表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妖しい銀  作者: 月猫百歩
滴ル雫
6/63

五ノ怪

「い、いつの間に」


 思わず手に持っていた笹を、手の中に隠して後ろへ回す。

 別に隠したかったわけでは無いんだけれど、普段の鬼さんに対する抵抗感からか、反射的に隠してしまったのだ。


「籠から飛んでいったカと思えば。ここでナニしている?」


「あ、その……」


 言い淀むと、手の中の笹が僅かに音を立てた。

 鬼さんにこの、笹舟の事を言ったほうが良いのかな。……言っても大丈夫かな。


「池に魚が居なくなってしまって、その、気になってしまって」


 正直に告げようと思う気持ちとは裏腹に、口から出たのは違う言葉だった。

 一瞬言い直そうかとも思ったけれど、もう少し様子を見てからと、自分に言い訳をして黙る事にした。


 鬼さんはわたしの言葉に訝しんで、池へと歩み寄った。

 気怠けだるそうにガシガシと角の生え際部分の黒髪を掻きながら、首を伸ばして水面を覗き込む。


「魚がイナイ? そんな馬鹿ナ」


「本当です。見て下さいよ。ほら、一匹も――」


 そう言い募ろうとしたわたしだったけれど、池の中を見て固まった。

 さっきまで誰もいなかった池には、何事もなかったかのように小魚たちが思い思いに泳いでいたからだ。


「そんな……」


 馬鹿な。

 鬼さんが言ったばかりの言葉を半分口にして、残りは頭に置き去りにしてしまう。


 なんだろう、また、嫌な予感がする……


 大変嬉しくないことに、こういった直感はよく当たる。

 驚きが言いようのない不気味さと恐怖感に挿げ替えられると、全身が粟立った。


 それこそ居ても立っても居られなくなり、わたしは傍らに立つ鬼さんの着物の裾を掴んだ。


「鬼さん!」


 蚊の鳴くような、けれども悲鳴に近い声で隣の紅い鬼を呼ぶ。

 ほんの一瞬だけ妖しい紅が驚いたように見開くが、わたしの様子にただならぬ物でも感じたのか、眉をひそめた。


「どうしタ?」


「ほんの今さっきまで、小魚はいなかったんです。しかもその時に、変な笹舟も見つけたんです」


 手に握り締めていた笹の葉を差し出す。


「蓮の葉が一枚わたしの正面に流れてきて、その上に笹舟が乗っかっていたんです。なんだか舟の底に文字が見えたので、こうしてほどいてみたら文字が書かれていて」


 笹にはもう『鬼ノ雀』と『気』の文字しか残っていない。

 わたしが自分が試したことを話して、ただの墨で書かれたのではないと告げた。


「ちょっと、気味が悪いですよね」


 不安にそのまま言葉にすれば、鬼さんはわたしの手から笹を摘まみ上げた。


「ふむ。ヤバイ呪術やらは無いようダガ……臭うナァ」


「え? 何が臭うんですか?」


 鬼さんは鼻を少しヒクつかせる動作をして、顎を上げる。それからニヤリと意地悪く笑った。


「鈴音。面白い捕物とりものでも見たくないカ?」


「え?」


 鬼から言われたものにわたしは再度目を丸くすると、鬼さんは暗い廊下に向かって歩き出し、付いて来いとひらりと手招きした。



・・・・・・・・・・・・・・・


 

  

 こんなことして鬼さんは何をするつもりなんだろう。

 笹の葉に筆で書いたのは『元気デス』の無難な文字。

 

 ひらがなを使わなかったのは、相手が漢字とカタカナだけ使っていて、もしかしたらひらがなを読み書き出来ないかもしれないと思ったから。


 箱庭の隅に生える草陰から、鬼さんと並んでじっと池を眺める。もう結構な時間が経っている気がするけど、まだ池にはなんの変化もない。


 足が痺れてきたなぁ……


 蓮の葉っぱ達が群れる中に置いてきた笹の葉。鬼さんが用意した小さな石を乗せて、飛ばされたりしないよう固定させている。


 鬼さんの方へ目配せすると、鬼さんはのんびりとした様子でちゃっかり持ってきた小さな瓢箪に入ったお酒を呑んでいた。

 呆れて横目で見たあと、小さく息を吐く。

 さっき起きた出来事なのに、そんなにすぐ反応があるのかしら。

 


 あの後、捕物をすると言って鬼さんは自室に行き、あのゴチャゴチャした蔵から出した習字道具をわたしに渡してきたのだ。

 

「一言でも何でも良イ。コイツに返事を書いてやれ」


 そう言われ、わたしは色々と考えあぐねいた挙句、一言簡潔に『元気デス』と書いたのだ。そんなに大きくない笹だったのもあって、長々と書くのは難しかったし。  


 鬼さんはそれを確認すると直ぐ様、箱庭に戻って蓮の葉っぱの一つに笹を置いて小石で固定した。


 それから戸惑うわたしを引っ張り、サザンカの塀の後ろへ隠れるよう、わたしを押し込めたのだ。


 

 こっそり茂みの間から向こうを覗き見る。またもや変化なし。


 さすがに今日はもう何もないんじゃないの?

 笹舟見つけたのだってちょっと前なんだし。こういうのって、せめて明日とか日にち跨いでから変化が起こるものじゃない? 

 そんなに直ぐに――


 愚痴愚痴と頭の中で悪態をついていた時、ちゃぽんと水音がした。

 まるでわたしが箱庭を出ようとした時と同じ、水の音。


 草陰から息を殺して池の方を覗き見るけれど、ここからでは水面は見えず池の様子は分からない。

 誰か他の人が池の近くに寄っていないことは確かだけど。 

 

「いま水の音がしましたよね?」


 傍らにいるであろう鬼さん小声で囁く。が、返事は無い。

 訝しんでパッと横を見れば、鬼さんは忽然と姿を消していたのだ。


「あぎゃあああぁあ!」


 箱庭に上がった叫び声。

 つられて自分も飛び跳ねて、思わず草陰の後ろから立ち上がった。


「あ!」


 目の前には池のすぐ傍で、呆れ顔しながら鬼さんが立っており、その傍らには雫を垂らした小さな子供の河童が、首根っこを掴まれて震えていたのだ。


「河童の……子供?」 


「うわぁあぁ! 食べないで下さいませぇええ! お願い申しますうぅ! 殺さないでぇえ!」


 河童の子は発狂並みに泣き叫んで、わんわんと涙と池の水を顔から垂らしていた。


「か、河童だったの? あの笹舟を置いたのって」


「らしいナ」


 鬼さんはポイと河童の子を芝の上に投げ捨てた。

 河童の子は尻餅をつくと、ぐしゃぐしゃの顔をそのままにして、体を震わせながらその場で土下座をした。


「堪忍してくださぁいぃ、出来心なんですぅ! もう二度と致しませぇん!」


「え、えっと」


 狼狽えてしまい、腕組みして眉を寄せる鬼さんと、小刻みに震える幼い河童を交互に見やる。

 鬼さんは怒っているというより呆れているようで、特にこの河童の子に何か制裁を今すぐ加えようとはしていないようだ。


 さすがの鬼さんも、こんな小さな子を痛めつける気はないみたいね。


「えーっと、とりあえず落ち着いて? 君、どうやってここに来たの?」


 頭を下げたまま震えて泣きじゃくる河童の子の前にしゃがみ、努めて穏やかに声を掛けた。


「水の中の、あ、穴を通って、来たんです。さ、最近になって、あちこち、川や沼に、新しい穴があいて、そ、それで、通って行ったら、こ、ここにも、繋がっていたんです」


 ひっくひっくと喉を引き攣らせながら、河童の子は一生懸命に話した。

 全身もずぶ濡れで、河童の子の周りは水溜りが出来ていた。涙が落ちるたびに、水浸しになってしまった芝の上に新しい雫を落としている。


「それならどうしてあの笹舟をくれたの? 悪戯したかったの?」  

 

「め、滅相もねぇです! 悪戯なんて!」


「ナラどうして俺の雀にあんなモンやったんダ?」


 明らかに不機嫌な声で鬼さんが詰問すれば、ひぃ! と悲鳴が上がった。

 そんな威嚇するような声で言ったら、怖がって言いたいことも言えなくなるじゃない。


「大丈夫。わたしは今は何とも思ってないから。最初は気味悪くて怖かったけれど、今はもうなんともないから。ね? だからどうしてあんな事したのか、教えてくれない?」


 鬼さんから庇うように河童の子の正面に寄って、わたしは聞いた。

 ま、確かに無断で人の敷地内に入るのは良くないことだけどね。その点に関しては鬼さんが怒っても無理はない。


「じ、実は、お頭には黙って来て……いや、お頭だけじゃねぇ。みんなにも黙ってて。どうしても鬼様の雀さまに、お願いしたくて」


「わたしにお願い?」


 どういったお願いだと言うんだろう。

 常闇では弱い立場にある、人間のわたしに出来ることなんて、ほぼ無いに等しいというのに。


「ほ、本当は、お、鬼様にお願ぇしたいんです。で、でも、そんなの許されねぇし……だけども、雀さまなら、人間でひ弱だけれど、お優しい方だから、仲良くなれば、話を、聞いてくれるんじゃねぇかと、思って」


 ごくりと一度唾を飲み込む音がした。

 それから苦しそうにハッと息を吐いて、河童の子は息を吸った。


「雀さまから、鬼様に、お、オラの話、伝えて欲しくて、それで、こんな真似をしちまいました……ゆ、許してくだせぇ!」


 芝の上に頭を擦り、必死になって両手をつく様子に胸が痛くなる。

 こんな小さな子がブルブル震えて頭を下げて。わたしに頼みごとをする為にここまで頑張って。


「何を頼みたかったの?」


「オイ!」


 背後から鬼さんが厳しい声を掛けてくる。

 わたしは振り返って、厳しい顔つきをしている鬼さんに懇願の眼差しを向けた。


 話だけでもと目で訴えれば、鬼さんは深く鼻息を鳴らしてそっぽを向いた。

 これは勝手にしろってことかな。ならお言葉に甘えることにしよう。


「頼みごとを教えてくれる?」

 

「えっと、その、川男の奴を殺した化物を、退治して欲しかったんです」


「え?」


 驚いて河童の子を見れば、僅かに上げた顔が先程とは違う涙を流していた。

 搾り出すように呻き声を出したあと、彼はまた口を開いた。


「つい最近助けられた川男の相棒は、オラの友達で……こ、こっそり現世に行ってた時、よく相手してくれたんです」


「え? 現世に行って良いの?」


 自分の口から素っ頓狂な声が上がった。

 狐や猫なんかの現世慣れした妖怪が行くのは聞いたことがあるけれど、河童は色々まずいのでは。


「い、いや、本当は駄目です。で、でも、オラ、変な奴って言われるけど、あの、陽の光でキラキラ光る川面が好きで。こっそりお頭の目を盗んで、その、川男達がいた川に遊びに行ってやした」


 そうなんだぁ。妖怪でも陽の光が好きな子もいるのね。なんだか驚きだわ。


「オラ、川助の仇とりてぇ! で、でもオラなんかじゃ、返り討ちになっちまうし」


「川助?」


「オラの友達の名前でいやす。あと助けられた川男のほうは、川太って言いやす」


 あぁ、なるほど。やっぱり普段名乗るのはあだ名なのね。本名は、真名はやっぱり名乗ってはいけないのね。


「事情は分かったカナ」


 聞こえた声にまたもや振り返れば、鬼さんは腕組みしたまま河童の子を軽く睨んで眉を寄せていた。


「ダガ勝手に俺の屋敷に入り込んで俺の雀にチョッカイ出すのは許せんナァ」


「ひぃいぃぃっ! す、すいやせん! すいやせん!」


 ギラリと妖しい紅を鋭くさせて河童の子を見下ろす。

 幼い河童は悲鳴を上げて額を芝に擦りつけ、ひたすら悲鳴混じりの謝罪を繰り返した。


「鬼さんこんな小さな子に、あまり酷くしないで下さい。もちろん無断で鬼さんのお屋敷に入ったのは許せることじゃないですけれど、事情が事情ですし……大目に見て上げてくれませんか?」


 仲間や上の人の目を盗んでまで、お友達の為にここまで一人頑張ってきたのだ。

 過去自分が体験してきたことも重なって、どうしても放って置くことがわたしには出来なかった。 


「だから――」


「お前は黙ってろ」


 ぴしゃりと言われ、ぐっと口を噤んだ。

 家主の鬼さんからしたらやっぱり許せることではないんだろうな。

 子供がやった事とは言え、悪いことは悪いと教えないといけないんだろうし。

 でも鬼さんのことだから、いざとなれば子供相手にも容赦しないんじゃないかと思うと、気が気じゃいられない。


「お前のかしらには俺から伝えておくカナ。二度と俺の屋敷に無断で入ってくるナ……良いナ?」


「は、はいっ。二度と致しやせん!」


「それとお前の友の事ダガ、運が悪かったと思って諦めナ。俺はどこぞのバカ雀と違って暇で無いンでナ。アタるなら他をあたれ」


 バカ雀ですって? 鬼さんの言葉に久々にカチンときた。

 それと同時に、見て分かるほど絶望的な雰囲気になった河童の子の、悲壮感漂う様子に全く関心を持たない鬼さんに怒りも感じた。


「鬼さん、そんな偉そうなこと言ってますけれど、本当は犯人探しなんて面倒でしないんじゃなくて、出来ないんじゃないですか?」


 立ち上がりわざと嫌味ったらしく言えば、鬼さんがギロリと睨んできた。

 一瞬怯んで思わず視線が下がるが、伊達に鬼さんの傍に居たわけじゃない。怖くないわけが無いけど、一度燃え始めた自分の胸の火は徐々に大きくなっていった。


「だいたい鬼さん毎日お酒飲んで寝てばかりじゃないですか。どこが暇無しなんですか? 暇って言葉理解してます?」


「ほぉ~、随分強気ダナァ。今まで泣いてばかりいたのが嘘のようダ」


「わたしは鬼さんの誤りを訂正したまでです」


 怯える自分の心を黙らせて紅い鬼と対峙する。

 こんなふうに鬼さんを見るのは、本当に久しぶりだった。

 ついこの前までは沈んでいた心も、燃えるように熱くなっている。


 勇気を振り絞って見上げるわたしに、どこか嬉々とした鬼の妖しい紅がキラリと光った。

 待っていたとでも言いたげな眼差しが、とても不思議に感じられたのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ