奇跡は夏の最後で
今年の夏ももうすぐ終わる。
日が短くなっているのを実感しながら私は夕日を眺めていた。
あんなにはしゃいだ熱い気持ちも、この夕日を見れば冷えきるように胸が締め付けられる。
私は自然と胸に手をあて家へと向かった。
温かかったあの人の手に私の手が重なった時の心地よさを思い出す。
何故こんなに夕日は私の心を弄ぶのだろうか、まるでわざと思い出させて嘲笑っているかのように---。
ふと気がつくと、いつの間にか夕日も沈み景色は更に暗くなっていく。
帰り道、誰もいない。
段々夜へと導かれるような不思議な感覚が、私を更に闇へと引きずり込む。
あの人はまた遠くへ帰ってしまった。
流れてくる涙を拭いながら歩き続ける。
日が経てばまたいつも通りに過ごす事になる、だから今日だけは---。
街灯が照らし始めた細道、怖い気持ちは忘れている。
泣くだけでリセットして欲しかったのかもしれない、安心したかったのかもしれない。
私は弱い人間だ。
あの人を信じなければいけないのは私なのにね。
「ふふ」
少し背伸びして笑ったの。
私って偉い?ねぇ---教えて。
それから時には走りながら、時には笑いながら私は玄関の前に立っていた。
もうどうでもいい、またあの人と会う日まで強くいる。
偉いって言われるぐらい私は・・・!!
玄関に手をかけた時ふいに後ろから荒々しい声が聞こえてきた。
「香織!!」
その声は、どんな声よりも私の身に染みてくる。
また涙が流れていた。
「香織?ごめん、一つ荷物を置き忘れたんだけど---香織?」
私は無意識にその温かい体を抱き締める。
ただただ抱き締める。
特に理由は無かった。
「---どうしたんだ?」
そっと抱き締め返してくれる。
「何でもない」
「そうか---」
「ほら、早く荷物持っていかないと新幹線間に合わないよ?」
「いや、それなんだけどさ---忘れてきたからわかるだろ?」
「----クスッ----」
神様というのは、都合がいいお方なのかもしれない。
「だからその---悪いんだけど、泊まらせてくれないか?」
「---うん、いいよ」
今の私の笑顔は今まででも一番に入るだろう。
いやそう信じたい。
夏の最後の奇跡は確かにここにあったのだ。
「にしても、会社休まなきゃいけないよなぁ---」
「もう、バカ」
私は笑いながら冗談混じりに言う。
「会社と私との最後の夏、どっちが大事?」
ありがちな話かもしれませんね。
でもやっぱり寂しい気持ちって誰でもあると思います。
後悔しない生き方が出来れば苦労しないんですけど。