神域
疑問を浮かべるニコを置いて、レオはニコと同じく頭をひねっているらしいクリスに話しかけた。
「近づいてくる音とか、聞こえるか?」
「ん? ・・・大丈夫、こっちに向かってくる馬車の音はしない。」
「そうか、これでだいぶ余裕ができた。」
「それにしても、反則技だね、転移術って。馬車で二時間かかる距離を数秒で移動できるんだから。どうせなら、森の中に転移すればよかったのに。」
レオは呆れを露にしてため息を吐き、クリスに反論した。
「あのな・・・。あんな術、何回も出来る訳ないだろ。・・・目的地までの距離にもよるが、一日に二回出来れば上等だ。それに、神の森は外からの術の干渉を受け付けない。中に転移位置を指定しても、向こうからの拒絶反応で予測不能の場所に飛ばされるのが落ちだ。」
「へえ~。」
気の抜けた反応をしながらクリスは先の経験を頭に刻み、自分の立っている周辺を観察した。
三人が立っているのは、森の中へと続く二メートルほどしか幅のない道の上だった。両脇には草原が広がり、目視できる建物は存在しない。
後ろを振り返って、向こうを見つめていたクリスにニコが言った。
「神の森を中心とした半径一キロ圏内に人工物を造ることは禁じられているのです。」
「・・・誰に?」
「それ以上は歩きながらにしょう。執拗に急ぐ必要はなくなったが、もたもたもしていられないからない。」
先を歩き出したレオに付いて、二人は森に足を踏み入れた。
「神の森は別名神域と言われています。人がそこに手を加えることは禁忌で、それを絶対のものにするために先程言った決まりを作ったのです。」
「それを決めたのは、カフ-ダレット会議っていう大陸にある二十の地域が一年に四回行う会議だ。第一回目の会議で一番最初に決議された記念すべき規則、だったかな。」
両脇の景色が草原から鬱蒼とした原始林に変わる。そこをやけに綺麗に整備された道が伸びている。これだけ木が生い茂るっているのに、なぜ道に張り出してこないのか不思議なほどだった。
森の中に入って五分ほど経った頃、初めての分かれ道に遭遇した。天蓋で見た地図には、街の道は詳しく描かれていたが、森の内部についてはなにも描かれていなかった。それなのに、自分達を先導するレオは迷いなく右の道を進む。クリスと並んで歩くニコも少なからず驚いたようで、二人は少し遅れて彼の後に続いた。レオ自身、二人の疑問を感じ取っていたが、それに答えることはしなかった。
逆に彼はニコに質問した。
「ニコ、その木箱は元々住んでいた家から持ってきたものなのか?」
「いえ、これは今の家にずっとあるものだと聞いています。叔母さんが家を出ていく時に渡されました。本当は、長子だった死んだ父が受け継ぐはずだった物を、代わりに管理していたそうです。」
「ブルーノも木箱のことは知ってるよな? なら、その関係でなにか知ってることはないか?」
「・・・実は一度、父が木箱を持って出掛けたことがあるんです。それが分かった時は慌りました。でも、帰ってきた父の手には木箱があって、お金にしなかったことに少し驚いたのを覚えています。今思えば、それからだったと思います。それまでは、ただ土地を持っていることで手に入るお金でたまに街にくりだすくらいだったのが、急に質屋のようなことを始めて、珍しい物が手に入ったら『得意先』によく行くようになったのは。」
「なるなどな・・・。」
一人で納得した様子のレオに、クリスから不満が漏れる。
「自分一人で納得しないで、私達にも分かるように説明して欲しいねえ。」
「・・・ずっと、チャックからも何も聞き出せなかったことが気になってたんだ。なんで今行動を起こしたのかって。イヴァーノとブルーノが出会った経緯はクリスから聞いていたが、そこにどう木箱が絡んでるいのかいまいち分からなくてな。でも、なんとなく分かった。これは俺の推測なんだが・・・。出会った当初に、ブルーノはイヴァーノが天蓋関係の物を集めていることを知った。あの町には天蓋は無いが、街を頻繁に訪れていた彼なら、木箱の裏に書かれている文字が天蓋内部に書かれている文字と一緒であることに気がついてもおかしくない。それに目を付けた彼は、木箱をイヴァーノに売りに行った。高値で買ってくれるだろうという予想は外れ、買ってさえくれなかった。その代わりに、イヴァーノはそれ以降ブルーノが持ってくる物を高く買い取って、ブルーノとの関係を維持した。そんな時、ブルーノが貯蔵石を持って屋敷に訪れた。」
「レオが売った、あの五センチぐらいある赤い玉のことか。」
「五センチ⁉ そんなに大きな貯蔵石をお持ちだったのですか⁉」
ニコのリアクションにクリスが驚く。
「そ、そんなに驚くこと、なの?」
「貯蔵石は、神の森の中で初めて発見された鉱物で、外で見つかったことはありません。今まで見つかった物は最大でも二センチほどあるかないかだったはずです。しかも、『玉』と仰いましたね⁉ 今までで見つかった物は全て角張った物ばかりで、加工して球状にしようとしても、削った瞬間に赤は黒に変わり、何の変哲もない石になってしまうのです。五センチの球体なんて、発見された時点で歴史に刻まれる大発見です! 」
興奮を露にしてクリスに説明するニコと、彼女に気圧されながらその説明を聞くクリスに、
「いくら金が必要だからって、あれを売るのは流石に軽率過ぎたと今になって反省してるよ。」
と呟いたあと、レオは自らの推測の続きを話した。




