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妖しい銀  作者: 月猫百歩
波紋ノ輪
40/63

八ノ怪

 無機質な狭い空間をひたすら這っていく。

 闇の中で手招きしている幼い手は、海中の海藻のようにユラユラと揺らめいてわたしを誘う。


 どこまで続いているんだろう。

 もう結構長い距離を進んだと思うんだけれど、まだ終わらないのかな。


 生温い風が顔を撫でて薄気味悪い。

 常闇に似たこの風はやっぱり気分の良い物ではない。


 それにしても、この手の男の子は一体誰なんだろう。

 魚さんとは関係がないのなら、もしかして鬼さんが助けに遣わしてくれた妖怪なのかも。


 そっか。それなら辻褄が合う。

 きっとこの手についていけば外に出られて、常闇に戻ることが出来るかも知れない。


「あ!」


 そう考えているうちに、やっと目の前に出口らしき光が見えた。

 光といっても微弱で、明かりとしては暗すぎるけれど。今いる暗闇に比べたら充分明るい。


 わたしは大きく息を吐いてまた手足を動かして、その真四角の穴へと前進した。


 


 頭を出し、次に両手を端に掛けて真下に見えた岩に這い出る。

 良かった。方向転換できなかったから、どうやって降りようか一瞬焦ってしまった。


 岩から滑り降り、衣服の乱れを整えて顔を上げる。

 辺りを見渡せば岩壁が立ち並び、出てきた通気口を見ると家の裏側に当たるようだった。


 岩から降りたものの、これはハシゴか何かない限り通気口に戻れそうにない。特に忘れ物はないだろうし、戻る必要はないから良いんだけれど。


  

『コッチ』



 聞こえた声に振り返る。

 岩壁にはツタが絡み合ってゴツゴツとした岩の突起が見える。


「どこなの?」


 暗いせいもあってよく見えない。

 しかもここは家の影で月明かりが届かず、とても見えづらい。


『コッチ』


 呼ぶ声を頼りに壁に近寄ると、ツタが複雑に絡み合っている所からあの幼い手が手招きしていた。


 あそこに入口でもあるのかな。

 

 わたしは舗装されていないせいで、大変歩きにくい地面をサンダルで慎重に進んでいくと、その手の前まで歩いて行った。

 

 手はわたしが着くとまた静かにツタの中へ消えてしまい『コッチ』と呼んだ。


 恐る恐るツタを両手で掻き分けると、中はやや大きめの岩穴があった。

 中からは湿った空気が流れ、重い空気が呼吸のように引いては押してくる。


 なんだか不気味。

 普通の世界から常闇に行く時はいつも背筋が寒くなる。この感覚はいつまで経っても慣れないなぁ。

 顔を渋らせて、それでもわたしはその中へ足を踏み入れた。


 魚さんの事は色々気にかかることや聞きたいことは沢山あるけれど、一緒になんていられないもの。

 だいたい普通の暮らしが望めそうにない。それは鬼さんにも言えることだけれど。


 振り返る気にもなれず、でも魚さんのことを頭から完全に払拭することも出来ずに先へと進む。

 暗いしなんだか地面も壁もゴツゴツしているから、転ばないように注意しないと。


『コッチ』


 声は前から聴こえてくる。

 姿を見せてくれないのは何か理由があるのかな。受け答えしてくれないのは、鬼さんがわたしと話すなと言われているからだろうけれど。


 それにしても明りなんて無い筈なのに、どうしてこう薄らとはいえ壁や地面が見えるんだろう。

 これが鬼さんの言っていた闇がわたしを受け入れるって意味なのかな。


 

 ふわりと風が吹いて髪がなびいた。

 顔を上げると、目の前には分かれ道。左右二つの穴がポッカリと口を開けていた。


「どっちだろう?」


 両穴の前に立って見比べる。

 どちらも常闇に続いているのかな。何か道しるべらしきものはないかと見回してみるも、それらしき物は見当たらない。


 ふと左側の穴から湿った、生温い風が吹いてきた。

 それにのって、僅かに誰かの笑い声のようなものが聴こえてくる。


 ……妖怪だからか、この笑い声ってかなり嫌な感じだけれど。でもこの風は確かに常闇の風だ。だったらこっちが常闇に繋がっているのかな。

 

 もう少し様子を伺おうと左の穴へ寄る。

 その時何かがわたしの裾を引っ張った。


『コッチ』


 慌てて振り返る。

 でも、誰もいない。気配もない。


「え?」


 今確かに服を引っ張られた。誰かいるはずなのに。

 辺りに目を走らせる。すると、


『コッチ』


 またあの声が聞こえた。

 しかも右側の穴から聞こえた。


「え? そっちなの?」


『コッチ』


 当然だとでも言うように、返事は返ってきた。

 わたしはてっきり左側だと思っていたんだけれど、違ったんだ。

 

 鬼さん、今のわたしなら常闇の入口が分かるって言っていたのに、全然外れたみたいなんですけれど。


 右側の穴を覗き込んでみる。

 こちらは随分静かで風は左同様生温く、ただ少し空気が重い気がする。そして少し……悪寒がする。



 ……なんか、こっちは行きたくない。


 直感的に感じて、思わず後ずさりする。

 なんだか嫌な感じがする。通気口を通ってきた時に感じたのと、少し似ている。


『コッチ』


 尻込みするわたしに、尚も声はわたしを呼ぶ。

 本当にこっちで合っているの?


「ねぇ、こっちは常闇の入口なの? 左じゃなくて?」 


『コッチ』


 ハッキリとした返答。なんだか言い返せない。

 行きたくないけど、わたしの直感は当てにならないし、だいたい鬼さんが向かわせてくれた妖怪が嘘を付いても仕方ない。  

 それにここでグズグズしていたら、魚さんに気づかれてしまう可能性だってある。 

  


 ……でもなんだか、妙に引っかかる。

 

 よくよく考えてみれば、鬼さんは外へ出ろとは言ったけれど、誰かを寄越してくれるとは言っていない。


 それに誰か迎えが来るなら、わたしが常闇の入口を見つける必要なんて無いはずだ。だってその迎えに来てくれた妖怪が鬼さんの所へ連れて行ってくれるんだもの。

 わたしがわざわざ常闇の入口を見分ける必要がない。


 じゃあ、この声の主はいったい誰?


 

 そう思った瞬間、全身鳥肌が立ち、頭から血の気が引いた。

 魚さんの知り合いでもない、鬼さんの使いの妖怪でもない。じゃあいったい何者なの?



『コッチ』


「ねぇ、あなたは誰なの?」


『コッチ』


「そこは本当に常闇に行けるの? 鬼さんの、貪欲の鬼様の所へ戻れるの?」


『コッチ』


「そこはどこに繋がるの?」


『コッチ』


「……答えて」


『コッチ』


 だめだ。何も答えてくれない。 

 もしかしたら鬼さんや魚さんとは無関係の、質の悪い幽霊か妖怪なのかもしれない。


 外に出してくれたことは運が良かったけれど、悪いけど付き合ってられない。


「わたし常闇に行かないといけないの。鬼さん、紅い鬼様の所じゃないならそちらには行けない。……あそこから出してくれた事には感謝してる。ありがとう。でも、もう行かないと」


 得体の知れない相手に、なるべく穏やかに伝える。

 怒らせないほうが良いだろうし、なるべく早くこの場から離れたいのもあった。


 早口に言うと、わたしは穴の傍から離れた。


『オニ』


 背後から、幼いけれど低い声がした。


『アカイ、オニ』


「え?」


『サクベニドウジ』 


 息が詰まる。

 なんでその名前を知っているの?


「な、なんで」


『ダカラ、コッチ、キテ』


 自分の手首に冷たいものが掴んできた。

 驚いてそれを見れば、さっきから何度も見たあの手だった。


『コッチ』


 耳元から聞こえた声と同時に、いくつもの小さな手がわたしの体を掴んできた。

 腕や足、髪や顔、背中や腹。

 

 服も思い切り引っ張られて穴の奥へと引きずり込まれていく。


「は、離して!」


『コッチ』


 ズルズルと引き摺られ、両足が浮いた瞬間に、わたしは穴へ吸い込まれた。

 入口の暗闇が遠ざかり、もっと深い闇の底へ持って行かれる。 

 

 その瞬間、すこしだけ誰かの影が見えた。

 あれが岩なのか、それとも本当に人影だったのかは分からなかった。

 

 


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 意識が浮上して、目が覚める。

 目の上には網目模様をした、変な暗い空が広がっていた。


「ここは……」


 体を起こして辺りを見回す。

 どうやら地面に直接横たわっていたみたいで、髪や服に砂がこびりついていた。

 それらを払いつつ、用心深くまた周りを見渡した。


 わたしが倒れていた場所は崖の真下で、後ろには絶壁。

 そして前を見れば、段々となった斜面に家々が建っていて、わたしはそれを見下ろすような、家よりも高い場所に居たのだった。

 

「ここ、常闇じゃない……の?」


 家の周りは暗い険しい山々がそびえ立ち、上を見上げても水面見たいなおかしな空が広がるだけ。

 夜のせいか、人々が起きている気配は感じられない。


 朝まで待ってみる?

 それともどこかの家を訪ねて、ここはどこか訊いた方が良いのかな。


 どうしようかと考えていると、どこからか数人の人影が現れて、一件の家の戸を乱暴に叩いた。


 なにあれ?

 何かあったのかな?


 小走りに斜面を下り、粗い石造りの階段をいくつか降りていく。結構急な角度だから下手をすると転げ落ちそうになるが、何とかしてやっと小屋と思われる古ぼけた木造の建物の裏手にたどり着いた。


「おい! さっさとしろ! 出て来い! 今日はお前の番だ!」

   

 息を殺して小屋の壁から怒鳴り声を上げる人物を見る。

 手には提灯を持っているが、その割にはなんだか暗くて、人影たちの顔がどうもよく見えない。


 ただ声からして、男の人だというのはわかる。

 彼らは古くてよれた着物を着ていて、草鞋を履いていた。


 痺れを切らしたのか、怒鳴っていた男の人が提灯を他の人に押し付けると、乱暴に木で出来た引き戸を開けた。

 開けた瞬間に女性の悲鳴と、恐らくつっかえ棒をしていたと思われる木の棒が折れた音がした。


「手間取らせやがって! さっさと来い!」


「待って下さい! どうか堪忍して下さい! お許し下さい!」


 襟元と髪を鷲掴みにされる形で、一人の若い女性が家から男性の手によって引きずり出される。

 足や肩は肌蹴て、着ている着物もツギハギだらけの粗末な物だった。


「お願いです! 後生ですから!」


「うるせぇ!」


 男が腕を振り上げたのを見て思わず目を閉じれば、鈍い音と女性の呻き声が辺りに響いた。

 また目を開けて怖々と彼らを覗き見ると、女性は一人の男性に肩に担がれて連れて行かれるところだった。


 今のは、なんだったの?

 それに男の人や女性のあの格好。ここって、一体何なの?


「あれを見ただろう」


 突然の声にビクッと肩が跳ねる。が、それはわたしに向けられたものではなかったようで、声は誰かに向けられて続けられた。


 どうやら声は、わたしが今隠れている小屋の中から聞こえるようだ。耳を澄ませて、壁に顔を寄せる。


「今のをお前は忘れちゃいけないよ。今度の贄はお前なんだから」


「はい」


「昨日朝早くに隣の姉さんが帰ってきた姿を覚えているかい? 可哀想に。村の娘たちは皆あんな目に遭っているんだ。あいつらの慰みものに」


「はい」


「良いかい? 禊を常に怠ってはならぬ。今のあいつらは集落の者達を見くびっている。昔なら赤子の頃から連れ去られてきたが、今はまだここにお前がおる。今が良い機会なのだ」


「肝に銘じております」


「お前に呼ぶ名を付けてあげられないのが儂は悲しい。だが堪えておくれ。あいつらから与えられる屈辱にもまた耐えておくれ」


「婆様、分かってます。必ず成し遂げます故、心配なさらないで」


 男の子のしっかりとした言葉の後、消え入るように「すまんのう」と、老いた女性の声が聞こえた。


 物置かと思ったのに、ここに誰かいるの?

 しかも今の会話って。


 覗ける窓はないかと壁を調べてみるけれど、どこもしまっていて開けられそうにない。

 変にいじって音を立てたら厄介な事になりかねない。

 ここは大人しくしていた方が良さそう……



「でも……」

 

 ふと、あることに気づく。

 

 今さっき見た女性の様子や、小屋での会話を聞いたところだと、ここってもしかして『赤鼓村』なの?

 そうだとしたら、わたしはとんでもない所に来てしまったんだ! それだったら彼らの服装にも納得がいく。


 は、早く元の道に戻らないと!

 あぁでも後ろは崖だったし、帰り方が分からない! どうしよう!?


 ここって魚さんの話だと幽霊だとか瘴気だとか怨霊だとかがウヨウヨ居るんでしょ? 

 さっきのは人に見えたけれど、あれはもしかしたら死んだことに気づかない幽霊達かもしれない。


 どっちにしろ、出会って友好的な展開は望めそうにない。

 なるべくここの住人に出会わないようにして、出口を探すしかないわ。


 わたしは額に浮かんでいた汗を拭い、震える両足を叱咤して背筋を伸ばした。

 この村、いや集落は果たしてどんな惨劇があったんだろう。さっきの女性はどこに連れて行かれ、お婆さんと子供の会話はどういう意味だったんだろう。


 そう思えば魚さんに聞かされた話を思い出し、わたしはまた冷や汗が全身から吹き出すのを感じずにはいられなかった。



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