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巡と隠



 巡は先程まで歩いていた通りから更に奥まった所に来ていた。

 彼はそこで気配を探り、自分に向く視線がないことを確認してから目の前の壁に拳を当てた。


 コッコッ……コッ


 一定のリズムで叩くと、壁の向こう側が騒がしくなった。

 折角の偽装もこれでは意味がない。後で注意を促しておかなければ。


「どちらさま?」

「……マフラー」


 巡が小さく答えると、石の壁が左右に割れた。彼はそれに驚くことはなく、腕の存在をしっかりと抱え直してから中に入っていった。


「お帰りなさいっ」


 小さな子供たちが巡を出迎えた。巡はそれぞれの頭を撫でてあげてから、奥に進んでいく。


 ここは異端と呼ばれる者たちの隠れ家の一つだ。異端には地域毎に小さなグループが存在しており、それに属する全員が家族のように過ごす。

 彼らは極力他のグループとの行き来をしないようにしている。その方が拠点が露見した時の被害が少ないからだ。


かくる、いる?」

「居るよ。いつものところ」


 返答した少年に頷きながら、巡は拠点の最奥へ歩いて行った。そこには食料と寝床、小さい子たちの遊び場があるのだ。年長組に属する隠はそこで年少組の面倒を見るのが日課だった。彼女は足が悪く仕事に出られないので、自ら買って出た役目だった。


 この拠点の最年長は巡だ。巡が幼い頃に属していたグループは、辺り一帯を取り仕切っていた集団に目をつけられて彼が十分に育つ前に崩壊してしまった。その集団に取り入ろうとする人と反発する人で内部分裂が起きたのだ。



 幼い巡は、当時兄のように慕っていた人物に倣って集団に属する予定だった。しかし、彼の裏切りによって奴隷として売り払われそうになったので逃げだした。異端の集団は絆が強いので珍しい事例だが、世知辛い世の中だ、ありえない話ではなかった。

 そこから巡は、自らの能力を駆使して彼らの手の届かないところまで逃げた。新しいグループに入ることも考えたが、裏切られた記憶が彼に二の足を踏ませた。

 生きていくためには手段選ぶ余裕などなかったが、巡は盗みには手を出さなかった。それをしてしまうと、そこら一帯で生き辛くなってしまうからだ。能力を使って人間に食料を貢がせたので、似たようなことをしているともいえるが、巡にとっては一応合意に含まれる範疇だった。


 そんなある日、いつものように食料を手に入れて本日の寝床を探していた巡は、膝の上にボロボロの毛布を掛けた少女が壁に凭れるように座っているのを見つけた。それが隠だった。頭の両側についた巻角によって彼女も異端だと分かった。

 彼女もまた揉め事でグループを追われた一人だった。

 彼女が不運だったのは、その揉め事によって足の機能を著しく害してしまったこと。そして、幸運だったのは、巡に出会えたことだろう。


「どうしたの? そんなところに居たら寒いでしょう?」

「……あなたは?」


 巡は自分のことは棚に上げて、こんなに幼い子供がグループに属していないとは考えなかったのだ。ゆっくりと瞼を開けた少女が警戒の色を見せたので、巡は少し慌てて自分の頭に巻いている布をはずした。額のあたりで数周してから左目を覆い隠していた布をとると、少女は少しだけ安心したように見えた。


「ボクは巡。見ての通り鬼の亜人種だね」

「わたしは隠。巡さんは先祖返りですか?」


 疑問文で聞かれたが、ほとんど確信を持っているようだった。

 本当のところ目は見せたくなかったのだが、良くも悪くも巡は異端である証が分かりにくい。額の角だけ見せるのは難しい上に、左目だけ隠していたら不自然だ。


「まあ、ね。ボクのことは巡で良いよ。そんなに年も変わらないだろうし、敬語もいらない」


 先祖返りというのは、異端の中でもさらに特殊な者たちのことを指す。文字通り、先祖の誰かの血を色濃く受け継いでいる。

 普通の異端との違いは、現在は失われた不思議な力を使えることだろう。そのため妬みや恨みを買いやすい。巡が裏切られたのも、その能力故だった。

 そんな先祖返りと異端を見分ける方法はいたって簡単だ。彼らは能力と一緒に先祖の目を受け継ぐのだ。とはいえ、基本的に片目なので、慣れれば隠してしまっても生活に支障はない。

 目を隠していると怪しまれそうなものだが、治安の悪いこの辺りは疫病も広がりやすく、体の一部を失っている人も珍しくはないので誤魔化せるのだ。


「それで、どうしてこんなところに?」


 巡が尋ねると、隠は顔をしかめた。


「帰るところが無いのよ。どうしようもないわ」


 ツンと答えた隠だったが、すぐにその表情を改めることとなった。


 ――ぎゅるる……。


 二人の子供の話し声だけが響いていた空間に、突如異質な音が混ざった。その発信源は明らかで、顔を真っ赤に染めている隠だった。


「……えっと、食べる?」


 巡は本日の戦利品であるパンを見せながら言った。

 隠は一瞬だけ躊躇したが、空腹には勝てなかったらしく小さく頷いた。


「いただきます……」


 パンを一口食べた隠の表情がみるみる明るいものになっていった。そして、そのまま全て食べきってしまってから巡の存在を思い出して気まずそうな表情になった。


「ごめんなさい、巡が食べる分まで……」

「別に良いよ。ボク一人分なら簡単に確保できるしね。……それより、いつからまともに食べていなかったの?」


 隠は指折り数えてから、「二日くらい前」と答えた。


「これからどうするつもりなの?」

「……わたし、足が悪いから、もう」


 そこまで言って黙り込んでしまった隠に、巡は安心させるように笑顔を見せた。


「じゃあ、一緒に来ない?」

「でも……」

「ボクね、一人でいるのは寂しいから嫌いなんだ。だからさ、キミが一緒にしてくれると嬉しいんだけど、どうかな?」


 隠が迷っている理由は一目瞭然だった。この足では足手まといになると思っているのだ。

 事実、グループの揉め事で怪我をした隠も、最初は仲間と一緒に行動していたのだ。しかし、数日前に「食べ物を探してくる」と言われて置き去りにされ、それきりだ。その前から、隠の処遇をどうするかという話がなされていたのは知っていたので、彼女としては「やはり」という思いが強かった。

 だが、それでも、もう一度置き去りにされる哀しみを経験するくらいなら、もうこのまま終わっても良いと思っていたのだ。


「じゃあ、とっておきの秘密を教えてあげる。……ボクはね、人間を自分の思い通りに動かせるんだ。流石にいろいろ条件はあるけどね」

「それって、先祖返りの力よね? どうして、そんなこと……?」

「ふふふ、家族に隠し事はしたくないでしょう?」


 そう言って、巡は隠に右手を差し出した。その右手に隠の少し小さな右手が重なった。

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