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妖しい銀  作者: 月猫百歩
滴ル雫
28/63

二十七ノ怪


「やっぱり壁は……無理みたいね」


 くま無く壁をチェックし終えて、一旦壁から離れる。

 視線を上げれば、壁は蕾のように上に向かっていくに連れてすぼまれていき、小さな丸い天井に行き着いた。

 丸い天井は小さく、多分ひと一人がやっと通れるくらいだ。


 浴室も見たけど丸い鉄製のお風呂が一つと洗面器があるだけで、他に特別なものはなかった。床も調べてみたけれど、ただの石畳で異常はない。

 トイレも洋式な事を除けば、何か特別な発見があるわけではなかった。


 紫さん……さっそく行き詰まっちゃったよ。

 こうなると魚さん相手に、どうにかするしか方法が無くなっちゃう。


 紫さんが言うには、妖力の無いわたしを連れてきたのだから、必ずわたしも通れる出入り口がある筈だという事。

 そしてそんなに長い時間移動して来た訳では無いみたいだから、あのお祭りの場所からも、そう遠くないのだそうだ。


 まぁ気を失っていたとは言え、窒息死したら連れてきた意味ないものね。

 紫さんが咄嗟にわたしの浴衣に紛れてくれたおかげで、色々と連れ去られてきた時の状況が分かって助かった。

 あの場所から遠くないのだったら俄然頑張る気も違ってくるもの!


 再度壁に向き直って強く押してみる。

 ……うーん……やっぱりダメね。ビクともしないし、変化も起きない。

 押してダメなら引いてみろなんて言葉もあるけど、そもそも引ける箇所は見当たらない。

 部屋も寝台以外は何も置いていない。あまりにも質素だ。


 魚さんは今どこにいるんだろう。

 注意しながら家探ししてるんだけれど、一向に帰ってくる気配はない。

 このままわたしをこの部屋に置いて、どうする気なんだか。


 行く宛もなくウロウロと動かしていた足を止め、思い返してみる。

 ……魚さん、あの姿は鬼と言うんだろうか。

 別れたあの時、また会える時は鬼の姿でって言っていた。

 魚さんは自力で鬼の姿になる方法を探すと口にしていたけれど、鬼になる方法を見つけたという事なのかな。  


 魚さんは大昔に、川の主の怒りをかって魚の姿にされてしまったそうで、その事を鬼さんにからかわれ、苛められて、扱き使われ。いつか仕返しをしてやると常日頃思っていたそうだ。

 

 魚さんは唯一、鬼さん以外でわたしの本名を知っている妖怪だ。偶然知ったとは言え、鬼さんはその事があるから尚更、魚さんが勝手にいなくなったのが許せないんだろう。


 でも鬼さん、あの時わたしの名前を知っているのを分かっていて、どうして魚さんを始末しなかったんだろう。

 いつもみたいに相手を見くびって油断していたのかな。

 鬼さんなら有り得そうだわ。

 愚痴の鬼や瞋恚の鬼にも、よく指摘されていたし。結構詰が甘そうだし。わたしと初めて契約した時もそうだったし。

  

 あぁ脱線しちゃった。

 今はそういった事は良い。


 とにかくココから脱出しなきゃいけないんだ。余計な事は考えている暇はない。わたしが居ないと知って、鬼さんが怒り狂ってまた何かしでかしてたら遅いもの。


 気を取り直してまたぐるりと部屋を見回す。 

 壁は調べ尽くした。天井は届かないからどう仕様も無い。……後はどこを調べたらいいのやら。


 疲れもあって息を吐く。無意識に視線を下げれば、石畳が目に入った。

 そう言えば床は調べていなかったわね。

 絨毯でも敷いていれば、捲れば何かあるかもしれないと思うんだけど。こうも剥き出しだと、調べるも何もない気がする。


 でも他にないし……取り敢えず見てみるか。


 石畳の溝を地道にチェックする。部屋がこれだけ広いと先が思いやられるが仕方ない。

 数分かけてぐるりと円を描くように端から部屋の中心に向かって調べる。が、何もない。全くなかった。


「収穫無しって……ここまでやって……ハァ~」


 情けない声を上げて寝台に座り込む。

 ……そう言えば、寝台の真下は調べてない。目や手が届く迄は調べたけれど、奥の方までは調べていなかった。

 寝台から降りて隙間を覗き込む。かなり狭いけど、この際もういいや! 無理やり潜り込んで調べてみよう。


 頬っぺたが床に密着し、背中も寝台の裏に擦ってギリギリだ。これ、出られなくなったら嫌だな。


 うんうん唸りながら、触る部分を腕や足を駆使して押してみる。何もなければどんどん奥へと進んでみる。


 時間は掛かったものの、半分までなんとか行き着き、寝台のちょうど真ん中辺りまで進んだ。

 そしてそこも同じように石畳を強く押すと、ズッと鈍い音を立てながら下へ沈んだ。


 手応えがあった! ここだけ、凹むのかしら?

 試しに凹んだ箇所の周り幾つかを押し込むと、同様に鈍い音を立てながら凹んでいく。

 ふぅふぅと息を吐きながら、どこまで沈むか押し続ける。凹んだ石畳たちは押すに任せて深く沈んでいき、やがてポチャンという水音と共に落ちてしまった。


「ん? 落ちた?」


 気づくと一つ落ちたところから次と次と同様に落ち、バシャバシャと水が鳴る。

 真横から見る形になるから定かではないけど、恐らく丸い天井と同じように、ヒト一人なら通れそうな大きさだわ。

 それに水の音がしたってことは……


 全て落ち終わったのか、今は静かになった石畳が落ちた場所に、恐る恐る手を伸ばす。

 そっと指先を差し入れると、少し低いところで冷たい水に触った。


 やっぱり。それじゃあ、これが出入り口……なのかな。

 でもこれだとどれくらい深いか分からないし、出口までの距離も分からない。そもそも出口が先にあるのかも分からないし、息もどれくらい我慢しないといけないかも分からないわ。

  

 それにしても、ワザワザ入口を寝台で塞ぐだなんて。この寝台物凄く重いのに、魚さん移動させたのかな。

 華奢に見えたけれど、思った以上に結構力持ちなのね。


 さてこの先どうしようか。

 この水の中に飛び込むのはいくらなんでも無謀すぎる。魚さんが帰ってくるのを待って、出方を見てみようかしら。


 チャプン、と水の跳ねる音がした。

 一瞬ぎくりとして体が強張る。


 音は……この穴の中からだ。

  



・・・・・・・・・・・・・・


 

 哀れな人の娘。

 永遠の安らぎから見放された鬼に縛られる娘。

 わらわは常世の海へ渡る時が参った。


 そなたに食されたのも何かのえにしか因果か。希に極まる宿命を負いし人の娘に、わらわも終いに情けを掛けよう。


 わらわの魂が成す水帯に、付いて参れ……




・・・・・・・・・・・・・・・・



 遠く離れていた意識が急に戻り、目眩が起こる。


 今のは、古い人魚のひとが見せてくれた、心の声?

 常世の海に渡るっていうことは、あの世に逝ってしまうってこと? 

  

 慌てて空いた石畳の穴ににじり寄り、身を乗り出して覗き込む。

 暗くてよく見えなかった水の中に、夢で見た人魚がゆらゆらと柔らかい光を纏ってわたしを見上げている。


「人魚さん」


 彼女はわたしの声を合図に、ゆっくりと泳ぎだした。

 人魚が移動した後には光の粉塵が舞い、真っ暗な水中の中に一筋の帯が銀河のように浮いている。


 付いて来いって、わたし息が出来ないのにどうやって付いて行けば良いの!?


「あの人魚さ」


 焦って叫んだと同時、身を乗り出しすぎた為か、わたしが思っている以上に体重が重たかったせいか。

 掴んでいた石畳が崩れ、わたしは頭から水の中へ盛大に落ちた。


 あっという間に冷気に包まれ、髪や浴衣の裾がゆらりと浮き上がる。

 目を開ければ、遠くの方にぼおっと光る魚影が泳いでいくのが見えた。


 一度息継ぎをしないと!


 両手足を動かして体勢を立て直す。

 それから水面に顔を出そうとして上を見た。


 ……え!? 穴が、移動している!?


 真上にあったはずの石畳の穴は、ずっと背後にまで遠ざかっていた。それになんだか、水流を前から感じると思っていたけれど、これはわたしが前に動いているの?

  

 前を泳ぐ人魚との差は広がらず、一定の距離を保ったままわたしの体は勝手に進む。

 周りは変わらず真っ暗で、ただ目の前に彼女と私を繋ぐ光る粉塵の帯があるだけ。


 息が……!


 なんとか顔に掛かる水流から両腕で庇い、耐える。でも踏ん張れば踏ん張るほど、息が苦しくなってくる。

 せめて息をたくさん吸い込んでいれば、もっと我慢できたけど、もう、限界!


 耐え切れなくなって、口と鼻から最後の酸素が逃げ出してしまった。無駄だと分かっていても、口から空気を吸いこもうとして大きく開いた。


「……あ、あれ?」


 息が、出来る。声も出る。

 ハッと息を吐いてまた吸っても、水を飲み込んだ感覚はなく、呼吸が出来る。これは人魚のヒトの力なのかしら。


 前を見ると、薄らと上に明かりが見えてきた。

 グニャグニャと歪んで鏡のように反射して、水面が揺れている。


 不意に前を泳ぐ人魚がわたしに振り返る。


 『達者で』


 自分の頭に語りかける、労りを含んだ人魚の声。

 大きく尾びれを揺らめかすと、彼女は眩いほどの光を放ち、急に上へと登った。

 つられてわたしも急上昇し、真っ逆さまになりながら水面へとぐんぐん引き上げられていく。


 滝にでも登っている感覚と言えばいいのか、さっきとは比べ物にならない水圧に、顔から全身押し潰されそうになりながら水面へ近づいて行く。


 酷い激流の中、登っているというよりも落ちているような感覚にすげ替えられ、怖さから叫び声を上げるけど、轟音にかき消される。

 爆発音のような音が響き、水の中へ引き込まれた時と同じような水柱が上がった。

 轟音と共に辺りに空気と水が入り混じり、気づけば体は宙に投げ出され、盛大な音を立てながらまた水の中へ落ちた。


「痛ぁい……!」


 水面に強く叩きつけられたんだ。きっとぶつかった肌は真っ赤になっているに違いない。まったく散々だわ!

 

 ぷはっと豪快に息を吐きつつ水から顔を出すと、目の前の影と目が合った。


「お、鬼さん?」


「……鈴音?」


 珍しく目を見開いてポカンとした顔をしている鬼さんが、すぐそこの岸に立っていた。

 辺りを見渡すと、鬼さんが沼の主と会っていた大きな沼の中に、わたしは浮いていたのだ。


「え? あれ? ここって、鬼さんと来た沼? じゃあそんなに離れていないどころか、すぐそこだったの?」


「……何を言っているんダ? だいたいお前、どうしてソコにいるんダ?」


 連れ去られてから結構時間が経っているのかと思っていたけど、そうでもないのかな。

 鬼さんがここでまだ沼の主と話しているんなら、長くても数時間といったところか。


 ……あ、そうだ。紫さん!


 一番近くの岸に泳いでいくと、水を含んで重くなった重い浴衣を引き摺りながら岸辺に上がった。

 そして帯からカエルの置物を取り出し、声をかける。


「紫さん! 大丈夫ですか!?」


 急に水に入っちゃったけど、紫さん大丈夫かな? 湿気どころか水の中にいたから、ま、まま、まさか死んじゃってないよね!?


「……御姫さん。些かお転婆が過ぎるのでは?」


 聞こえた声にホッとする。

 カエルの置物がゴトゴトと動くと、小さな穴からすぅーっと紫色の煙が立ち上る。


「まったく私がいるにも関わらず水に飛び込むとは。出る時には一度、私に合図をとお伝えしておりませんでしたか?」


「す、すいません。あまりにも急な事だったもので……。それに意図的に飛び込んだんじゃなくて、落ちてしまったんですよ」 


 まさか掴んでいた床が崩れると思わなかったんだもん。

 わたしの必死の弁解に紫さんは少し不満げに煙を膨張させると、ふわりと雲の姿に変えて宙に浮いた。 

  

「お前らナニを言っているんダ? どうして沼の中カラ出てきた?」   

   

「あ、鬼さん。その事なんですけど、大事な話があるので一度お屋敷に戻りたいんですが」


 不機嫌と怪しげさを満面にした鬼さんに、わたしは濡れた浴衣を着たまま近寄った。


「オイ待て」


「え?」


 急な静止に思わず足を止める。

 ギロリと睨まれ、何事かと狼狽えるわたしに、鬼さんは紅を細めた。


「……その浴衣。どうしタ?」


「え? あ、これですか?」


 そうだった。浴衣着替えていたんだ。

 すっかり忘れていた。


「あのですね、その事も含めてお話があるんです。ですから、お話のところ悪いんですけど、急いで帰って」 


「お可愛らしいでしょう……?」


 は?

 場違いなセリフに目を瞬かせ、紫さんを見る。


「何故私を見るのです?」


「紫さんじゃないんですか?」


「違います」


 ムッとした口調で言い返され、首を竦める。

 でも、だとしたら誰が言ったんだろう。鬼さんなわけないし、紫さんでもないとしたら、後は……


 そろりと沼の向こうを見る。

 暗がりに僅かに見える、沼の主。姿は暗くてよく見えずぼんやりと黒い輪郭が感じられるだけ。

  

「……どういうこと? ……だって、今さっきまで鬼さんと話していたのは……ここの沼の主、でしょう?」


 鬼さんを目の端で見て問いかけるけど、鬼さんは無表情だった。ただジッと、影の方を見ている。


「そうです。沼の主です。……外側は、ですが」


 聞こえた声に、沼の方へ目を向ける。

 影は揺らめきながらこちらに向かって、水面の上を歩いてきた。そして人影は次第にハッキリしていき、石灯篭の灯りでその姿がよく見えた。

  

 沼の主は、一言で言うならナマズの顔をした僧侶だった。

 長い髭は絶え間なく動き、黒墨のような肌はてらてらと光っていた。

 

「お転婆には同意致します。……まさか、あそこからすぐに抜け出すとは。さすがは鈴音様」


 初めて見る容姿よりも、主の発言がさっきから気になる。

 露骨に不審な目を向けているであろうわたしに、ナマズ顔がゆっくりと向けられる。 


「金魚は大人しく……金魚鉢にいなくては……」


 呟いたと同時に、ズルリとナマズの頭が落ちて、僧侶の衣服も水面へ剥け落ちた。

 そして残った影は変わらず水の上に佇んで、灰色の目を細めて鬼さんへと微笑んでいた。


「お暇しておりました……貪欲の、紅い鬼様」


 


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