消失
「神代の血 流れ出でて 我となる・・・・」
神代の血 流れ出でて 我となる
永き眠りに就きし鍵の枝よ
偽りの殻より その身を起こせ
猛き者の眠りを覚まし
その咆哮を我に聞かせよ
黒き海に出でる櫂となり
正しき処へと運べ
全てを言い終わった瞬間、棒に書かれた文字が先端から一円ずつ白く光り出した。出入り口の男達にも見えたらしく、ゆっくりとした足取りが掛け足に変わった。うち一人が何かを叫んでいる。
「撃て」
クリスにははっきりと聞こえた。残りの二人が懐に手を差しこんだのが見えた。クリスは持っていた棒を左に持ち替え、右手を前に突き出しながら右に滑らせる。男達とクリスとの距離が百メートルになろうとして時、彼らとの間に半径十mほどの陣が横に二枚並んで現れた。男達は気にせずその陣に突っ込むが、陣が壁のように彼らの行く手を阻む。一人が出していた銃をその陣に向けて発砲したが、その男は腹から血を流して倒れた。
(反射効果を組み込んだのは初めてだったんだが、上手くいったようだな)
もう一人の男が陣の端へ移動し始めた。カルロスらしき男も陣の前まで追いつき、移動した男の後に続く。
クリスの近くで木の割れる音がした。左手を見ると、木が二つに割れ、翼の生えたトラ姿が半分見えた。もう半分にも深いヒビが入っている。剥がれるのは時間の問題だろう。
(よし、第一関門は突破した。)
拳銃を発砲する音がした。二人の男が陣の端に付き、壁から脱出して威嚇射撃をしたらし。銃弾を受けた男も立ちあがり、そちらへ向かっている。カルロスは発砲した男の後ろに控えているのが見える。
三人目の男が合流した。クリスは再度右手を突き出し小さく呟いた。
「灰になれ。」
二人が同時に引き金を引こうとした時、上着全体に見たことのなに文字が浮かび上がっているのが構えた腕から見えた。次の瞬間、二人の上着が一斉に燃え上がった。
(人体を対象にする方が簡単なんだけどね。)
クリスは再び右手を前に翳すと先ほどと同じ程度の大きさの陣を作った。上着を脱ぎ捨てた二人の男は、壁だと思ったらしく横にずれてこちらへ向かってくる。するとクリスは翳したままだった手を動かし、陣を男達にぶつける。二人の男はそのまま壁に押され、敷地を囲う壁に叩きつけられた。
二人の男が動かなくなったことを、感覚を集中して確認したクリスは再度左手を見た。そこには、あの手紙に書かれていたのと全く同じ、百年近く紛失していた王笏が握られていた。
カルロスがゆっくりと下がり始めた。
(お前には付き合ってももらいたいことがあるんだ。こっちへ来てもらうぞ。)
クリスはカルロスの正面を向き、今度は掌を下にして地面に陣を映した。陣の中の地面が盛り上がり始める。カルロスはクリスに背を向けて出入り口に向かって走り出した。盛り上がった土は急速に高くなり、壁程になると先端が手の形に変形し、カルロスに向かって腕のように伸びた。すぐにカルロスに追いつくと、彼を握りしめ、クリスの元へ戻ってくる。
「握り過ぎて潰れてないよな? それじゃあ本末転倒だぞ。」
クリスは誰に言うでもなく呟いた。
元の位置に戻り腕が土に還ると、そこには気を失ったカルロスだけが取り残された。
「こいつの余裕以外の表情を一度は見たかったんだがな。変に暴れられて手間が掛かるよりましだし、結果オーライってことで。」
カルロスに近づきつつ王笏を右に持ち替える。足を止め王笏全体を眺めた後強く握りしめ、今度はトラの上に手を置いて地面を突いた。
(さあ、時間だ。)
手紙の裏に書いてあった言葉をクリスは口にした。
静寂の寝床
酷烈なる底辺
不全たる地上
神代の星霜
我らが絶望の証
全てを包む虚無の海よ
始まりたる我がもとへ来
我がものとなれ
受け継がれし権利
我を以て執行する
クリスを中心にして地面に彼女も見たことがない陣が展開する。上を見上げると全く同じ陣が現れている。
『真ん中の四つの文字以外全部見たことある文字だな。』
地面が揺れるのを感じ足元を見ると、そこはまるで水面のように波打っていた。それに加えて中心から円周に向かって黒く染まり始めている。頭上の陣も同様だった。違うところは、陣全体が既に黒く染まり、中心がコップから移し入れられるように下に向かって落ちて来ていることだった。地面が完全に黒くなり、クリスの足を捕らえる。頭上の黒は一気に落下速度を上げた。クリスは目を強く瞑って俯き衝撃に備えた。
二人の上に落ちた黒は陣の外に溢れることなく陣と陣の間に満ち、黒い円柱を作り出した。しばらくすると黒は上に上り、全てが元に戻るとそこには何も残されていなかった。




