旅人
「あいつは、人が他人に向ける悪意や黒い感情に敏感でな。・・・長い間外と接してなかったのは知ってるか?」
「同じ場所に長い間居た、ということは聞いています。」
「・・・彼女は生まれた時から不思議な力を持っていた。その力に理解の無いやつらしか周りに居なくてな。唯一の理解者だった母親が亡くなってから、今までの十年間軟禁生活を強いられていた。小さい頃に嫌というほど悪意や恐怖心なんかに晒されていたからか、そういった感情を感じやすくなった。それでも変わらずにいられるのは、軟禁中に彼女の世話をしてくれていた人によるところが大きいだろうな。」
「・・・よくご存じなんですね。」
レオはニコに苦笑した顔を向けながら答えた。
「実は、触れているものの記憶を読むのが得意でな。クリスと初めて会った時にした握手で彼女の記憶は殆ど覗いたんだ。知られたら冗談抜きで殺されるから、今話したことは内緒にしておいてくれ。」
正確には、王笏の形に変化していた時に、自身を握ったクリスから読み取ったのだが。
ニコはレオに同じく苦笑いを向けてそれに了承した。
「それで、お前は何に憤ってるんだ? 勝手にことを進めた俺たちにか? 」
「いえ、確かに今まで何も教えてくれなかったことは悔しく思いますが、一番悔しいのは、彼らに簡単についてきてしまった自分自身にです。父は得意先や街に出て一日二日帰ってこないことなどざらでしたし、その間に一度として今回の様な使いを遣したことはありませんでした。それなのに、安易に信じてしまったことが悔しいのです。」
「夕方に出て行ったは初めてだったんだろ?」
レオの言葉にニコが頷く。
「それに加えて家の火事だ。平常じゃなかったあの場面で、父親が心配してるって言われたら、信じてもおかしくなかったと思うぜ。俺も、お前をあの屋敷に迎えに行って、あっさり外出を許された場面ではこりゃ勘違いだったかと一瞬思ったからな。まあ、そんな思いは直ぐに消えたがな。・・・屋敷の敷地を出たあたりからずっと誰かに見られている気がしてな。ここに二人を連れて来たあと、散策を兼ねて見て回ったら案の定狙ってる奴を見つけて、そいつらをしめて来たんだ。そいつらから父親のことやチャックやその上が考えてることを聞きだしてきた。」
「そうだったんですか・・・。」
「分かれる直前に、クルスに忠告されなかったらボコボコにしてやったんだがな。」
「やっぱり、クリスさんも気づいてらっしゃったんですね。聞きながら、あの時の言葉はそうなんじゃないかと思っていました。」
「俺も、あいつが気づいていると思わなくてな・・・。言われた瞬間は何を言ってるのか分からなかった。いや、あれには驚いた。」
「何が驚いたって?」
片手に水の入ったコップを持って入ってきたクリスに、レオは平然と答える。
「お前の洞察力には感服したって話だ。な。」
レオの求めに応じるように、
「はい。」
と言ったニコも含めた二人に、クリスはジト目を向ける。しかし部屋の雰囲気が出て行った時よりも良くなっていることに気づいて、レオにコップを渡すとクリスは大人しく席に着いた。
レオが水を飲み終わるのを見計らって、クリスは彼らに何処まで話したのか尋ねた。
「尾行してた奴らを懲らしめてやったとこまで話したから、経緯は全部話したかな。」
「じゃあ、後はレオの聞き出した話だな。」
「・・・ニコ、大陸に伝わる旅人の話を知っているか。」
「旅人・・・。『黄泉帰り』のお話のことでしょうか?」
「そうだ。」
それは、一人の男のお話。
あるところに、結婚して十年以上経つ夫婦が居た。二人には子供がなかなか出来ず、殆ど諦めていた。そんなある日、妻が身籠ったことが分かり、二人は大層喜んだ。しかし、生まれた子供はとても小さく、すぐに亡くなってしまった。二人を襲った悲しみは計り知れず、三日三晩泣き続けた。四日目の朝、二人は近くの森の中に建つ天蓋に子の亡骸を持って訪れた。神は子供の復活を望む夫婦にある条件を出し、二人はそれを了承した。
子供は見事復活したが、そこに夫婦の姿はなかった。子供は天蓋の中で成長し、自らを生き返らせた神のことを母と慕い、神も自身が持つ知識・力をその者に惜しげなく授けた。時が過ぎ、子供が青年に成長すると、神は彼を天蓋から放し、神の目となり耳となって外の世界を回れと言った。
彼は大陸のあちこちに足を運んだ。そして訪れた土地で、神から授かった知識と力を使って人々を助けた。人々は再び自らの地に彼が訪れるのを望み、彼が自らの家だと語る天蓋を模した建物が大陸の各地に築かれた。




