プロローグ 入学式
白い壁が四方を囲んでいる。真ん中にベッドがあり人が一人寝かされているのが分かる。
それを取り巻く黒ずくめの防護服を着た影は色んな機械を扱い、それから伸びるコードを寝ている人間に貼付ける。
「心拍数安定しています」「あれを持ってこい」「しかし再び拒絶反応を起こしてしまうと死にますよ」「こいつは死なないよ。持ってこい」
幾つかの討論の後に三人の白衣の男がゆっくりと箱を持って、白い壁我囲む部屋に入ってきた。
見ると、その箱は人の姿を模したロボットのように見える。頭や間接部分が剥き出しになっているのは、人間が着るからだろうと理解した。
「第三回装着実験を始めます」「合掌しろ」
その声と同時にその場にいる黒服の人は両手を胸の前に合わせて目を閉じる。実験をするときはいつもやる事だ。生死を扱うのだから最初に謝っておく、という心ずかいから始まった行事である。
数秒後に目を開け配置につく。
麻酔をかけた目の前の少年の両手に付けた吊り具を、天井から伸びている鎖に繋ぐ。それから一つのスイッチを押すと鎖が天井に引き込まれて少年の体が宙に浮いていく。
ベッドを抜いて床に足が付かない位ぎりぎりに吊す。端から見ればいじめやそれ以上の虐殺のように見えるかも知れないが、今は気にする必要はない。
「頭部装着。リンクまで三秒、二、一………リンク完了」
次々に少年のサイズに合わせた機械を取り付けていく。五分ごとに生身の部分が消えていく。黒い機械が蛍光灯の光を反射させて、それが新品だというように綺麗に磨かれている。
「脚部装着。リンクまで後十五秒、十四、十三、じゅ「先生っ。頭部リンクする数値が臨界を越えました」」
「騒がしい…後にせよ。頭部なら大丈夫だ」「し……しかし」
少年の呼吸に合わせて装着された機械が少し灰色に点滅する。それがいつもの反応とは違うことに先生と呼ばれている人間は見誤っていた。
「機体ナンバー333、反応が消失していきます」「同化しているだと?」「脈拍数二百を越えました。目覚めます」
焦る黒服達は目を点にする。そこに予想を遥かに越えた存在が居たから。少年は目を開ける。真っ赤に染まったそれは焦点が合っていないのか虚に泳いでいる。
「急ぎ鎮静剤を投与しろ」「これ以上は危険です」「こいつよりも今は私達が危険だろ。急げっ」
次の瞬間にはそこに少年はいなかった。先ほどまで繋がれていたコードはゆっくりと地面に落ちて行くとき頭上から声がする。苦しそうで人間とは思えない叫び声。
ロボットスーツのような機体は宙を意思とは関係なく漂う。
まだ使い方は知らないそれは手足に赤いラインが血流のように走っている。
「強制解除をしろ。これ以上失敗品は要らん」「機体の反応は言ったように消失しています。融合してあの子そのものになっています」
機体ナンバー333は暴走を始めた。最初に専用に作られていた銃口の具現化をして、次に《黒の刀身》(ケルビム)と呼ばれる守護獣を召喚する。
狐のように尖った耳を持ち六本の尾をした黒い毛並みの守護獣。体長は五メートルを有に越える。四方を囲まれた部屋いっぱいに黒の刀身は広がる。
「【黒夜ノ骸雷】」
少年が棒読みに言う。目をくらます漆黒の光が襲い数秒の自由を奪うと、黒の刀身が発光して少年の持つ銃口に近づき、黒の刀身の顔に向かって引き金をひいた。
黒の刀身は黒い渦になって少年の銃口の周りに取り付いていく。それに伴い銃口を持っていた右手もその渦が取り巻いていった。
下にいる人間が目を開ける。先ほどまでいた狐は居なくなっており、それの代わりに両手でやっと持てるほどの長さの大剣を持った兵器が居た。少年は顔を微かに歪める。
「完成か」「ここの研究所のデータ全消去は、後三分で完了します」「腹を決めたか。祝おうか、殺戮兵機の完成を」
「原子まで燃え尽きろ【ケルビム】」
少年の言葉と同時に大剣を水平に持ち自分を中心に一回転する。威力はどんな国も白旗を振るような破壊力で衝撃が走る。建物の屋根が全て吹き飛び塵になった。
追い撃ちをするように少年は続ける。
「【流星ノ終ワリ】」
少年が大剣を右手で掲げて空を仰ぐ。曇り気味の空からゴゴゴゴゴと音が聞こえる。
「天体すら操るのか。我ながらいい出来だ」
高笑いと隕石の音だけがその場にこだます。少年はもうその場には居なくなっており、上を見上げると赤い大きな岩が落ちてきている。
「レミ副局長。一分時間を稼ぐ。地下シェルターへ行き作戦SSSを発動してくれ」
それからすぐに隕石が落ちた。研究所があった場所は地面に対して大きなクレーターを作る。それは半径二千キロを破壊し終する規模であった。
研究員はどうなったかは知る者はいない。
○
戦歴二一九九年
突然の隕石衝突で人口が四割を無くし七年が過ぎた。
ヨーロッパで発足したアーネス王国は、ヴァルバトス王を中心にして三八年前に成立したイスーラ教が勝ち取った国であり、現在第四アメリ合衆国と対立している。
王国立第一育成学校-東京一区-では、一三期入学式が行われていた。十四年前に建設されたこの学校はアーネス王国が第四アメリ合衆国に対抗するための軍隊を作ろうと、最初の取組をするための試しだった。
丁度三十年前の《ユーラシア領土戦争》の一部で用いられた<人間進化細胞ネビロス>を実用化して、それを取り込めた人間の育成と、<半機械化人間>(エクスマキナ)の適合する人間の育成を手掛ける学校で、卒業すれば最低でも準二等兵の称号を与えられる。
今までの卒業者には、<半機械化人間>の三席であるメリウスが代表だろう。そのほかにも、アーネス序列九位のローザンや十八位のシュバルツもそうである。
「今日、君達が入学してきた意味は何だ。金のためか?名誉か?女か?それが目的の人も少なからず居るんだろう。しかし俺は違かった、王の意志が自分に合っているからだ。世界は同じ人間が修めるのが普通だと思う。この手で統一を成し遂げよう。目的は同じだ」
会長が力説する。何となく言っていることが意味不明気味であるが、気持ちでそれを押し殺す感が染み出している。
百年以上前に作られたドーム、という半円状の建物に今期の新入生、全部で三千人がパイプ椅子に座っている。
七年前の<隕石衝突>においてアフリカ近くの首都も少なくない被害が出た。まだ、領土にしていない土地に落ちたので難無く領土を広げられたが、今だに反乱を起こす者も多い。
しかし、アフリカの人は<人間進化細胞ネビロス>が適合する確率が高いためここにいる新入生の三分の一はアフリカ人とのハーフや、そのものだったりする。
「そのために、俺らは力を合わせよう。ヴァルバトス王の為に力を身につけよう。分かるか、新入生。入学したのだ。これからは君達もアーネス国軍の一人だ、…助け合いながら生活せよ。以上、第一学校会長米澤春臣」
会長の話が終わると拍手が起こる。意味は解らずとも「頑張れ」と言っているんだろうと感じたのだ。それからプログラムは次の新入生代表の挨拶に移る。
席を立ちステージへ歩いて行く。階段を上って皆の前に立つ。女性だった。その顔立ちは整っており、しかし瞳はくすんでいて何を考えているのか分からない。髪は白の長髪で時折吹く風になびいている。言うなら、氷に閉ざされた美少女と言ったところだろう。
ステージに上り、ブーツの踵の音が響く。中央のマイクに向かって立つと、生徒がどよめきだす。引き込まれそうな笑みを見せたから。愛想笑いのようであったが、完璧過ぎた。
「こんにちは。私は百木マリアと言います。以後よろしくお願いしますね。」
「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!!」」」
歓声が上がる。人間は一つの者において、どうしてこんなに一つになれるのか良く分からないところがある。しかし、そんな自分もその一人なので悪いことは言えないが。
「私達新入生は、全力で先輩の背中を追いかけて追い越そうと。そんなことを目標に頑張りたいと思います。……ここで無断で私の他一人に挨拶して貰おうと思います」
淡々と進む百木は勝手にそんな事を言い出した。自分で「無断だ」と言っているので教師側は止めないのかと思うが、ドームの端で寝ているのが見えた。自分としては、短い挨拶なのでそのくらいはいいと思う。
――百木マリアで無ければ、な。
「はい。わかっていると思いますが、信夜くんー。霧雨信夜くーーん」
マイクで拡声しているのに凄く大きな声で言うので、ノイズが混じる。
――わかっているから。わかっているからさ。
と、人がざわざわとなりだす。これ以上待たすと百木マリアはキレるだろう。溜め息をついて覚悟を決めた。
「突然過ぎて虫ずが走りそうだよ」
言うと立ち上がり自分もステージへあるきだした。
マリアの横に立つと、マリアとは別に悲鳴が上がる。
「霧雨信夜だ」
また悲鳴だ。何もしないのに。ただ、右目に眼帯をかけて右肩の裾が無いコートを着て、腰に二本刀を刺しているだけだろう。
「アーネス王国の超危険人物だ」「犯罪者?」「違う………」
「「【斬虐刀の夜神】」」
騒ぎだす自分と同じ境遇の新入生達を尻目にマリアが言う。
「信夜君はそんな人じゃ在りませんので安心してください」
言っても信用が無いのは分かっている。
――こんなに笑うマリアを見るのは久しぶりで、しかしこんな反応は予想できたろうに。
驚く皆の裏腹に、現段階では珍しい<半機械化人間>(エクスマキナ)の新入生の一人が換装する。
「コード88。転送【タイタン】」
その新入生の周りを光が囲み、赤い魔法陣が眼前に現れる。
光が弱まると、その新入生は紅い戦闘機に付いてるようなミサイルの発射口が二つ左右腰に装備しており、両腕にも砲撃用の銃を身につけていた。恐らく被弾すれば一たまりも無い。鎧のようなスーツは足や胸腰周りに最低限の防護壁があり、言えば宙に浮いている一撃必殺の大砲のようだ。しかし、動きは遅く仲間の援護無しではソロで戦うなら相当な技術が必要だろう。
空へ飛び上がるとそのまま上昇する。反重力技術が使われているので装備者に重さを感じさせない。更に〈ネビロス〉がなくても空をとぶ事ができる。
「〈半機械化人間〉第120338号一ノ瀬銀、《夜神》討伐を始める」
決められたセリフのように言うと、手を強く握る。〈半機械化人間〉のモードチェンジである。
それに便乗してくるように数人が立ち上がり盛り上がっている中、一人がステージ方面に走ってくる。
「《斬虐刀の夜神》を見つけると戦闘を覚悟していないとな」
どんな特殊能力があるか知らないが<半機械化人間>がいるのだから参加しないのが得策であるはずだ。その新入生は叫ぶ
「我に力を与えよ【アルテマブレイド】」
右下に何かを握るように構えていた手にラグが走り、次の瞬間に剣の形を模した透明な光が見えてそれが、柄の方から実態化していく。そして空の<半機械化人間>を追い掛けるように飛び上がる。
<ネビロス>の持ち主は足元の空気を固めてそこに立つ技を極めているので宙の見えない壁でも使ってジャンプしていくように見える。
「何だか予想外の事態になってしまっちゃった。始末して。命令ね」
マリアが無反応に言う。いつもの事なので
「姫の仰せのままに」
自分も換装する。しかし、自分は<半機械化人間>では無い。<ネビロス>保持者であるが、自分用の武器を見つけられては無い。〈ネビロス〉は自分用の何かを見つけないと摂取しても使えない。無駄に食料を浪費するだけである。
しかし、今考えても向こうのが戦力は上である。なので信夜は能力を使うことにする。
「全てを滅する力を【終焉】(インフィニティ)」
黒い煙りが体を包み込み金属が擦れる音がする。腰に挿した二本の刀を抜いたのだろう。
煙りが腕に吸い付く。胸や足にも同じようになると残りの煙りがもう無くなっていた。
黒くて足まである長いはちまきをつけており、胸当ては漆黒のテカりを見せていた。小手には赤黒く染められており、腰に下げている鞘の下にスカートのように布を巻いている。
言うなれば、現代風にリメイクされた侍だ。
「まずは様子見で」
言って半身になり二本の刀を重ねて左脇側に引いて構える。向こう側の二人が目を点にしてこちらを見ていた。
力を溜めるように唸ると重いハンマーを振るような動きで左から右へと一閃する。
断絶されていく衝撃が空間を裂いて敵に飛んでいく。
「【アルテマブレイド】」
叫ぶ一人の男が衝撃に対し縦にその剣を振り下ろす。金色に称飾されたその剣はアシンメトリーになっている。それが衝撃を吸収していくように刀身が点滅する。少々吸収できなかった衝撃が男の左右に流れる。
その時後ろの【タイタン】の<半機械化人間>一ノ瀬は下の他の生徒に当たらないように結界を張る。ドごォンと結界に衝撃が走る。ヒビが広範囲に広がるが、また貼り直すような動きはない。
その時、一ノ瀬は椅子のような【タイタン】の下方の二本の銃口に集中していた。光が溜まっていき背の〈半機械化人間〉の中枢を中心に赤い魔法陣が薄く見え隠れしている。
何の劇だろうと下では律儀に皆が座っているのがすごいと思う。
「《夜神》。貴様は上に来ないのか」
【アルテマブレイド】の方の男が言う。霧雨はマリアの横に立って刀を構えているのでそう言ったんだろう。しかし、それが挑発しているように聞こえて。
その時
「葉隠、そこをどけぇぇぇっ」
銃口に、今にも溢れそうな光が見えた。ブラスターはこちらに狙いを定めているようだ。
マリアが居るのに、一緒に吹き飛ばすと言うのだろうか。
「全ての障害を駆逐せよ【聖なる盾】(パージ)」
左手をマリアに向けて唱える。防御用の白い魔法陣が現れマリアを取り囲む。
強度としては、ビルを何十棟も壊す貫通系のレーザーでも破壊不可。序列が十位圏内の人間ならば安心はできないが、それ以外は危機に反しない。
「今の君はそこまでその状態を保てないでしょう。五分でかたをつけなさい。見つかるわよ」
マリアの後押しもあり、自分も足に重力制御の呪文をかけて力を込める。
ステージ真上に飛び上がる。一ノ瀬は驚愕を顔に浮かべる。よく分からないが行動が予想外だったんだろうか。
一息深呼吸をする。方向はそのままで。
「飛び散れ【巨人の吐息】」
目が眩みそうな光量がドームの中に反射する。葉隠と言われた男は安全圏の【タイタン】の後ろに隠れる。と言っても【タイタン】は機体の中以外にちゃんとした安全圏を作られていない。
少なくとも少々のダメージは覚悟の上なんだろうか。
――しかし、こんなコンビネーションができるなんてな。
感心しているとその広範囲レーザーが発射された。
標的は一度決めると変えられないのかマリアに向いている。心配は少しあるが、結界があるので大丈夫だろう。
黄ばんだレーザーが二本のブラスターから伸びてきて途中で一つに融合する。
下の新入生はやはり、何かの劇と思っているようで「やれ―」や「そこだー」なんて叫んでいるのは、少しかんがえなしだろう。
黒板を引っ掻くような嫌な音が響いて生徒は顔をしかめる。
会長も度肝を抜かれたようで驚愕の表情が変わらない。
そのレーザーはまっすぐマリアに飛んでいく。しかし逃げようとしないのは信夜の結界を信じているからだろう。
直撃するとやや後方に後ずさる。結界があっても衝撃は抑えられない時がある。それで怪我をすることはないが、改善点である。
「夜神ぃぃぃぃ。貴様ぁぁぁぁっ、ゆるさんぞ」
一ノ瀬が叫ぶ。どう考えても自分はそのレーザーを避けては無い。勝手にマリアに打っただけだ。
強力な光が収まるとドームのなかは煙に包まれていて敵の影が見えるだけでそれ以上は何もみえない。
「鳴神の真琴が存在を壊しつくし塵にしてやろう。【アルテマブレイド】戦闘形態」
重くのしかかるような低い声がドームに響いて、声の主を中心に強い風がふく。
煙りが晴れると葉隠のもっていた【アルテマブレイド】が両手剣くらいに大きくなっていた。金色に輝く刀身は光をましている。
「信夜くん。早くやちゃってよ。時間が無いの」
結界がパキンと音を起てて割れると前に進みながらマリアが言う。――自分も分かっている。
「【終焉】冥界の双極の覇蛇よ我の血を使い敵を戦滅せよ<インフィニティ>」
自己能力増加の力を呼び出して唱える。
鎧の縁から出ている黒のオーラは筋肉の衰弱を抑えるもの、全ての痛みを和らげる効果がある。
二本の刀にはそれぞれ違った色のオーラが取り巻く。それはニ匹の蛇の力で生命力を吸い取る物と、空間を切り裂く物がある。その気になれば違った能力も使えるのだが今は使わない。
構える葉隠に向かって足の向きを合わせ下を蹴る。意識を集中して加速させると葉隠は霧雨の姿を認識できなくなる。
一ノ瀬から見ると一瞬のうちに葉隠の目の前に現れたと言うが、葉隠からみると目の前に来たことすら分からなかったそうだ。
右手の生命力を吸う刀を【アルテマブレイド】諸とも上から下に振り下ろし切り付ける。両手で柄と刀身を支えて気張る葉隠も、格の違いが理解できたようで力を弱める。物分かりがいいのか、それとも馬鹿なのか。なので<ネビロス>の能力で固めた空気が溶け、全力で振り下ろしたと思われる刀をもろに受ける。叩きつけられた刀には切断する力はなくハンマーで殴られたような衝撃だった。
いきよいがついていたので真下の一ノ瀬が張った結界にすごいスピードでぶつかり、ドームが揺れる程の衝撃が走る。元からひびの入っていた結界は、その衝撃で崩れるおちる。
葉隠は結界が消えるとそのまま重力に引かれて新入生達のいる所におちて悲鳴が聞こえてきた。死んではいないものの吐血して、白目を向いている。【アルテマブレイド】は消えていて葉隠は一瞬でも死んでいるように見えてしまう。
劇にしてはやり過ぎだろう、と本気で新入生は困惑し始める。
「葉隠ぇぇぇ。目標《夜神》。【タイタン】、砲撃開始っ」
真後ろを向いて両手と腰に付けた銃口に光が燈される。
――しかし、遅い。
【タイタン】のスピードは改善点としてあげられている。命令から開始まで五秒もかかるようでは個人戦に向かない。前に言った通り欠陥品である。
「【刹那】」
瞬間移動をする技だ。さっきのはただ加速しただけ。これは点と点を繋いで移動する。
どこに出たのかと言えば安全圏近くの【タイタン】の目の前だろう。迂闊には撃てなくなった一ノ瀬はこちらを睨む。
そんな怨まれる事をしていないので、笑いかけてみる。
「俺の親は《夜神》に殺された」
一ノ瀬の表情は変わらなく、そしてはっきりとそう云った。しかし、そんな事は今は関係ない。再び嫌な笑顔で笑う。それと一緒に、霧雨は一ノ瀬の体を左手の刀を貫通させて背の中心に攻撃する。
不意にやられて反撃が出来無かったのか、それとも他の理由があったのか、一ノ瀬は力無く肩を落とした。刀を引き抜くと返り血がとんできて胸部の鎧を赤く染める。
「あ……くま……め…………」
一ノ瀬はそういって<半機械化人間>のコアが壊れて制御が効かなくなり同時に気を失ってそのまま真下に落下していく。どうでもいい事であるが地面に嫌な音を起てる。
「信夜くん、早くそれを解きなさい!はやくっ!」
マリアの声がして振り向いた……瞬間に声が聞こえる。
生徒の中に一人違ううごきをしているのを見つけた。
「一瞬の隙が自分の命を散らす好機なんだよっ!!」
男が叫ぶ。回りの新入生は何がなんだか分からないようで無駄にうるさい。
魔法陣が完成している。虹色のそれは見たことも無いような異様な雰囲気を醸し出している。聞こえないが呪文を唱えている。動きが封じられたようで腕も足も動かない。
――し…しまったっ!?
思ったのもつかの間、魔法陣が右周りに回転して辺りから光を吸い込んでいく。それは<半機械化人間>の一ノ瀬が放ったレーザーに似ている。しかしそれは違うことは見たとおりで。
「聖なる光に断罪され世界の終わりまで後悔せよ【破滅の戦歌】」
魔法陣の円の真ん中に空いている穴から圧縮された光が見えている。しかし、ロックオンされたのにそこから動けない。
昔聞いたことがある。昔といっても二、三年前だが。全ての能力を封じる何かがある、と。<半機械化人間>のリンク数値だとか、<ネビロス>の特別兵器の出現を阻む何か。
「重力操作【エクリプス】」
マリアの一撃必殺の術が決まる。その術者の男は上から何か気圧で押し潰される。窒息するように苦しくて、体中が切り刻まれるような痛みが走る。喰らった者は絶対に生きてはいない。そのかわりにマリアには凄い副作用がくるので絶対に使わないと決めていた術なのに。
マリアは苦しそうに浅い呼吸を繰り返す。時折咳をして口に上がってきた血を吐く。
男はぐちゃぐちゃに潰れていた。恐らく命はない。
しかし、レーザーの発射は止められなかった。術者が死んでも消えないのは捨て身の攻撃だからだろう。一度でもチャンスを見つけたら死んでも命令を完遂しろ、とか言われていたのだろうな。
「信夜くん、……避けてっ」
マリアは言うが、動けないのはさっきの術者が有能だからで。
その一瞬は無限に感じるほどで、ゆっくりと時が流れる。
そのレーザーは正確に能力の中心の核を貫く。死なないものの、大量に血が流れる。体中の力が弱くなる感覚がして纏っていた【終焉】(インフィニティ)の鎧がはげていく。
「信夜くーーーんっ!?嘘……嘘だよね……?」
聞こえて足に掛けていた魔法も解けて背中から下に落ちていく。本日三回目の空からおちてくる男子は《斬虐刀の夜神》と呼ばれていた大量殺人鬼であった。意識がなくなったか足掻こうとする意志が感じられないような落下の仕方で、マリアは叫んでいた。
すると、マリアは体の内側から何か力が沸いて来るのが分かった。使い方は体が覚えているとかそんなやつ。
「死んだらいけないから」
マリアが呟いて両手を落下している霧雨に向ける。瞬間霧雨は落下のスピードが和らぐ。
霧雨の体は紫に縁取られており、アニメなんかのサイコキネシスのようだ。
ゆっくりと霧雨を地面に降ろすとマリアはそこに走っていく。
新入生は少しだけ、状況が理解できたようで静まり返っていた。そのなかでマリアの声だけが響いている。
「死んじゃダメだから。許さないから。責任取るって言ったじゃんか。ねぇ」
ほほを往復でビンタしながら言うが、腹から流れる血はなかなか止まらない。肉は削げてい無いようだが、内側だけ焼くレーザーのようで目が覚めない。
そんなとき、端に寝ていた教師達が目を覚ました。マリアも分かった。そっちじゃなくて信夜が目覚めて欲しい。
状況が理解できない生徒のように焦る教師もいた。校長は一人落ち着いてマイクのあるステージへ歩く。
そしてマイクを手に取った校長は言う。
「落ち着け。まずはこんな状況になった流れを教えてくれ。見たところ負傷者は四人のようだ。応急処置をして担架を用意しろ。保健科早くしろっ」
◆
戦艦ロンギヌスには全部で七十の乗組員がいる。半円状の指令室には十人の幹部が座っていた。
艦長と思われる防止を被った一人の男性は他の九人とは三段程高い床の上にいる。
正面には一面に液晶の画面がはめ込まれていて、右上にLIVEと書かれている第一学校の入学式の映像が流れていた。
「遅かったか。今の霧雨信夜の状態はどうだ」
「内蔵の幾つかが焼かれています。自然回復は残り四百八十時間。心拍数怪我に対して安定しています」
緊張がほどけたように十人は吸い込むだけだった息を吐き出す。
「今晩二十時に三班は霧雨の治療をしにいけ」
「しかし……。分かりました」
なにを言おうと思ったのか、それを飲み込んで三班の班長は答える。
「引き続き霧雨信夜の監視を続ける。滞空、一旦解散。十九時に集合」
艦長の一言で残り八人は解散する。一人は艦長に近づいてきて言う。
「七年信夜くんを観察していますがどうですか?先生。リンク数値は変動していたのでしょうか」
「今の攻撃でナンバー333のリンクは切れた。その前からも安定はしていたのだ。もう少しで接触をしようかと思っていたのにな」
画面に写されている倒れた霧雨を見て艦長は言った。
◆
「信夜くん、大丈…夫だよね……」
ドームの新入生達がざわめく中、マリアは倒れている霧雨の隣で両膝を付いていた。
校長が倒れた霧雨とその脇でうずくまるマリアに近づいてくる。優しそうな顔付きは特徴であり、人気の証である。
「百木君、君は知っているが見てみぬふりをしている。全てを話したほうがいいんじゃないのかね。何故、霧雨信夜の味方をするのか。その裏にある何かを」
「………」
無言を貫く。こんなおじさんに話す義務なんてない。ただ、自分は信夜と居たいだけなのだ。そもそも話しても何もしてくれないだろう?
「君の存在は世に知れて居るんだ。霧雨君と一緒にいる時点でな。話せば私達が事実を捩曲げる事が出来る。百木君と霧雨信夜の注目を別の事で他に向ける事も可能だ」
校長は続ける。新入生は他の教師等の誘導で教室に向かっている。今ここにいるのは、一ノ瀬と葉隠の関係者と潰れて死んでいる霧雨をこんな状態にした男の関係者。五十人程度がドームのなかで対応をとっていた。
「私は、霧雨君と助け合う関係を築いてるの。……ただそれだけ」
あくまでもそれ以上は言わない。校長は微笑む。分かったという顔だ。
「話したくなったら学校三階の校長室においで。手を打っておくから、霧雨信夜と一緒でもいい」
強制はしないのか。自分の我慢が限界になると秘密を打ち明ける人間か、と性格の悪さを感じる。
それから校長は潰れた生徒の元へいく。少なからずアーネスの警備隊が『KeepOut』のテープを周りに囲んでいる。
そこに「校長のメルク・オーフィンスだ」と言ってテープをくぐる。一瞬優しそうな顔が狂気に充ちる。
それはアーネスの人間ではない人にするものと同じだ。第四アメリ合衆国の手の者と推測する。
そちらを見ていると逆から足音が聞こえてきた。不意に振り向いた。
「霧雨信夜だね?この人は。学校の保健室に連れていくけど、付き添いの人?」
敵じゃないと認識して一息着いた。この、はっきりとしない話し方の男はロード・キャロルだ。この学校の三年生で保健委員長で<ネビロス>の学校一の使い手である。
腕は確かなので頷く。すると、担架を具現化させる。
同時に持ってきた道具を担架にほおり投げるとそれも自然に動き出す。霧雨をそれの上に乗せると応急処置をはじめだす。
「このドームは入って来たときにも分かったように、ここは実戦室としても使われるんだ。ん?違うな、……入って来たときには分からなかったか?」
一人でぶつぶつと呟いているが、マリアは関係ないとロードの<ネビロス>の能力で誰も支えていないが担架で運ばれている霧雨を眺める。
「霧雨信夜はなにをしてこうなったんだい?見るかぎりじゃこの人が《斬虐刀》と呼ばれている意味が分からないけどね。力を感じない」
「合衆国の奴に封じ込められましたから。レーザーで貫かれて…」
「じゃあ、あの潰れてた人が……失礼かな?…まぁ、死んでた人が撃ったの?」
どっちでも失礼なのは変わり無いのだがマリアは頷く。
ロードは見た目好青年だ。ファンの人数もおおい。ロード目当てで保健委員に参加するひともいるくらいで、ナンバーワンの呼び声も高い。しかし、何故こんな話し方がぐちゃぐちゃなのだろうか。
「ふーん。力が戻ったらおてあわせして貰おうかな!」
アーネス王国の戦力でもなかなか取り押さえられない男に掛ける言葉だろうか?
数秒の空白が二人を包んだ。ふとロードを見てみるが何かを待っているようだ。
「……返事が無いと思ったら、意識無いんだね」
「……………」
どう反応すればいいのか、狙ってやったのか唯の天然なのか。前者だと自分を楽しませようとしたのか、でもそうだったとしてもおもしろくないし。後者だとまぁ、そんな人なのかなって少し残念である。
溜め息を一つついてロードを見る。ニコニコとしている、それは悪意を感じさせない笑みであるので自然とマリアも落ち着く。
「思い詰めた表情が消えたね。うれしいよ」
ロードが言うと、少し歩きのスピードを上げる。ゆっくり歩いていたものだから何人にも追い越された。しかしそんな事を気にする様子はなかったのに。
ドームの入口を反対に潜りそとにでる。直で外に綱がっている訳ではなくて、エントランスのような所だ。昔は野球というボールを投げて棒で打つ遊びが世界的に流行っていて、それを八十年前まではここでも行われていたそうだ。それから放置されていて近頃二年前に使われ始めたので、風化したり日焼けしているが野球のポスターが貼られている。以前の姿が見て取れる。
ロードの誘導でそこを右に曲がる。近道なそうだが他の生徒は曲がらない。安全かどうかが心配だが、あっち系で噂のないロード先輩は後輩を連れ込んでどうこうは無いはずだ。
「大丈夫なんですか?」
マリアの率直な問いにロードは「大丈夫、大丈夫」なんて右手をひらひらとさせる。緊張感のないロードはマリアの想像している事なんて考えることが無いのだろう。
ついていく形になるので順番的にロード、霧雨が寝ている担架、マリアとなっている。よく考えて怪我人がいるのだ、保健委員長がそんなことするはずが無いと結論が出て安心する。
少しずつ電灯が暗くなっていき、ばちばちと嫌な音を立てるようになる。ずっと使われていないので蜘蛛の巣が張られていたり、蛾が死んでいたりして不気味である。
そして、ずっと行くとハンドルのついたドアが見えてきてロードはそこの目の前で立ち止まる。
一息深呼吸をする。汚い場所で深呼吸するなんてよほど天然か、そういう動作なのだろうか。ロードの行動は観察のしがいがあるな、と思うのはマリアの悪いクセで。
「長が緊急で要請する扉を繋げ【門】(ゲート)」
言いながらハンドルを廻す。よくみればハンドルに番号がついておりロードはそれの、五と書かれている番号を一番上になるように合わせる。
チーン、と一昔前のエレベーターのような音がする。
「これがあるから速いんだよねぇー」
振り向き様にロードが言うので「そうですか」とあいずちをうっておく。
扉を開けると薄暗い廊下とは光量の景色が見える。
「第一学校保健室にようこそ」
決めぜりふのように一礼しながらロードが言うと開け放された扉に担架を突っ込む。
それに続いて「どうぞー」と姿勢よく礼をするものでマリアは先に入って行く。
出たのは大きな鏡の中からであった。鏡から出てくるなんてどういう技術なのかと思うが、まぁこれから分かるだろう。
保健室は広くて清潔感の白を基調としている。
ベッドは十はあってそれが右、左に五づつ並んでいた。
内三つは誰かが寝ている。しかし頭まで布団を被っているとか、俯せだったりとかで顔はみえない。
デスクは四つ向かい合って窓側にあって、窓が開いているのでレースのカーテンが風になびいている。
「いたって普通でしょう?……周りに学校なんてあったっけ?ま、ここが保健室っていう所だよ」
ロードが鏡から出てきながらそういった。そして右手を鏡に突っ込むと力を入れるように顔が赤くなる。扉の厚さから考えて全開の状態から閉めるとなると相当重いと思う。
鏡を移動の手段にするくらいなのだから、そこら辺は考えていて欲しいが今はこれしか方法が無いのだろう。
そして、鏡とは逆にある扉を開けると「こっちにきて」というように手招きをする。しかし、それがマリアにではない事はみてわかるし、流れからしても分かる事である。
「霧雨君をこっちに」
担架に言うと、飛んでいきロードの上で担架が消える。
落ちてくる霧雨をお姫様抱っこのように抱えると扉の中に吸い込まれるように消えていく。
「あれ?私はなにをすれば?」
「ちょっと待っててよ」
遠くからロードの声が聞こえてマリアはベッドの一つに腰掛ける。
目の前の貼紙に目が取られる。ドームにあったような日焼けはしてないのではっきりと見える。
『特殊医療について』と書かれている。それの隣は『<進化細胞ネビロス>の投与実験』である。マウスに<ネビロス>を摂取させると、十分の一が死んでしまう。人間にもそんな確率だと推測される。とまぁ、そんな内容でありどうでもいい情報である。
よくみると壁には色んな内容の貼紙が一面に張られていた。
医療関係の実験、手術の危険性と可能性。興味の惹かれるような物があったりした。少々いりひたって読んだ。雑学が多少増える。特に『<進化細胞ネビロス>の特殊武器について』の記事が続きが読みたくてしょうがない。その2まであったが、まだ3は無かった。
と、十分も経っていないが入って行った状態のままロードが帰ってきて、マリアが座っていたベッドに霧雨を寝かす。
「なにをしたんですか?」
「体を調べてみたんだよ……って言ったら誤解されるかな…。封印の影響を調べたんだ。体に埋め込まれていた<機械化>の核が見事に機能していなかった。傷ついてもいないけどね……しかし、どうすればこんな事が……」
ロードが右手を顎に寄せて唸る。要約して、ひとまずはちゃんと生きている、死ぬ可能性も低いと言うことだろう。
もし死にかけなら、保健委員なのだから忠告をしてくれそうだから、という仮定を基にしているのだが。
現在十五時五十六分。一ノ瀬や葉隠と戦ってからまだ五十分を少し過ぎたくらいだ。
「言っておくが、恐らく今日、明日、明後日も…一ヶ月は起きないかも知れないよ。この傷は核は傷ついていないけど、内蔵が幾つかやられてるからね」
あの天然っぽく振る舞っていたのはキャラ作りなのか?と思うほどに喋り方や雰囲気が変わって驚く。本業の事になると性格が変わる、という人がいるけどロードは典型じゃなかろうか?
「でも…でも<ネビロス>の能力でっ!?」
マリアが言おうとしたが、ロードはそれを遮るように
「霧雨信夜の<進化細胞>は元々から活動していない。体を調べた時は僕も驚いた。全て核が起こしていた現象であるといったほうが正しい」
マリアは言葉が出なかった。しかしロードは続ける。
「君の反応を見るに、前から自然治癒能力の予兆はあったんだね。でもそれも全て核がやっていた事だ。<進化細胞>は霧雨信夜を主と認めていない」
先ほどの十分で四年も一緒にいた自分より信夜に詳しくなれるのか。そんな事知らなかった。
「そんな顔をしないでおくれ。調べた僕ですら驚いてるんだ。霧雨君も知らないことだと思う……よ。きっと」
どんな顔をしていたのか、人に心情を悟られるほどに歪めていたのだろうか。
しかし……。
十六時のチャイムがなる。窓の外に見えていた太陽はいつの間にか沈み始めて夕刻の色に変わっていた。
「ゴメンね、四時の五分から会議があるんだ。二時間位で戻るけど……いる?…違うかな、~~ベッドで寝ててもいいよ」
元の状態に戻ったロードはごにょごにょと言って気持ちが悪い。そう思うのは自分だけなので置いておく。
「今日はここに居ます。ありがとうございました」
マリアが言うと、「こちらこそ」と微笑みかけてくれる。
◆
『聞こえるか三班、計画変更だ。十九時に始めろ。一時間速めたが、勝手に行っているのだろう』
艦長からの通信に二人は顔をしかめる。こんな気持ちの良い布団で寝ているのに途中中断は無いだろう。
今は十八時の三十分残り三十分で作業に取り掛からねばならない。
しかし、作業のためには霧雨のベッドの脇で寝ている百木マリアをどかさないといけないのは誰にでもわかることで。
「どうする?」
「どうもこうもやらないといけないんだろう」
小声で作戦会議を始める。一人が考える。
もし保健委員のフリをして霧雨に近づくとすると、マリアに不審がられない事が条件である。
監視していたとはいえ、近頃は戦艦ロンギヌスは多忙のために監視が離れていたし、最低見えていた範囲ではどんな学習をしてこの第一学校に望んだかわからない。
霧雨と百木マリアの関係が進展したのかもまだ未確認であるのに、勉強の内容なんて持っての他だろう。
それに、保健委員の人数や、顔や名前を全て覚えていたとすればこちらが怪しいと警戒されかねない。
戦艦ロンギヌスの司令室はどうせこちらを見ながら談笑しているのであろう。
一人はよく考えるがそれ以上の意見は出てこなくて少し提案してみることにする。どうせ反論されることは目に見えていたから。
「いいんじゃない?」
あっさりと認められた。しかしやはり実行するには凄く勇気がいることは明白で保留にしておこう。
だが、手元の腕時計に目を向けて確認するに今の時刻は十八時五十二分。もう時間がない。一分でも遅れると艦長がうるさいのは周知の通りで。
「もういいか。【換装】」
【換装】とは瞬時に服を入れ替える魔導道具である。換装後には独自に手に入れていた第一高校の制服だ。
高校生とすれば凄く老け顔だが、電気を付けないので顔の皺は見えないと思う。
「作戦開始します」
耳元のマイクに手を当てて艦長に伝える。
百木マリアの姿を確認する。ほんとに寝ているようでうつ伏せのまま背中が上下している。
それに話しかけてもいいのだろうかと言うほど愛らしく感じるのはただ、自分の性癖のせいだ。
「すみませーん」
返事がないのは予想済みだ。肩を揺する。程よく肉付きのいいが、しかし細い肩は柔らかい。ゆすりながらまたも声をかける。
「すみません。起きてください」
すると、ゆっくりと上半身を持ち上げる。そして可愛く大口を開けてあくびをして
「ふにゅ~。何ですか~」
なんて言う。ネオキカワイイ。瞬間的に脳が揺れて白くなる。何も考えられなくなる。すると、隣のもう一人が肘で肋を思い切りつく。予想外の痛みに一瞬怯んだ。
意識を取り戻し一人はマリアに
「保健委員のものです」
「少しいいですか?霧雨さんに少し用があるのでそこをどいてもらっていいですか?」
作業の流れはこうだ。まず外傷を隠すため治癒力が促進されるシップを傷の上に貼る。次に内側の症状を元に戻す作用のあるカプセルを飲ませる。寝ているので水で流し込む。
胃に入ればほんの一時間そこらで動けるまで回復する。でも、核の封印を解くことはできないそうだ。
どんな関係になっているのか、マリアはそんな証拠もない話を信じて動いてくれるのか。
「あ~、判りました~」
マリアが言ってどくとその足で隣のベッドに倒れこんで寝る。
戦艦ロンギヌスの司令室ではガッツポーズをしてそうだが、それはミッション成功のモノではなく可愛いマリアの写真が撮れたからだと思う。
あとで貰おうか。――人まずはマリアをどかすことに成功したから一息ついて、次に移る。
艦長いわく「これ以上に簡単なミッションは無い」だそうだ。
失敗は許されない。と言うか失敗する意味が分から無い。と言うこと。
ゆっくりと上着を上げる。お腹の中心なのでそこまであげることもない。シップを貼ることは難なくクリアして次の作業を始める。
ポケットからカプセルケースを取り出すと二粒手のひらに出す。気道の確保をするように顎を上に上げると、カプセルを口に入れると水を流し込む。
それで自分達三班の仕事がおわる。これで効果が出るまで観察しないといけない。でもずっと監視なんてしたくない。今はベッドで寝たい雰囲気だ、なのに外から物音がするのは七時を少し過ぎているからで。
恐らく、保健委員だと思うが、だから二人は警戒していた。
見知らぬ人間を自分達の聖地に入れたことになるから、こういう職業の人間は自分が招いた人や許可をだした人以外がいると狂って発狂するのが多いのだ。戦艦ロンギヌスにもそんなのは少なくない。「機械が異常な空気で壊れる」なのだそうだ。
しかし、保健室に入らずにその物音は遠くに消えていく。様子見をしにきたのか、唯外で用事があっただけなのか。この際どうでもいいが、一大事は切り抜けたと言うことでいいか。
一息ついて一人が言う
「今から一時間か。よし、寝るぞ」
様子見のための時間が一時間。ぼぅっとしているにはやや長いので、そんな結論に至る。
――この保健室のベッドはずっと寝ていても体がだるくならず、蒸れもせず、凄い高価な物かそれか何かの魔法具とかそんな類だろうか。
どうでもいい予想を立てて自分が寝ていたベッドに歩く。と、言っても先ほど言ったが許可が出て使っている訳ではない。
こんな老けた高校生――『アラフォー高校生』とでも云おうか――をベッドに寝かせたくは無いだろう。起きたら帰ろう、そう決める。
もう一人は頷く。同じ様にベッドに歩きはじめる。そこまで大変では無い。艦長の言っていた通り簡単だったのだが、凄く神経を使ったとのは、思い込みから来るものか?なんて思う。
そして、制服のまま十分もかかっていないだろうがベッドに入る。ほんのりと温かいのは、自分達の体温が冷えて無いからだろう。
しかし、自分達より早くに来ていて、寝ている一人の生徒は生きているのだろうか。そんな心配をして眺める。
――まぁ、どうでもいいか。
横になって布団をかぶる。
『そんなことをするな。すぐに帰って――――』
一瞬の内に睡魔が襲ってきて、艦長達の呼び掛けも聞こえないままに寝てしまった。
◆
現在二十一時。
保健室に校長のメルク・オーフィンスと、保健委員長ロード・キャロルと百木マリアが一つのベッドを囲んでいた。
「体中が怠い。動きづらい」
霧雨信夜が起きていた。上半身だけを起こして三人と話している。服装は制服だが、元々着けていた左目の眼帯は外されていた。生々しい傷が目を裂いている。かろうじて開いてるようだ。本人は目が見えればいいと言っていたが、傷が原因で怖がられたらいけないとマリアが着けていたものだ。
「まさか、起きるなんてね………技術班に頼んで、機械の見直しでもしないとな」
独り言を言うロードの表情は驚愕が見て取れる。そこまで自分の診断に自信を持っていたのだろう。
「ホントに力が使えないのか?」
校長の問いに、霧雨は無言で頷いた。いつもはこんな怠さなど感じなから。言えば筋肉が自分の意志で動かせない、ということ。
「【終焉】(インフィニティ)【紅焔】(フレイム)の感じもしない。<機械>の召喚も無理」
はっきりと今の自分で分かる範囲の状況を説明する。
今は何も出来ない非力な人間に成っている、ということである。もう一つ言えば、腹が減った。
「キャロル君、もう一度検査を頼む。直ぐにな」
「うーん」と校長が唸って言う。そしてロードは急ぎ取り掛かる。
結果は、破壊されていた内蔵の回復。外傷がきえていて、普通の健康な人間だという事に変わっていた。核はやはり活動をしていないが、本の数時間前まで死人同然だったはずなのに。
元から<機械化>の核を体に埋め込んでいるのがおかしな話しだ。高度な技術を持った機械兵ですら素手で核を触れないのだから。どんなに強いと言っても霧雨は訓練を受けていないだろう。
核とは、三十年前の二千百六十年代に開発されたものだ。当時の天才ワグナー・キャロルの作品である。
魔導道具の反重力技術と称される名称未定の機械を作るのが基で、年々縮小化されていき、自動販売器位の大きさから握り拳台までに成っている。
それを中心として<半機械化人間>の象徴である砲台のような機械や、体に張り付いて身体能力を上昇させるロボットスーツ等を動かす超小型CPUを搭載する。脳からの信号をも読み取るそれは現代技術業界ではより良い物を造ろうと争いの的になっている。
しかし、一つの問題は今だに解決をしていない。
それは<半機械化人間>はだれもが頭にチップという核に信号を飛ばす物が埋め込まれている。一定の距離を開けていないと機械にインストールされているプログラムが脳に逆流してくると云うもの。今でもその理由は公開されてはいないが、直で触れば廃人になるのは前例から見えている事だ。
少なくとも脳にチップのような影の見えた霧雨はそんな症状が出てもおかしくないのだが、現れた様子も無い。
考えられるものとすれば、それを乗り越えた技術の開発だろうが、発表された形跡も無いからどういう原理で体に埋め込まれているのか。
「こういうことです」
核が入っている事には触れないで校長に伝える。<機械化>の以上事態はまだ誰にも伝えない方が得策だと自己判断した結果だ。すると、決断をしたように校長が言う。
「君は…希望では<半機械技術科>だったね。でも、今はそこに行く資格が無い」
第一学校では、一学年から専門科に行くことは禁止がされていないものの、特例で無い限り認められない。才能がある者や、もうそれが使いこなせているものが専門科に入るのを拒絶されない。むしろ歓迎される。霧雨もそうだったのだろう。
しかし、実戦もあるので何も出来ない人は絶対に行けない科であることは確かだ。
「君は、<工魔学技術科>か<普通技術科>の二択しか無いのかな。……<進化細胞技術科>もいいが、君は使えていないと言うことだからね。基本から学ぶ事も含めて、校長独断の決定で君は<普通技術科>それのE組に行ってもらう」
普通技術科のクラス分けは適性判断から順位が決められて良い方からA悪い方からEとなる。校長はそれのEに行けと云う。一番悪いと言われるそこに。
「では、私もそこにしてください」
マリアが頼む。しかし
「首席の君がそこに行ってはいけない。……いいんだっけ?……いや、でも…やめたほうがいい」
ロードが微妙に反対した後、校長は少し笑いながら
「そこに行きたいならいけばいい。後悔するだろうが、いいさ」
校長の適当な判断に、どんな反応をすればいいか分からないが、とりあえず「ありがとう」と言っておく。
「明日から学校は始まるのだ。動けるのなら一度家に帰ればいい。朝にクラス分けの紙が昇降口にはってある」
これから学校生活が始まる。どうなるのかは、まだ予想も出来ないが明日になれば判るのだろう。
霧雨はそんなやり取りをただ見ているだけだった。
話についていけないと言うのも一つの理由だが、とにかく核と呼ばれる物の回復を待って生活しようと思う。
どうすればこうなる、なんて答えは誰にも教えてもらっていない。<機械化>のマシンを使えていたのは意識を持った時からそうだったから。
全部独学といってもいい。生活に「疲れる」の言葉は無かった。ロードという保健委員長が云うには、「核が君の生命活動の半分以上を助けていた」と、そんな感じ。
すると、今の自分は何も出来ないし普通の人間よりも非力だということ。霧雨は頭を抱えた。
「信夜君、動ける?帰ろうよ」
マリアがそんな自分を覗き込むように見ていた。心配を懸けたくないと、一次はちゃんと振る舞っておこう。
「そうだね。そうしよう」
出てきた言葉は凄く弱気な自分を現していて。マリアは少し表情を和らげて校長とロードにお礼を言う。
「これからは第一学校の生徒なんだから気軽に会いに……学校見学までは自由行動無しだっけ?……来ていいからね」
不思議なロードにそういわれてマリアは「そうですね」と愛想で笑う。
「言ったように、君達の存在はこちらがしらみ潰しにもみつぶす。君も早く白状した方がいい」
校長が言うと、霧雨が睨みつける。しかし、気付いていない、と云う風に立ち振る舞ってその場を離れる。
鏡が隠されている扉を開ける。
「主が命令する我が社までの道を造れ【門】(ゲート)」
ロードとは違う言葉だ、とマリアが思う。しかしそれ以上は無い。
「そろそろ行こう、信夜君」
積極的なマリアの一言を頷いてベッドから立ち上がる。
そして、長い長い入学式の一日が終わる。
[プロローグ入学編終]