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妖しい銀  作者: 月猫百歩
波紋ノ輪
37/63

五ノ怪


 下に行く階段を下りてリビングに着くと、魚さんがソファーに腰掛けていた。

 少し前のめりになり両手を組んでいて、髪は銀色に反射してそれこそ魚の鱗みたいだった。


「あぁ、来て下さったのですね」


 わたしに気がついたようで、こちらに顔を向けるとにこりと優しげに笑った。

 とても穏やかな笑顔なのに、わたしは背筋が寒くなった。

 どんなに優しげに見えてもその裏の顔はどこまでも恐ろしい。それをハッキリと実感したばかりなのだから尚更だ。


「どうぞ……お座りになって下さい」


 わたしはジッと魚さんを見つめた後、怖ず怖ずと手前の席へ座った。そうするとどうしても、魚さんとの距離が近くなってしまい、体も自然と強ばった。


 こちらに投げかけられる視線はどこか強く、氷のように鋭いながらも熱さもあった。

 ハッキリ言って居心地はかなり悪い。

 

「さて……どこからまた、お話しましょうか……」


 緊張して黙っていたわたしとは裏腹に、魚さんはゆったりとした口調で言った。

 ここで黙っていても仕方ない。

 わたしはフッと息を吐くと意を決して口を開いた。


「生贄になった子には、その、『朔紅童子』という名前が与えられるんですよね?」


 以前の話の終わりを伝えれば、魚さんは「あぁそうでした」と頷いた。 


「生贄になった子供は皆その名がつけられ……決めた年に捧げられました。……また例の鬼となった子は村を根絶やしにしたその後……何処となく消えたそうです……」


 根絶やしにした子って、それってきっと鬼さんの事、だよね。

 生唾を無意識に飲み込む。それからふとある疑問が頭に浮かんだ。 


「あの、何処かへ消えたって……それはどうやって分かったんですか?」


「村に残っている文や……その場に残っている霊達が叫ぶ声を……聞いたからです」


「でも根絶やしにしたというのなら、目撃者全員亡くなられたんですよね? そしたらその後どうなったかなんて、文章に残っているとは思えないんですけれど」


 よく『生き残った者は誰もいない』なんて、ドラマや小説で言う人が出てくるけれど、みんな死んでしまったならその出来事の後を含めて、何があったかを知るなんて無理なんじゃないかな。


 もし幽霊がいたとしても、死んだ直後のことを知っているなんて出来るのかしら。  


「それは簡単です……辺りの魑魅魍魎や古く棲む妖に聞いたのです……勿論、真偽は定かではありませんが」


「え? その時の様子を見た妖怪がいたんですか?」


「いえ。あまりにも異様な気配が充満して……瘴気もあまりにも濃く、誰も近づかなかったようです。遠くの方から、様子を窺うにとどめたそうです」


 妖怪すら近寄れないなんて、よっぽど強い瘴気だったのね。

 それ程恨みが深く、怒りも凄まじかったんだろう。恨み辛みを果たすために鬼になって、村一つ消してしまったのだから。


 わたしだって、自分たちの家族や友達を残酷きまわりないことをしたのなら、そんな事をしてしまう気持ちも分からなくない。


 ……鬼さんは、鬼さんがもし本当にその復讐で鬼となった子供だったのだとしたら、鬼さんは今までどういった気持ちで過ごしてきたんだろう。

 ずっと寂しく悲しく生きてきたのかな。

 

 でもいつだったか、鬼さんは自分に家族なんていないって言っていた。もし生みの親なんてものがあるのだとしたら、人間の恨みだって。

 生贄にされてショックのあまり、だんだん自分に友達も家族もいないって思うようになっちゃったのかな。

 

 ……もしそうだとしたら、とても悲しい。


 本当は家族も友達もいたのに、生贄にされた挙句に復讐を果たす為に鬼になって、永い年月を過ごしているうちに自分の家族を忘れてしまったのだとしたら。

 

「悲しいの……ですか?」


 声を掛けられてハッとする。

 俯いていたみたいで、反射的に顔が上がった。


「何が……悲しいのですか?」


 銀色の瞳は何かを探るようにわたしをジッと見つめている。

 その表情からは何も感じられなくて、無理に感じようとするなら、多分「冷たい」という言葉だろう。


「悲しい、というよりは、怖くて」


 なんとか魚さんの怒りを買わない言葉を絞り出す。

 下手に自分が感じたことを言えば、悪いことが起こるかも知れないから。


 わたしの言った言葉に、魚さんは僅かに気を良くしたのか、少し表情が緩んだ気がして、銀の瞳もそっとわたしから外された。


「そうでしょう……貴女様にとっては、恐ろしいでしょうね……」


 呟くように零れた声は、ひっそりと水が布に染みるように、空気に消えていった。




「話を整理しても良いですか?」


 お茶を淹れて戻ってきた魚さんに怖々と聞けば、彼は静かに頷いた。


「魚さんは噂を頼りにその赤鼓村に行って、残っていた書物や幽霊の言葉を纏めて、鬼さんの真名にたどり着いた。……そういう事で良いですか?」


「はい……そうです……」


 わたしの前に薄紅色の湯呑が置かれ、ゆらりと緑の水面が光った。そして魚さんも同じように自分の前に青い湯呑を置いて、わたしの隣に座る。

 距離の近さに、また心臓が変なリズムで動きだして苦しい。


「えっと、その、魚さんは鬼さんの真名を口にしていましたけれど、どうしてそれで鬼さんは苦しんだんですか?」


「真名はその者を表します。……鬼様の真名を直に口にして呪えば、鬼様そのものに呪いが届くのです。そうなれば……力の差があれど、対抗することは可能なのです」


 そうか。だから鬼さんはあんなに苦しんだんだ。

 魚さんは鬼さんよりはどうしても力じゃな敵わないけれど、鬼さんの真名を持っていることによって、力の差をはるかに上回る強さを持って逆に鬼さんを追い込む事が出来たんだ。


「……真名は誰にでもあるんですか?」


 口の中が乾くのを感じながら、魚さんへ口を開く。

 しんと沈黙が返ってきたけれど、そんなに長く時間が経つほどもなく魚さんは頷いた。


「あります……と、言いましても、雑多な形のない者にはありません。名を持つことにより存在が確立され、強さを持つと同時に、弱みを持つことになるのです……」


「じゃあ名前のない妖怪もいるんですね」


「あぁいった者は言葉を持たず、影の塊のような存在で形も定まっておりません……多少現われる分には害はないでしょう」


 そうなんだ。

 こうして魚さんと話していると、わたしって本当に妖怪の常識とか大事なことに対して無知だったんだ。


 こんな大事なこと、鬼さんも紫さんもどうして教えてくれなかったんだろう。やっぱりわたしを常闇の仲間に引き入れようとは思っていても、そこまで信用してはいないということか。


 ……まぁ鬼さん達からしたら、色々言ってはいるけれど、わたしはあくまでペット的立場であることには、変わりないんだろうからなぁ。


「他に何か……知りたいことはありますか?」


 魚さんは湯呑を両手に持ちながら、わたしへ顔を傾けて銀の瞳を向けてきた。

 その目にまた体が強張り、思わず目を逸らした。


「えっと、魚さんは真名を口にして鬼さんを苦しめていましたけれど、それはわたしにも出来るんですか?」


 気になっていたことを何とか絞り出す。

 川男さんの時はわたしが口にしても何も起こらなかったけれど、鬼さんが口にするなと怒っていた様子からしたら、わたしにも真名を使うことが出来るのかもしれない。 


「どうでしょうね……妖力、または神通力がある者が扱うのでしたらまだしも……貴女様のような常闇の者とは言えただの人間では……些か難しいかと……」


「そう、ですか」


「ただ知っているのと、知らないのでは全く違います……真名とは、そういうものなのです……」 


 知っているのと知らないのでは全く違う。

 ということは、やっぱり知っていれば手段さえあれば使いこなす事が出来るということなのかな。


「……お茶は、飲まれますか?」


「え?」


 掛けられた声に、湯呑に視線を落とす。

 両手に持っていた湯呑はもうぬるくなっていて湯気はない。


「いえ。今日はもう大丈夫です……ありがとうございました」


 流石に疲れてきた。これ以上は無理してもボロが出るとしか思えない。

 この家の中にいるということには変わりはないけれど、部屋に一人でいる分には多少休めるだろうし。


「そうですか……確かにお顔色が優れないようで」


「あ、ちょっと、疲れたかもしれないです」


「では……どうぞどの部屋もご自由にお使いになって下さって構いませんので……ごゆっくり寛いで下さいませ」


 魚さんはそう言ってすっと立ち上がり、わたしと自分の湯呑を持った。


「私は少し出掛けます。……明け方には戻りますので、それまではお一人でお寛ぎ下さい……なにか御用がある場合は、部屋の隅に御用意致しました水盆に触れて下さい……すぐにお応え致します」


「はい。分かりました」


「あぁ、あと、外出はお止めになったほうが……賢明です。闇夜の岩場は危険ですので」


 光る銀の瞳に牽制が含まれるのを感じて、わたしはぎこちなく頷いて立ち上がった。

 それから気まずさに取り敢えず軽く会釈をすると、早々と部屋へ戻った。

 とにかくその場から離れたかった。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 魚さんが部屋へ来る気配はない。

 まぁさっき出かけるって言っていたから、来る筈は無いんだろうけれど。どうにも警戒してしまうのよね。


 リビングからは物音がしない。

 魚さんはもういないのかな。


 しばらく様子を伺っていたけど、本当に魚さんはいなくなったみたいだった。

 それならまたパソコンを使ってみよう。もう少し粘って探せばなにかしら得られるはずだ。


 机の下からノートパソコンを取り出して、机の上に置き起動する。椅子に座ってインターネットに繋げ、また検索を始める。


 前は確か『真名』について調べていたんだっけ。

 また入力して検索をかける。いくつかのサイトが並んで適当にクリックしてみる。



「……うーん」


 読んでみても本当の名前だとか、魂と等しいとか、鬼さん達が言っていた事と同じようなことばかりで目新しい情報はない。


 大昔だと普通の人でも簡単に名前を明かしたりしないとか、名前を知られると呪いに使われるから偉い人は自分の名前を伏せるとか、どこかで聞いたことがある話もあるけれど今はあまり関係ないと思う。 

 

 魂に繋がる……


 わたしの名前も、魚さんと鬼さんに知られている。

 下手をするとわたしも鬼さんみたいに、拷問みたいな目に遭うかも知れない。


 でも過去に鬼さんがわたしの本名を使って、魚さんが鬼さんにしたみたいに、名前を呼んだだけで死に掛けるような事はしなかった。

 本名じゃなくて、夢で「鈴音」の名前で苦しめられたことはあったけれど。  


「夢……」


 そう言えば以前鬼さんから逃げ出した時、わたしは鬼さんから離れていたのに鬼さんはわたしの夢に出てきて接触してきた。


 それは鬼さんがわたしの名前を持っているから?


 という事は、魚さんはわたしの名前を知っているけれど、わたしの名前はまだ鬼さんが持っている……ってこと?

 だったらまた鬼さん、わたしを夢で呼ぶことが出来るんじゃない? それにわたしも鬼さんの本名知っているんだし、会える可能性はずっと高くなるはずだ。



 窓の外を見る。

 真っ暗でほぼ何も見えない。魚さんの言うことが本当かどうかはともかく、こんな暗闇の中を歩けるとは思えないし、もし魚さんが何かしらの仕掛けをしていたら、下手に動かないほうが良いだろう。


 そう、今のところ動けることは無い。出来る事もない。

 ならダメ元でやってみるしかない。


 パソコンをそっと閉じて机の下にしまう。

 振り返れば整えられた清潔そうなベッドが目に入った。わたしはベッドへ近寄ると、静かに横たわった。


 上手く鬼さんに会えるかな……


 仰向けになりお腹の上に両手を置いて、頭を枕に沈めさせる。

 前みたいに寝れば鬼さんに会えるかもしれない。わたしも鬼さんの真名を唱えながら眠って、少しでも上手くいくようにしないと。


 朔紅童子、朔紅童子、朔紅童子


 何度も何度も、頭の中で反芻する。

 そうしていると心臓の鼓動もゆっくりとなり、微かに聞こえる風や波の音も遠くなる。

 それと比例して、わたしの意識も遠く流れていく。

 暗闇が波のように押し寄せて頭の中がぼやけてくる。


 どうか届いて。

 わたしの声。



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