寝坊
「・・・固定すると反動があるんじゃないのか?」
「だからあまり長居はできない、簡単に済ませよう。前回の別れ際に言った『私の下に来れば全て教えてやる』という趣旨の発言だが、あれは訂正する。正しくは、『全てを知らなければ私の下には辿りつけない。』だ。」
「・・・もう訂正の域を越えてるぞ。」
「いやさあ、知り合いに、しかも見るからに温厚で実際温厚な奴に、『一発殴られろ』とか言われて、他の奴もそれに同意するんだもん。そこまで言われたら、言い直すほかないじゃん?」
「『じゃん?』って言われても・・・。」
「まあ、それだけだからさ。ま」
「私はあの時、誰を起こしたんだ?」
「・・・。」
「発言の訂正云々は正直どうでもいい、順番が変わるだけだ。それよりも、お前の都合で呼びだしたんだ、私の質問にも答えてもらいたいね。」
〈声〉は、問答無用でクリスを帰すことも出来ただろう。しかし、そうすることはしなかった。
「ここに来る前に言った詠唱と、ソフィアを起こした詠唱の前半は全く同じだった。私は、何の神代なんだ?」
「確かに、お前は虚無の神を起こした。だが、お前はその神代ではない。奴は神々の中で唯一神代を持たない神だからな。」
「ならなぜ起こすことが出来たんだ。」
「お前はいわば万能の神代なんだ。やろうと思えは知識の神だって神代なしで起こすことは出来た。ただし、神代なしでは不安定ですぐにまた眠ってしまうけどね。虚無の神は違う。あれは特殊な存在だ。」
「なら、私は何の神代なんだ。」
「・・・私の神代さ。とおっても強くて万能な私のね。聞きたいことはそれだけかな? 」
「・・・ああ。」
「実はこの状態楽じゃないんだ、お互いに。起きたとき寝た気がしないというか逆に体を重く感じるかもしれないから、先に謝っておくね。ごめんよ。」
前もここを出る時に感じた、抗い難い眠気がクリスを襲う。
「しかた・・・ないさ・・・。こっちも・・・質問・・・した。」
「しっかりとした答えをあげられてはいないけどね。次に会うのはいつだろうな。直ぐな気もするし、当分後な気もする。まあ、それまでがんばれ。」
瞼が完全に降りた直後、クリスはベッドの上で目を開けた。
天井にある窓からの風景が、まだ夜であることを告げている。
〈声〉が言っていたように、体が少し重い。
クリスは寝返りを打って目を閉じ、再び眠りに就いた。
朝、クリスは部屋の戸を叩く音と続けて聞こえた声で目を覚ました。
「起きてるかあ。」
目を数回瞬かせ、ゆっくりと上体を起こしながら返事をする。
「・・・今起きた。」
「準備が出来たら出てこい。顔ぐらい洗いに行くぞ。」
「・・・了解。」
ゆっくりとした動作でベッドから下り、床に足を着く。『向こう』から帰ってきた時に感じただるさはほぼ消えていた。
鏡がないのでしっかりとは出来ないが、手で大まかに神を整えた後、クリスは部屋を出た。扉を開けると、右手の壁にレオが立っていた。
「おはよう。今何時?」
「疲れてたんだろう、九時を過ぎたところだ。」
「・・・夢を見たんだ。きりのいいところで醒めたのはよかったけど夜中で。寝た気がしなくて二度寝した。」
「向かいと部屋の奥から外に出られる。井戸まで連れてってやる。」
そう言って向かいの部屋の戸を開けて中へ入っていくレオに従って進むと、奥にもう一枚扉があった。そこを開けて出ると、目の前に井戸が現れた。
「この戸は外には取っ手が付いてなくて、中からしか開けられないんだ。俺が押さえておくから、お前は顔を簡単に洗え。」
汲んだ水で顔を洗うと、レオがタオルを投げて寄越した。
「ここにタオルなんてものが有ったんだ。」
「広間から通路に進んで最初に現れる部屋に置かれていた物だ。神が眠りに就く前は、大人数でないものの人の行き来があった。街の天蓋とここを頻繁に行き来していた神代が泊まってくこともあったから、必要最低限の物はあるんじゃないか?」
湿ったタオルをレオに渡し、クリスは他の人達について尋ねた。
「ニコとかソフィアはあの空間に居るの?」
「ああ。でも、客が来てるから今は行かない方がいいぞ。」
「客? 」
「この森が有る地域を治めてる地域長が来てる。昨日の夜のうちに今日の朝来るよう伝えておいたらしい。」
「そんな場になんでニコが?」
「神は天蓋への人の出入りを許可しているが、自分と直接会うことは認めていない。姿は見えず声だけ聞こえる。そしてその状況と謁見に来た人間との間に立つのが神代だ。彼らの最も重要な役割だと言えるだろう。」
「どこのどういう人間かも分からない奴の存在なんて、地域長のようなお偉いさんにしてみたら、いてもいなくても一緒なような気がするけど?」
「神は人に話しかけるがその逆は駄目。人は神代に向かって話しかけ、神は神代による言葉のみを聞く。だから謁見しに来た人間が諂う相手は神ではなく神代になる。自分の発言を感じよく神に伝えてもらうためにみんなそうする。」
「腐敗するのは目に見えてる関係性だな。」
「いや、そうでもない。神は自由に神代を変えられるし、お役御免になった神代は神術なんかの恩恵を全て没収された挙句残り一年しか生きられない。」
神術が使えなくなるのはいいにしても余命一年という部分に、クリスは驚きを露にする。
「恐ろしいな・・・。」
「よっぽどのことがないと変えないがな。例えば、世界が一度滅びる前は声さえ神代にしか聞こえなかったらしいから、それを利用して戦争を指揮したり、とかな。」
そこに、レオが開けている扉の奥から片手にタオルを持った男が一人出て来た。
「よお、おっさん。お前も今起きたのか?」
「・・・ああ、睡眠薬か何かを大量に飲まされたらしくてな。」
縒れた服を着た五〇代後半の男の正体は、ニコの義理の父親、ブルーノ・サンジェルマンである。
「おはようございます。」
「・・・ああ。」
眉間に皺を寄せ見るからに不機嫌で愛想のないブルーノだったが、井戸の水を汲みながら小声で二人に口を聞いた。
「世話になったようだな。・・・一応礼を言っておく。」
「そこは『一応』じゃなくてしっかり礼をしろよ。だが口にしただけマシだから、許してやるよ。」
顔を洗い終わり、さっさと中に入っていこうとするブルーノに向かって、クリスが話しかけた。
「睡眠薬以外でイヴァーノになにかされませんでしたか。」
「・・・手首を縄で縛られたがそれ以外は何もされていない。・・・跡が残ってるが時機に消える。」
ブルーノが消えていった部屋を眺めながらレオが口を開いた。
「あれは嘘だな。前屈みでお腹のあたりに手を当ててるあたりを見ると、何発か殴られてるだろうな。」
「・・・なんのために。」
「貯蔵石を渡された相手を吐かせるためだろう。初めに聞かれた時に冗談ではぐらかしたかなんかして、実力行使されたんじゃないかと俺はみた。」
「・・・後で見てあげたら?」
「頼んできたらな。」
(それは見ないのと同義では・・・。)
その時、お腹が鳴る音がした。
クリスは無言で井戸に近づくと水を汲み上げはじめる。
「ここの水、飲めるよね?」
「たぶんな。・・・森を出るまでに少し時間は掛かるが、転移して街でパンでも買ってきてやろうか?」
「いい、ここにそんなに長居するつもりないから水で我慢しとく。」
「無理はするなよ。昨日の夜も何も食べてねえんだから。」
「人は水だけで一週間生きられるんだから大丈夫だよ。」
朝食ならぬ水分補給を終えたクリス達は中に戻り、広間を覗いてみることにした。




