第4話 『砦街と馬車』
「暇だったあの頃、あのベッドが懐かしい……うぐっ…」
ガタガタ、ゴトゴト。常に微振動を繰り返すそれにもう精神的にも身体的にも限界を迎えている。
補整されたとはいえ小石や雨で削れた穴など、それらが馬車の車輪の下に来るたびに、強く突き上げられるような痛みがお尻から頭まで駆け抜ける。
現在、仁は馬車に揺られていた。初の顔合わせ以来一度も関わろうとしなかった伯爵が部屋に不機嫌な顔で訪れたのが15日程前。
流石に動かないのは色々まずいと、渋々日課にした筋トレをしようとした仁の部屋に、突如来て何の説明もないままそのまま馬車に放り込まれた。
いや、馬ではなく体長が2mほどの地竜――蜥蜴と牛の中間みたいな姿――が引いているから竜車と呼ぶべきか。
ともかく、外交の仕事なのかなんなのかは知らないが仁と伯爵御一行は竜車での旅をしていた。
王国の家の作りは全体的に白っぽい家が多いのに比べ、この辺りは黒っぽい石などが多く使われた、そういった色合いの家が多く見られた。
そしてその理由は、ソレを見てなんとなく察する。
山の前、仁達竜車のいる場所から1km程先に、高くそびえ立つ壁。ゆうに50、60mぐらいはありそうな鈍重で堅強な砦だ。要するに城塞都市的なところだろう。
砦の壁までは綺麗に均され、その道を通る者を目当てに店を開き、熱気と活気で溢れかえっていた。客引きらしき声や小僧を叱るような怒声と喧騒が竜車の中に届く。
竜車に備え付けられた小窓から見える光景に息をのむ。堅固な壁の存在感はもちろん、隊列を組んで巡回する兵士や傭兵風の男達。亜人やドワーフなどの多数の武人がいるが、
彼らの纏う雰囲気も圧巻だった。と、長身で丸太のような両腕を持つ男達の一人に、かごをもった小さな女の子がぶつかる。
一悶着あるかと思ったが、ぶつかられた男は女の子を一瞥しただけで特に何をするというものでも無かった。荒くれで乱暴を働きそうなイメージだったからあるいは、と思っていただけに意外と感じた仁。
視線を仁一人しか乗っていないガランとした竜者の中に移したところで、ようやく2週間あまりに及ぶ旅路がついに終りを告げるように竜車が止まった。ついに、目的地に着いたらしい。
「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ""あ"あ"。」
ついに仁が壊れたかと疑うようなうめき声だが、残念ながら壊れてない。仁は現在風呂に入っており旅の汚れを落としている所だった。
もちろん旅路の途中で風呂に入れるはずもなく、湿らした布で体をふくだけであったから久々の風呂に、魂を持って行かれそうな心地よさを感じる。
ただ、注意すべきはこの世界において風呂に入るのは比較的裕福な家庭のみだという点である。
仁が風呂に入れているのはひとえに、何もしていない者であっても身の上が「貴族の預かり」という扱いに差異はないことだろう。
ゆえに仁も風呂にありつけていた。一番最後の利用とはなり、湯は少し冷めてしまったがそれでも尚、その魅力はあまりある風呂に浸かりながら思考する。
ここはソーエンという場所らしい。この街で最も出てきた音列だったことからの推測だ。正しい情報かは知らないが外れていても便宜上としておけば問題もない。
そして、このソーエン遠征には仁の同級生も来ている。というのも召喚者という戦力を手に入れ戦力を発揮すべき対象の下見、つまり敵の下見といった用件。
他のクラスメイト達と違い、一切何の訓練や演習を受けていない仁も一応、召喚者として連れてこられたのが事の顛末だろう。もし戦闘が起こったとして仁が役に立つかどうかは甚だ疑問だが。
そう、疑問といえば疑問。本来であれば不自然だと感じる部分がある。待遇である。確かに仁を除いたメンバーはそれなりの扱いを受けている。
仁ですら毎日三食昼寝付き設備完備待遇なのだから――役に立たない仁は部屋にこもってろ、とあるかも知れないが――彼らはそれより良い待遇を受けていると考えられるし、
実際にそれを示唆する場面もあった。しかし接する態度だろうか、どうも「見下されている」気がしてならない。
仁にそのような態度をとること自体は王国側からすれば当然かもしれないが、それにしては他の召喚者達にも対する、戦うための便利な傀儡もしくは道具に相対しているような、
薄気味悪い違和感が拭えない。
この世界に来て初めて彼らに課されたものが戦闘訓練であったことも考えると、やはりその考えもハズレではないかもしれない。
仁にとって、おそらく他の者も討伐対象は魔物と思っているだろうが、どうやら人間とも戦わされそうな雰囲気。
どういう意図が働こうが魔物や魔王を倒せというにしろ、誰が戦いたいといったのか。
「魔族か人間か………そもそも俺は戦えと言われてませんし。ん、やばいのぼせる。」
かれこれ40分程入っていたせいか、頭がぼーっとしてきた。旅の疲れや頭を休めるためにも、与えられた部屋で早々とベッドへと入る。
「明日も起きれない…な……」
今までの長旅が余程堪えたのか、ものの数分で眠りに落ちる仁だった。




