腕輪
「売れるはずだった、買ってくれるはずだった物はダメだったが、代わりにもっと高値で売れそうな物が手に入った。俺との価格交渉の時、『アレの代わりが手に入っただけよしとするか。』って言ってたしな。実際高く売れただろうさ、俺に払った金額の倍以上は得られてもおかしくなかったはずだ。だがそれが裏目に出た。木箱以外天蓋と接点のない、ただ金銭欲の強い男だったはずのブルーノが、大陸の殆どの天蓋を訪れたことがある自分でも見たこと、聞いたことがない大きさの貯蔵石を持ってきた。」
「金の為に神の森の天蓋に行ったのではないか、って思ったかもしれないね。もしくは、自分と同じように彼らに接触してきた者から受け取った物じゃないか、とか。」
「・・・そこまでは分からんが、あの貯蔵石が何かしらイヴァーノに影響を与え、今回の行動を起こさせたんじゃないかと俺は思う。」
「つまり、ニコが襲われブルーノさんの命が危なくなった原因は私達にあったわけだ。」
「・・・間接的にでもな。」
レオが続きの言葉を口にしようとした瞬間、ニコが遮った。
「今回の原因はもしかしたらその貯蔵石かもしれませんが、木箱のことが分かっていた以上、いずれこうなっていたでしょう。イヴァーノが実験するのが遅くなったか早くなったかの違いでしかありません。それに、二人がいらっしゃらなかったら、私はイヴァーノに連れてこられたこの森以外の外を知らずに死んでいたでしょうし、父に至っては、無残に殺されていたでしょう。だから・・・、ありがとうございます。」
ニコにそう言われては、レオももう何も言えなくなるというものである。
森の中を進んで既に二十分は経っている。その間に二回分かれ道に遭遇したが、その度レオは迷いなく道を選び、二人はそれに付いて進んだ。景色の変わらない、鬱蒼とした森の雰囲気と、二人の間に流れる微妙な空気を払拭するように、クリスは軽口を叩く。
「天蓋からこっち、話を聞くばっかりで頭がパンクしそうだな。」
「・・・お前の仕事はこっからなんだ。もう別に共有しておかなきゃならないことは特にないから、森でも見てリラックスしとけ。」
レオに言われたからではないが、クリスは暇つぶしも兼ねて耳を澄ますと、風で擦れる木々の葉の音以外何も聞こえない。集中して他の音を探すが変わらない。この森に動物はいないのだろうか。そのことをニコに聞いてみると、
「森によって様々だと聞いています。でも、総じて肉食動物が居るというのは、私も聞いたことがありませんね。」
「居ても鳥類、しかも元からここに居る者たちでも、住み着いている奴でもない。この森に広がろうという意思はないから、果実がなる木は少ないし、目的地に行くまでの休憩場所くらいの意味しか動物たちにはない。・・・お前、頭がパンクしそうとか言っておきながら質問してくるとか、知識中毒だろ。」
そうこうしているうちに、一〇〇メートルほど先で両脇の森が切れているのが見えた。
そこは円形にくりぬかれた空間が広がり、中央には木よりも低い円柱の建物が建っている。街の天蓋はここにあるものを模した物だというから、四角い物だと思っていたクリスとしては、円柱の天蓋は驚きだった。
「一番初めに造られた模造の天蓋は四角だった。それをさらに模して大陸中の街中にある天蓋は造られているから、皆同じ外観と構造をしている。しかし、神の森の天蓋は違う。ここのは円柱型だが、別の場所のは円錐だったり角円柱だったり様々だ。」
「これが本当の天蓋・・・。」
この世界出身ではないクリスとしては、ただの円柱の建物に過ぎないが、ニコにしてみれば、誰もが知っているがその神聖性を畏れるあまりイヴァーノの様な者以外は生きているうちに一度見るか見ないかの物を目にしたのだから、彼女が感動するのも当然といえば当然でである。それが普通ともいう。
三人はそのまま天蓋の傍まで進んだが、入口らしきものは見当たらない。二〇〇メートルほどある円周を回って探さなければならないのかと思われたが、半周ほど回ったところに思ったよりも幅の広い入口を発見した。すぐに中に入るのかと思いきや、前を歩いていたレオが突然後ろを振り返った。
「ニコ、木箱を出してくれるか。」
ニコが言われた通りに鞄から木箱を取り出してレオに渡そうとすると、彼はクリスにそれを渡すように言った。木箱がクリスの手の上に乗るのを確認して、レオはクリスに言った。
「今度は口に出していいぞ。」
その言葉にクリスは木箱をひっくり返し、それをしっかりと握りながらゆっくりと口を開いた。
求める限り無限
持つ者によって価値を変えるもの
選ばれし代弁者
彷徨う者の道しるべとなれ
執行者の名の下に
鍵の解放を許す
ニコはその光景をただ茫然と見つめていた。彼女にはクリスが何を言っているのか理解することができなかった。彼女の口から発せられる言葉は自らの世界にある言語ではない。
低音でも高音でもなく、ただ人間が発するどの言葉よりも体に響く声だった。




