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妖しい銀  作者: 月猫百歩
波紋ノ輪
41/63

九ノ怪


 魚さんの所から出ていこうとしたら、とんでもない事になってしまった。

 辺りは真っ暗だし、暗闇に効く目を持っていてもかなり注意深く進まないといけない。


 そういえば、魚さんの家で手招きしていたあの手は何だったんだろう。

 幼い声がわたしをこの場所に呼び寄せた。

 しかも引きずり込む時は何人もの手が伸びてわたしを掴んだ。


 あれは全部生贄で死んでしまった子供の手なのかな。

 でも、わたしをこの村に呼んでどうしたいんだろう。わたしが鬼さんと関わっている事と、何か関係があるとかかな。


 考えても答えらしい答えは出ない。

 それに魚さんはこの村に来た事によって鬼さんの弱点を得たってことは、鬼さんの過去を知ることも出来るんだ。


 ……興味はあるけれど、かなり気になるけれど。今はそれどころじゃない。だいたい命には変えられない。

 早くここを出て行って鬼さんの所へ戻らないと。

  

 

 鬱蒼とした、わずかに舗装された道を歩く。

 時折遠く下の方にある民家を見落とすと、提灯とかそんな感じの明かりが家々の間から見え隠れする。


 まるで生きている人みたいに見える。

 動きが幽霊のように滑って移動したりしていないし、動作も普通の人みたいだ。

 前に見たことがある幽霊とは随分違って、活発的に見える。


 空を見上げると星なんて見えなくて、水面のような網目模様の雲が広がっている。

 なんだか気のせいか空がゆらゆら揺れて、本当に水の底にいる気がしてくる。


 そう思うと、前に見た夢に少し似ているな。 

 最初に人魚に会った時の、あの水の中にいる夢に。

 

 ……鬼さん今頃どうしているんだろう。

 闇はわたしを受け入れるって言っていたけれど、今こんな状態になっちゃったし。

 

 それとも出口らしい暗闇を見つければ、鬼さんの所へ戻れたりするのかな。


 そうだ。ここが赤鼓村なら、誰か鬼さんの知り合いとか妖怪とかいないかな。もし会えたら事情を話して鬼さんの所まで送ってくれたらいいのに。


 魚さんの話だと、遠巻きになら妖怪がいたとか言っていたから、全く誰もいないというわけじゃないのだろう。



 とは言うものの、山の中へ行くにしても崖しか見当たらない。この場所は崖に覆われていて、まるで大きな窪地にそのまま村があるみたいだ。


 今のところ瘴気とかそういった危ないガスみたいなものは見当たらないけれど、先入観からか、なんだか常闇の空気より重い気はする。

 

 

 遠巻きに村を見下ろしながら黙々と歩いていく。

 村は少し段々となっていて、下の方はさっきの集落で上の方は少し立派な造りになっている家が多い。


 明らかな差別って感じよね。

 下の家は今にも崩れそうな土とボロボロの木で出来ていて、上の方は古民家だけれどもしっかりとした造りの家だった。

 見ていてあまり気分の良いものじゃない。

 

 そう言えば最初の小屋で聞こえた会話。

 あれは今度生贄になる子とそのお婆さんの話みたいだった。

 あの子供の声って、もしかして鬼さんだったりするのかな……。だとしたらやっぱり、この赤鼓村で鬼さんの過去が分かるのかな。


 いや、余計な詮索はやめよう。

 今はとにかく、鬼さんの所へ無事に戻ることに専念しよう。


 いきなり耳につんざく様な女性の叫び声が聞こえた。

 ギクリとして背後を振り返る。


「誰かー! 誰か助けてぇ!」


 すぐ近くだ。

 今いる道の下の方から聞こえた。


 道の端へ急いで駆け寄って身を潜める。息を殺してその先を見つめていると、草や木の向こう側から誰かが走ってくる。


 暗い中で茶色や赤っぽい影がバタバタと動き、それと同時に荒い息遣いも近づいてくる。


「あ、あぁ……!」


 ちょうどわたしがいる道にその人は飛び出してきた。

 その人は若い女性で、長い髪は乱れて汚れてよれた着物は所々ツギハギになっていた。


 女性が顔を上げる。

 その顔を見て、わたしは叫びそうになった。


 頬は紫色に変色して腫れあがり、唇は切れて血が滲んでいた。裾から見える細い骨みたいな両足は擦り切れだけでなく、打撲のような痣の後もあった。


 この人もしかして、最初に男の人達に引きずり出されていた女の人?


「ふざけんなてめぇ! おら戻ってこい!」


 女性が来たところから野太い怒鳴り声が響いた。

 女の人は言葉にならない恐怖を口にしながら、フラフラと立ち上がり、道を走りだした。


「お前ぇタダで済むと思うなよ! 下の連中がどうなってもいいのかぁ!? ああ!?」


 まるでヤクザみたいな言い方に思わず肩が竦む。

 鬼さんの怖さとはまた違う怖さをこの罵声から感じる。


「もう許して下さい……体がもちません……もうずっと食べてないんです。ごめんなさいごめんなさい。堪忍して下さい」 


 うっすらと聞こえた声が道の奥へと消えていくと、同時に彼女の姿も突然霧のように消えてしまった。

 

 いきなり静けさが戻り、あたりはまた重い空気が漂うだけの場所に戻ってしまった。


 い、今のって。あれは幽霊だったの? え? 意味がわからない。

 怨霊とはまた違ったように見えたけれど、妖怪にも見えなかったし。


 この村の過去が見えた、とか? 

 でもわたし鬼さんが持っていた不思議な提灯持っていない。幽霊ならともかく、そういうのは見えるとは思えないけど……本当に、どうなっているんだろう。


 

 しばらく辺りを警戒していたけれど、特に物音もしないのでまた道へ戻り歩き始める。


 ここから出るにはどうしたら良いんだろう。

 民家にはまともな人はいなさそうだし、関わったら何か巻き込まれそう。

 

 でもずっとこのまま村の周りの歩き続けても、何か見つけられるか不安になってくる。

 もし何も見つけられなかったら、やっぱり民家に下りていくしかなくなる。

 ……とても仲良く出来るような人達じゃなさそうだけれど。


 道はなだらかな坂道になっていて、かなり歩いた頃には集落の高い方にまで到着した。

 この辺りの家が全て見渡せて、よく目を凝らせば家に灯っている明かりがぼんやりと見える。


 結局歩いている途中には、何も得られるものはなかった。

 こうなったら人のいるところに降りるしかなくなるんだけれど、やっぱり気が進まない。

 

 どうしようかな……


 困って空を見上げると、不意に暗い曇り空が波紋のように歪んだ。

 眉を寄せてそれを凝視していると、龍のような、細長い魚のようなものが空を漂っていた。


 それはくるくるとこの集落の上を旋回していると、半透明な体を揺らして何かを探しているようだった。


 あれは龍?

 この辺に住んでいる妖怪か何かかな?


 その得体の知れない何かをずっと見ていると、それはこちら側を向いたとき、キラリと銀色に目を光らせているのが見えた。

 それを見た途端、わたしはざっと血の気が引いた。


 ま、まさか! もしかして……!

 あれは魚さんなんじゃ……!?


 どうしてあんな格好をしているのかなんて分からない。

 そもそも鬼とはかけ離れた姿なんだから、どうしてそう思ったのかすら謎だ。

 

 でもわたしの直感は妙な絶対的確信を持って、あれは魚さんだと自身に警鐘を鳴らした。


 早くどこかに隠れないと!

  

 急いで見回しても道の片方は崖しかない。

 もう片方はすぐ民家だ。

 

 そしたらもう選択肢はひとつしかない。

 かなりリスクは高いけれど、人のいる家に行くしかない。


 魚さんに捕まったら、もう二度と外になんて出られなくなる。

 そして鬼さんと変わらない状況に、下手したらそれ以上に酷い目に遭うんだろう。それが悪意のある無しに関わらず。

  


 取り敢えず物音を立てないように道から外れて、すぐ下の民家の近くに下りる。

 漆喰で出来た壁はひんやりとして、微かに話し声が聞こえる。


 わたしここは赤鼓村だと思っていたけれど、違ったのかな。だって普通に人の生活音が聞こえるんだもの。


 あ、でもさっきの女の人とか、最初のここの人達の格好とか見る限り、どうも現代ではなさそうだった。

 あの小屋での会話も気になる。

 

 どうにも色々分からない事がありすぎて、頭がこんがらがってしまう。頭が痛くなりそう。

 とにかく魚さんから逃げて鬼さんの所へ――

 

『コッチ』


 叫び声をあげて飛び上がった。

 慌てて周りに目を走らせるけど、誰もいない。


「な、なに?」


 風もない音もないこの状況が、より不気味さを増してわたしの緊張を極限にまで上がらせる。 

 今の声はあの幼い声。わたしをここに呼んだ声だ。


「どこにいるの? わたしをここに連れてきてどうするの? 鬼さんのことで、何かわたしに伝えたい事があるの?」


 どことなくそう問うと、背後から足音が聞こえた。

 素早く背後を振り返ると、先ほどの逃げてきた女性が立っていた。


「痛い……」


 消え入りそうに呟き、痛々しい顔を伏せながら傷だらけの体を自分で抱え込んで暗闇の中を立っている。

 わたしはというと、突然の彼女の出現に完全に固まっていた。


「あいつら……非道い……。あいつら、人間なんかじゃない……」

   

 ギュッと胸元を痣だらけの両手で握り締めると、彼女は同じように口元を震わせた。


「あいつらを守る為に……生贄だなんて……馬鹿げてる……。これなら、こうなるなら、どうせなら……滅びてしまえば良いのよ……」


 細い吐息が空気を揺らす。


「例え……私達も道連れだとしても……」


 恨めしい声音にわたしは立ち尽くすしか出来なかった。

 ただ彼女の体を見るのはどうしても辛かった。あまりにも生々しい傷や暴力の痕に、直視するには耐え難かった。


「痛い……痛いの……」


 また彼女が呟いた。

 それから初めてわたしの顔を真正面から見据えると、同じように初めてわたしを直視して、両手を伸ばした。


「ねぇ、イタイノ……イタイノヨ……」


 止める間もなく、わたしは彼女に強く肩を掴まれた。

 食い込むような肩の痛みと共に、突然体中殴られたような衝撃が襲ってきた。


 なにこれ? い、痛い!

 体のあちこちが痛い! 


 その場に崩れ落ちて、服が汚れるのも構わずのたうち回る。

 それでも痛みはやまなかった。

 目を開けても誰もいないのに体は暴力を受け続けている。

 

 なんでこんなに痛いの? 誰もいないはずなのに。誰かがわたしを殴ったり蹴ったりしているの?


 体をかばうように腕で頭や背中に腕を回すけれど、意味なんてほとんだなかった。

 見えない数人の誰かに痛めつけられながら、わたしは暗闇の中一人でもがいて呻いて、ただ苦痛に喘いでいた。




・・・・・・・・・・・・・・




 どれくらいしたか、わたしは汗まみれになりながらようやく目を開けた。

 気絶していたのか、それとも痛みにひたすら耐えていたからか。暴力が止まった瞬間は曖昧で、記憶にない。

 

「あれは、何だったんだろう? 何かに……襲われたの?」


 起きようと体を動かせばズキリと全身が痛んだ。

 鋭い痛みから鈍い痛みまで様々。まさか骨折とかしてないよね。


 痛む体を摩りながら体を見ると、わたしはそれを見て顔を凍らせた。


 全身を見れば傷だらけで、何より驚いたのは先程まで着ていた服はなく、さっき出会ったばかりの彼女のツギハギの着物を変わりに身に纏っていたのだ。


「これは……一体……」


「おい!」


 野太い罵声が聞こえて体を跳ねさせた。

 痛みを感じながら声のする方へ振り返れば、浅黒い男の人が茂みから出てきた。

 着ているものはよれた紺色の浴衣みたいで、それでもわたしが今着ているものよりはマシなものだ。


「手間取らせやがって。さっさと来い!」


「え?」


 呆然とするわたしに男の人は構いもせず大股で近寄ってくると、わたしの肩を強く掴んで引っ張った。

 わたしは体の痛みと引っ張られたせいで地面に転んだ。顔を地面にぶつけて「痛い」と思わず悲鳴を上げると、頭を強く叩かれた。


「うるせぇ! さっさと立て! 殺すぞ!」


 また痛いと叫びたいのを堪えて、立ち上がる。

 それでも男の人はイライラしているのか、力を緩めずに半ば引きずるようにわたしを民家の方へ連れいていく。


「今度逃げ出したら逆さ吊りにして火で炙ってやるからな!」 


 な、なんなのこの人。

 頭がおかしいの? とても普通の人なんかじゃない。


 暴力的な発言に今まで体験してきたものとは別の恐怖感がお腹を震わせた。

 

 男の人はずんずんわたしを民家の中へ連れて行くと、民家から少し離れたところにある大きな平屋に連れて行った。

 

「おい見つけたぞ。今度は目を離すなよ!」


 どんと背中を押されて地面に突っ伏した。

 また「痛い」と言いそうになったけれどなんとか我慢し、外より明るい部屋の中で顔を上げた。


 中は蝋燭と灯篭が幾つか灯されて明るいが、異臭が漂い空気が悪い。

 そしてなにより胸を悪くしたのが、ボロボロになった女性達が数人顔を俯かせて一箇所に固まり、縄で繋がれている光景だった。

 



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