡も気づいていたとは思うけど、最近は切り詰めて頑張っているのよ」


 そこまで言ったところで、隠は心配の眼差しを巡に向ける。


「巡に何とかしてって言っているんじゃないわ。わたしは、巡に無茶してほしくないもの。だから、「共振」も使ってほしくない。巡がそれを嫌っているのを知っているから」


 隠は杖を近くの壁に立てかけてから巡に向かって両手を伸ばした。ふらつく体に慌てて巡が駆け寄る。

 優しい表情を浮かべた隠が巡に抱きついた。


「最近はこういうことでもしないと巡は甘えてくれないんだから」


 隠は巡に体重を預けながら、彼の頭をゆっくりと撫でる。それを振り払うでもなく、巡は目を細めてその行為を受け入れた。


「最年長の責任なんて感じなくて良いんだからね。たまには甘えてほしいの。……あまり喋らなくなっても、巡はわたしの大切な家族だから」

「……ありがと」

「うん」


 隠は満足そうに笑った。


「それで、この子の名前は? この年齢なら覚えているとは思うけど」


 隠は巡の腕に抱かれたままだった幼子を見やって尋ねる。その子の頭の上には、ふわふわとした耳が生えており、ぴくりぴくりと動いていた。


「知らない」

「そうよね。……ねぇ、言葉は分かるでしょ? あなた、自分の名前が好き?」


 隠が尋ねると、その子の眉間に皺が寄った。この質問に対する答えは「ノー」らしい。


「じゃあ、新しい名前を付けても良いかしら?」

「う!」


 力強い返事に笑ってから、隠は巡に視線を向ける。


「だって。ほら、巡がつけてあげて?」

「……くぐり

「うー!」


 幼子――潜はにぱっと笑うと、巡の指をぎゅっと握った。



 二人は気づかなかった、ここでのやり取りを途中まで聞いていた人物がいたことに。そして、それによって一つの事件が起こることを。

 それから、その事件が一つの出会いを生むことを。


「巡が心から甘えられる人と出会えますように。わたしは、やっぱり巡にとっては守るべき対象だから」



 調はやっと調書のまとめ作業から解放され、椅子の上で伸びをした。


「やっぱり、こういう仕事は向きませんねぇ」


 小さく呟いたところで、調は背後に誰かが立つ気配を感じた。

 彼は、服の袖を振って中から細長い針のようなものを取り出すと、後ろにいる人物の目に突き付けた。この間、調は後ろを振り返ることはなかった。


「どなたですかぁ?」

「ちょ、相変わらず物騒だな。やめてくれよ、友達だろ?」

「生憎、私は自分の背後に気配を絶って立つ人物を友と認める趣味はありませんので」

「つれねぇな」

「そう思っていただけて何よりです」

「はいはい、降参するよ。……調、今上がりだろ? たまには飲みに行かねぇか?」


 調の背後で両手を上げながらもその手をぶらぶらとさせている男は、つつむという名で調より上の立場にいる人物だった。


「そういうのは、兄を誘ってい下さいよぉ」

「えー、やだ。あいつ面白くねぇもん。俺は断然お前の方が好きだね」

「いらないですよ、そういうの。みんなかなで兄さんの方に惹かれるんですからぁ」


 調の反応に、包は頭をがりがりと掻いて苦笑した。


「そういう卑屈なところは何とかならねぇもんかね。これがなけりゃ、もっと良いのにな。……確かに奏は優秀だ。だが、俺はお前の方に親近感がわくんだよ。生憎、俺は天才じゃないんでね」

「私は兄への劣等感で出来ていますからねぇ、こればかりは何とも。それが嫌なら構わないでくださいよ、面倒くさい」

「ちょ、俺の方が偉いんだぞ。その言い草はほかのやつに聞かれたらまずいだろ」


 包の言葉に、調は微かに笑みを浮かべる。いつも笑っているような顔なので、包は気が付かなかったが。


「そういうところは嫌いじゃないですよ、包さん」

「え」

「さ、行きましょうか」



 二人が居酒屋で寛いでいた時に、舞い込んだ一つの連絡。内容は、異端の拠点を見つけたというもの。

 それが、何を生み出すのか調はまだ知らない。


「調に兄を知らないやつとの出会いがあればなぁ。……まあ、この職場じゃ厳しいだろうけどよ」

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