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妖しい銀  作者: 月猫百歩
波紋ノ輪
44/63

十二ノ怪


 むせるような嫌な空気に顔を顰めた。

 中は薄暗くて、奥はどうなっているのか真っ暗で何も見えない。


 冷たい空気が足元から這い上がってきて、頭のてっぺんまで呑み込んでくる。

 ジッと身構えていると水の跳ねる音や、水滴が落ちる音が耳に響いてきた。


 この奥に何が、誰がいるんだろう。

 朔紅童子っていう名前の事が分かるのかな。そしたら鬼さんのことも、少しは分かるのかもしれない。


 ……でも、分かったところでそれが何になるんだろう。

 別に鬼さんから逃げる気はもう無いし、鬼さんを痛めつけてやろうとも思わない。


 鬼さんの過去が分かっても、わたしと鬼さんの関係が良いものへ変わる事なんてあるのだろうか。

 


 深く息を吐いて、そっと暗闇を進んでいく。

 誰か人の気配があるようにも感じないし、明かりは相変わらず無い。


 もっと先に進まないとダメか。グッと握り拳を作って先へ進む。

 一歩先へ進む度に、吹き出ていた汗が冷えて悪寒に拍車が掛かった。


 ひゅっと息を吸い込む。

 ……今、人の声が、聞こえた。なんて言ったのか聞こえたなかったけれど、確かに人の声がした。


 身を屈めながら息を殺して先へ進む。

 短いのか長いのか、どれだけ進んだか見当もつかないけれど、声は次第に大きくなり微かに明かりも見えてきた。


「まったくよぉ毎回毎回、面倒だなぁここは」


 シュッと何かを擦る音が聞こえたと同時に、視界が急激に明るくなった。思わず声が出そうになる。

 でもそれをなんとか飲み込んで、反射的に目をかばっていた腕を少しだけずらす。

 

 まだ目が慣れてはいないけれど、相当明るいのは確かだ。

 でもなんでこんなに明るいんだろう。蝋燭だけの明かりだとは思えない。

 

「おい時間だ」 


 低い男の人の声が響いた。それからザバンという水が大きく動く音が響いた。

 誰かが暴れているのか、それとも荒々しく水に入ったのか。今もなお激しい水の音が響いている。


「さっさと口を開けろ」


 グゥッと呻き声が聞こえた。

 壁だかに波が打ち付ける音は続いているけれど、人が動く気配は止まった。 

 

「零さず全部飲め。一滴でも零せばお前ら集落の奴は皆殺しだ」


 苛々したような野太い声が壁に反響する。

 それにしてもこの台詞というか、会話っていうのかな。なんだか聞き覚えがあるような気がするけど、どこでだっけ。



 いくらかしたら、大分目が慣れてきた。

 まだチカチカするけれど、なんとか目は開けられる。


 視界には不可解な明るさが満ちて、ゴツゴツとした岩壁を照らしていた。

 壁は強引に作られた穴みたいで、所々へこんでいたり、出っ張りがあったりと歪んでいる。でも何故かそれに反して床はきちんと舗装されていて、綺麗な石畳が先へと続いていた。

 身を屈めてきて良かった。もしかしたら頭とか、ぶつけていたかもしれないもの。


 なるべく壁に沿って静かに先へ進む。

 ギリギリまで身を伏せて明かりへと近づいていく。それに伴って声も近くなってくる。


「よぉし全部飲んだな。ま、もう直ぐでお前も楽になるからな。それまで精々念仏でも唱えてな」


 緩い曲がり角からそっと奥を覗き込む。

 ……あぁ、なるほど。眩しいのは明かりを鏡に反射させてたからか。

 丸い大小異なる鏡が壁をグルリと中央の蝋燭の群れを囲むように吊るされていて、それで異様に明るく感じたのだ。


 蝋燭の真上には穴があって、青銅で作られた蓋がぶら下がっていた。

 何の為にあるんだろう。あれで空気を入れたりするのかな。という事は、地上に続いている穴なのかもしれない。


 視線を下げて周囲に目を走らせると、壁際には何かしらの器やら、仏像みたいなものが並んであった。

 どれもこれも怒った顔や歪んだ顔ばかりで、少し気味が悪い。


「お前の姉ちゃん、随分別嬪だな。上手くやりゃあ上に上がれたもんをよ、変な意地を張って結局あのザマよ」


 眩しい空間を目を細めて凝視する。

 一人の格子柄の着物を着た男性が蝋燭の群れの奥にある、地底湖みたいな所に向かって屈んでいた。


「今じゃ手ぇ合わせて『堪忍して下さい』って泣いて許しを請ってやがる」


 男性が屈んでいる先に誰かいる。

 地鎮祭みたいな、四つの柱と注連縄に囲まれて、肩まで水に浸した誰かが俯いていた。 


 それを見た途端、急にわたしの目から涙が溢れ、頬を伝った。

 驚いて腕で涙を拭っても、次から次へと流れてくる。

 もしかしてこの話、あのボロボロになっていた女性のこと?


「まぁお前が大人しく大穴に喰われりゃ、また扱いが変わるかもな。何なら俺が貰ってやっても良いぜ。顔は随分変わっちまったが、体はそのままだ。やる時は座布団被せりゃ良いってもんだしな」


 頭の中でキーンという高い音が鳴った。

 目から涙は出続けているけれど、そんなことどうでも良くなる程、わたしの頭に血が上った。


 この男が言ったことは、ハッキリ言って最低の一言だけでは足りないくらい酷いものだ。

 それにきっと言葉だけでもないだろう。なんて人だ。まるでこの男こそ鬼じゃないか。


「さてそろそろ行くか。準備しねぇとな」


 男が立ち上がると、水に浸っていた人影の様子が良く見えた。


 髪はまだらに生えて青白い肌をし、身につけている白装束がゆらゆらと波が動くたびに揺れていた。

 そして体はひどく痩せており、首や肩筋が骨ばって見える。体格もとても小さく見えた。

 

「あぁ言い忘れてたな。あと数刻でここを出るぞ。嬉しいだろ? 俺もだ。俺もこんな餌遣りの番も今日で終いだ。今まで水浸りご苦労さんだったな、朔紅童子さんよ」


 え!? 朔紅童子!? あの子が!?

 びっくりしすぎて思わず前につんのめりそうになるけど、なんとか踏ん張る。 

 

 あれが鬼さんなの? それともあの少年が言うように、別の誰かなの?

 背格好からして男の子に見える。あの、わたしをずっと手招きしていた子と同じくらいだ。じゃあ、今見ているのは過去の出来事?  


「さぁて、じゃあ……な」


 男が蝋燭に近寄ってフッと息を吹きかけた。

 辺りがまた急に暗闇に包まれて、静寂もまた戻ってくる。

 何かあるかと息を殺していたけれども、なんの音もなく気配もなかった。


 しばらく待ってみたものの、結局いつまで経っても何の反応も無かった。

 たまに水滴が落ちる音が聞こえたぐらいで、他は何も聞こえてこない。


 ……消えた? ということは、やっぱり過去の出来事?

 それとも死んだことに気づいていない幽霊?


 そっと立ち上がって手探りで先に進む。

 蝋燭があった辺りまで来ると、真上から微かに光が零れてきた。


 上を見るとあの水面見たいな暗い空が見える。

 月もないのにどうして、明かりが降ってくるんだろう。決して明るいわけじゃないのに。


 そうだ。あの水に浸かっていた子はどうし――


「……っ!?……きゃっ!」


 その場で尻餅をついた。

 肘に蝋燭がぶつかって何本か倒れた音が洞窟の中をこだました。


 水の中にいたのは痩せ細った少年ではなく、今にも崩れてしまいそうな、汚れた白装束を着た小さな骸骨だった。    

 これはさっきのあの子? あの男が言っていた事からして、てっきりここから連れ出されたと思ったのに。まだここに居るって言うことは、そうじゃなかったのかな。それともまた別の子?


「ネェ」


「わっ!」


 飛び上がってまた横に倒れる。 

 慌てて周りを見渡すと、水辺の前に手招きの子が立っていた。


「コノ子も朔紅童子。そして、コノ名も朔紅童子」


 突然出てきたから驚いた。

 体についた砂を払いながら立ち上がり、少年に向き直った。


「えっと、じゃあ、さっき男の人に酷いことを言われていた子は、この骸骨の子とは違う子?」


「同じ」


「え? 同じなの?」


 ますます分からない。

 えっと朔紅童子は鬼さんの真名で、ここは赤鼓村で、わたしが見てるのは過去の出来事で、目の前の少年は鬼じゃなくって、でも幽霊でもなくって、朔紅童子っていう名前で、この骸骨の子も朔紅童子って名前で……

 

 あぁぁ~もう~! 全っ然、意味が分からない!

 わたし何度『分からない』って言葉使ったんだろう。でも、それだけ分からない事が連発しているんだもの。


「あのね、わたしに何をして欲しいのか知らないけど、もう紅い鬼のところへ戻らないといけないの。このままウロウロしていたら、魚の姿をした鬼に捕まっちゃうから、この村から出して」


 早口で、だけどなるべく穏やかに少年に告げる。

 もうこんな変な事に付き合わされるのはゴメンだわ。早いところ鬼さんのところに行かないと。


「紅イ鬼が好キなの?」


「違うの! 戻らないといけないの!」


「……ソノ鬼が、嫌イなの?」


「え? ……えっと……嫌いだけど、戻らないといけないから」


「共に居ルのが辛イ?」


 わたしは押し黙った。

 まるで鬼さんの尋問でも受けているみたいだ。これは正直に喋ってしまって良いんだろうか。 


「名は朔紅童子だけれども、コノ御霊は鬼じゃナイ」


 まるでわたしの心を読んだみたいな言葉に目を見開く。

 固まって動けずにいるわたしに、彼は上を指さした。


『上へ』


「上?」


 見上げれば空が見える穴が見えるだけ。

 ただよく見れば、空は結構高い位置にあって出られそうにはない。穴は脚立か何かあれば届くかもしれないけれど、ジャンプしたって届かない高さだ。 


『蓋を下ろシテ』


「え? 蓋を下ろすって」


 ガランと大きな金属音がして、人形が並んであった所から何かが落ちてきた。

 ドクドク鳴る心臓の音を聞きながら、その何かに近寄った。


 これなんだろう。


 手に持ってみると冷えていてずしりと重い。触った感触だとなんだか細い棒状の物みたいだ。

 穴の下に持ってくると、それがよく見えた。先に鉤が付いた鉄の棒で、これなら目一杯背伸びすれば蓋に引っ掛けられそうだ。


「あ、もしかしてこれを使って開ければ――」


 顔を上げると、少年はまたいなくなっていた。

 もう何度も同じような事を経験しているから流石に慣れてくるけれど、なんだかモヤモヤした感覚は抜けない。


 とは言うものの、骸骨と同じ空間にいるのもどうも居心地が悪いので、わたしは早々と棒を使って鉤を蓋を引っ掛けた。


「これって引っ張ればいいのかな?」


 グッと力を込めて蓋を下へ引っ張った。

 一瞬錆び付いていたせいか変な音がしたけれど、ズルズルと錆と埃を落としながら、蓋に連なって縄が降りてきた。


 必死になってなんとか蓋を足元まで下ろす。

 かなり錆び付いていたみたいで、棒を握っていた手が痛い。それで金臭い。

 でもこれで上に登れる。  


 紐はよく見ると一足分の幅のある縄梯子のようで、今の格好でも相当苦労するとは思うけど登れそうだ。

 痛い手をさすって、わたしは縄梯子を掴んだ。





 い、痛い。登りづらい。でも、あと少し。

 もう梯子を登るいるというより、しがみついているような感じで上がること数分。いや、数十分かな。


「やっ……と、着いた……はあ」


 見えた草の上に腕を伸ばし、体を勢いよく這い上がらせた。

 手の平が擦り剥けて痛い。真っ赤になっちゃった。息は途切れ途切れで、全身頭の地肌まで汗だくだった。


 腕や足の筋肉がプルプルしてる。

 本当によく上れた。途中で何回か穴に背中を預けて休憩したけれど、それでもキツかった。


「あぁ……疲れた……」


 怖さも今はどこかに行ってしまって、体を草が生い茂るその場に横たえた。 

 

 暗い。空も周りも、真っ暗だ。登ったは良いけれどこの先はどうなっているんだか。

 ゴロンと向きを変えてその先を見た。


「……え?」


 小さなお社が目に入った。でもわたしだって、それだけじゃ驚いたりしない。

 何に驚いたかって、そのお社がぼんやり光っているのだ。


 まだ震える足を強引に働かせて立ち上がる。

 フラフラとそのお社に近寄ると、お社自体が発光している訳では無く、光は中から漏れていた。


 恐る恐るお社の扉に手を伸ばす。

 小さな取っ手を掴んでゆっくり開くと、中から柔らかい光が見えた。


「これは……」


 光の正体はボロボロの小さな木刀だった。

 ただ不思議な文字のようなものが刃の部分に掘られ、柄の部分も不思議な絵が施されていた。


 手にするかどうか迷った。

 とても神聖なもので、なんだかそれが自分を拒否するかもしれないという、変な緊張感があったからだ。

 それでもここまで来たのなら、きっと少年はこの木刀を教えようとしてくれたのなら。


 意を決して木刀を両手で掴む。

 すると木刀が急に光り輝いて、耳元で「あぁ」という女性の安堵した声が聞こえた。


「な、なに?!」


 風もないのに着ていた着物の袖がパタパタとはためいた。そして柔らかく光ると、女性の深い溜息のような音と共に、着物は静かに消え去っていった。


 残ったのは魚さんに貰った服を着たわたしと、両手の中で仄かに光る木刀だけで、他は相変わらず闇が広がったままだった。



 

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