突入
クリスの声に応じて、木箱に書かれた文字が左上から淡い光を放つ。全てを言い終えた瞬間、全ての文字が一瞬強く光ったかと思うと、その光が消えるのと同時に文字が消えた。代わりに木箱全体に大きな亀裂が入り、その本数は見る見るうちに多くなる。手の上に残った物を木屑を全て取り払うと、なんの装飾も施されていない金の腕輪が現れた。
「ニコ。」
「は、はい!」
先のクリスの声と木箱から現れた腕輪に気を取られていたニコは、レオの呼びかけに必要以上に大声で返事をした。慌てて見たレオの表情がこれまでになく真剣で、ニコは自然に姿勢を正した。
「神代というのは、神が発する力に耐えられる生まれつき体が強い、ただの人間だ。覚醒したとしても周りと同じように歳を取り、死ねる。その代わりに、首を切られようとも足と胴体が切り離されようとも、くっ付ければ元に戻る肉体になる。」
「え、それは初耳。」
「・・・大の大人が焼死しかけるような火を発生させておいて、そのど真ん中にいた当人は無傷で助かるなんて普通ありえねえよ。お前は生まれつきだから、周りよりも少し体が強いという認識しかなかったんだろうがな。」
レオは、クリスの横やりでそれまでの気持ちがそがれたのか、少し体の力を抜いてニコに続きを話した。
「自分がそういう不死の体になる覚悟ができたなら、クリスにその腕輪をどちらかの手首にはめてもらえ。それで全ての準備が整う。」
「・・・はい。」
次にレオは、木箱から出てきた腕輪を早々に鞄の中に仕舞ってしまったクリスに顔を向けた。
「神を目覚めさせる方法はお前がニコに教えてやれ。」
「レオはどうするの。」
「他の人間が中に入らないように俺はここに残る。中には二人で行け。中央へは街中にある天蓋と同じ、一本道だ。」
「『ここに残る』って言ったな。数時間前の『散策』みたいなことするなよ。私の言ってる意味分かるか?」
「・・・分かったよ。勝手に森を抜けて、こっちに向かってくる馬車を強襲してイヴァーノを懲らしめたり、木箱を欲の為に売ろうとしたブルーノに説教したりしねえよ。」
レオの冗談のような半分本気の返事を聞いて、クリスは一つ大きくため息を突くと、
「じゃあ後ろは頼んだ。・・・ニコ、行こう。どちらにしても、本物の天蓋内部ってやつを拝見してみよう。」
「は、はい。では、行ってきます。」
「おう。言った俺がいうのも何だが、あんまり深く考えすぎるなよ。首を切られるとか、そう起こらねえから。遭っても、馬車に撥ねられるくらいだ。」
「はい、教えて下さってありがとうございました。」
ニコの返事を聞いて、レオは自分が馬鹿なこと言った気がした。
五人もの見知らぬ人間が昏睡状態にあり、自分が本当の神代になれば彼らを元に戻すことができると分かった時点で、もしくは父と呼ぶ存在の命が脅かされていると分かった時点で、彼女は自分がすることをもう決めていたのではないか。
何の明かりもない廊下を進む二人の背中が見えなくなる直前、レオはクリスの名を呼んだ。
「分かりやすいものにつられるな! 神は人の言葉を使わない!」
「・・・分かった!」
完全に姿の見えなくなった廊下の奥を少しの間見つめて、レオは振り返ることなく呟いた。
「耳がいい所為で、あの方は音に頼るところがある。そういう意味でいえばお前らは優秀だよ。自分が鳴らすあらゆる音を消去して気付かれないようにしたのはな。もうひとつ褒めてやると、すぐに襲ってくるのではなく、俺が一人ここに残った時に姿を現したことだ。俺は特殊な存在で、天蓋の中でどんなに暴れても天罰は執行されない。暴れたら即消滅のお前らからすればここでやった方が安全だ。」
レオはゆっくりと振り返り、『散策』の時に遭遇した者たちよりも見るからに手強そうな黒服の男四人に向けて薄い笑みを浮かべた。
「その代わり、俺も中では出来ない暴れ方をするから覚悟しろよ。」
中に入った二人は、レオの言っていた通り、街にある天蓋と全く同じ、分かれ道一つない廊下をまっすぐ進んだ。全く光のないそこでは、入口から奥へ進んですぐに前も後ろも分からなくなる。クリスは自分の右手の平を上に向け、陣を展開する。すると、一センチほどの大きさの光源が現れ、二人を照らした。左右前後と足元を気にしなくてよくなった二人の歩く速度は自然に早くなった。
八〇メートルほど進むと、廊下の先に火の光ではない、淡い光が見えた。先を急いで、着いた先に、二人が目指していた中央が有った。
漏れていた光の正体は、天井全体から差し込む日の光だった。
広さは街の物と殆ど変わらない。床一面に陣が描かれ、壁は曲線ではなく二四角形をしているが、文字が書かれているところは同じ。クリスが見たところ、書かれている内容も同じようである。入って右側の壁に石造りの椅子があり、その両脇に二メートルほどの石板が置かれている。




