開示
ジェフが持ってきてくれた水をゆっくりと飲みながらクリスは像の足元に座っていた。ニコは壁際の椅子に座って、見るからに沈んでいた。チャックの行動が独断なのか上からの指示なのかにもよるが、手を上げはしなかったものの彼らが自分をこの街に呼んだ理由を疑って、父親のことを心配しているのかもしれない。最悪死んでいるかもしれないというのがクリスの考えだった。ニコを今まで屋敷に呼ばなかったのは父親の存在が邪魔だったのか必要だったのか、どちらにしろ、その存在が居なくなったことで、次の段階に何かが移行したのだとクリスは思っている。
そこに、あらたな訪問者が天蓋に現れた。
「よお、見学は無事済んだか?」
至って普通の、どちらかというと気の抜けた口調で、レオは離れて座る二人に話しかけた。クリスは床から腰を上げ片手を上げて返事をし、ニコは彼に会釈しただけで椅子からは立ち上がるまではしなかった。
自分に向かって歩いてくるレオの全身を眺めたあと、目の前に立った彼に向かって、
「うん、無茶はしなかったようだ。」
その言葉にレオは人知れず冷や汗を流した。
(誰も手に掛けなくてよかった・・・! 今後本当に殺すことがあったら、誤魔化せる気がしないなこれは。)
「どうした、変な顔して。歩き疲れたのか?」
「いや、なんでもない。そんなにすぐに疲れるような軟な体はしてない。ところで彼女、どうした?」
ニコの方を向いたレオに、クリスはここで起きたことを大まかに話した。その間レオは腰に手を当てて下を向いて聞いていた。
全てを話し終えたあと、今度はクリスがレオに問いかけた。
「そっちはどうだった?」
その質問に大きくため息をついてレオは答えた。
「まったく歯ごたえのない奴らだったよ。見つけた馬車から動きやすい場所に移動するのに術を使ったが、ちょっとくらい警戒して自分達のいる空間くらい固定しとけってんだよ。・・・拘束した奴のうちの一人から話を聞くことができた。まず何から聞きたい。」
「いや、その話はニコも交えてしよう。これ以上彼女を蚊帳の外にしておくわけにはいかない。」
「・・・そうだな。忠告をしてはきたが、あいつらももう引き返せないところまで来てしまっている。かたをつけるにしても、彼女の協力は必須だ。」
二人はそのままニコに近づき、彼女も下げていた頭を上げて二人に向き合った。すぐに話しに入りたいのは山々だったが、手短に話せることではないので、全員が腰を落ちつけられる場所はないかと近くの椅子に座っていたジェフに尋ねた。するとジェフは三人を奥の廊下を進んだ先にあるいくつかの小部屋の一つに案内した。中はベットが一つ置いてあるだけで、それ以外は何もない所だった。ジェフ曰く、どこの天蓋にもこういった部屋があり、家を失った者や帰れない者、帰りたくない者に一時的ではあるが寝床を提供する避難所的な役割を担っているのだという。
一番奥の突き当たりに衛臣の部屋があり、そこから二つ椅子を持ってきてもらって、ベッドにニコ、椅子に残りの二人が座って三角形の形をつくった。
始めに口を開いたのはレオだった。
「一番の心配事だろうから、まず言っておく。ニコの父親は無事だ。だが、この街には居ないから直ぐに会うことはできない。」
ニコはゆっくりと息を吐き、ちいさく良かったと呟いた。しかし、クリスはその報告に疑問を呈した。
「その情報の信憑性は? 我が身可愛さでその場しのぎを言った可能性は?」
「それは大丈夫だ、俺が保障する。ニコの父親ブルーノは、イヴァーノ・コルチャフと一緒にいる。どちらかというと連れて行かれたに等しいがな。」
レオの言葉にそれなりに納得したのか、クリスも安心したように背もたれにもたれかかった。そこでふと疑問に思ったことをニコが口にした。
「でもどうして、父の安否をレオさんが調べてくださったんですか?」
彼女の疑問に、レオはクリスに目線を向けて暗に『お前が言え』と諭した。
「そのことについて話すには、昨日のニコの家の火事から話さないといけないかな。・・・あの火事はニコの火の不始末が原因じゃない。今日の朝方レオと調べて分かったんだ、あれは放火によるもの、しかも通り魔的な犯行じゃなく明確な意思を持って行われたことだって」
「でも、病院にお見舞いに来てくれた時は火始末が原因だと・・・」
それにはレオが答えた。
「あの場にはチャックが居たからな。本当のことを言うわけにはいかなかんだろ。初めて奴と火事の現場で会った時から、クリスはチャックに不信を抱いていたようだったからな。」
「・・・彼を疑ったのは印象が良くなかったっていうのが正直なところなんだけど、火事の現場に訪れた時、乗ってきたらしき馬車の傍に立っていた男の顔を何処かで見た気がしたんだ。ニコとチャックが話している時によく思い出したら、火事の現場にいた顔だってことに気がついた。最中はみんな、燃えている家に注目していて村の人間じゃなくてもあの場にいるのはそんなに難しくなかった。それに加えて、あの日町唯一の宿に泊まっていたのは私達だけだった。・・・町の住人でもなければ旅人でもない、それなのに火事の現場に居た。そんな怪しすぎる人物が仕えている人物はさらに怪しい。」
「それで、急遽ニコに付いて街にくることにしたわけだ。」
合点がいったという表情のレオに、クリスは頷いた。
「でも、確証があったわけじゃなかったし、実際移動手段について悩んでたのは本当だった。そのことを提案した時の相手の顔が彼らに対する疑心をさらに深めたのは確かだけど・・・。」
ニコは何も言わなかった。その沈黙をどう捉えていいのか分からないクリスも黙ってしまって、三人のいる部屋には居心地の悪い雰囲気が漂った。
それを壊したのはレオだった。彼は椅子にもたれながらクリスにあることを頼んだ。
「クリス、昼食以降水分を取ってなくてな、喉が渇いた。衛臣のジェフって人に水を頼んで来てくれないか。その間に残りのおおまかなことは話しておくから。」
「・・・分かった。」
クリスが部屋の戸を閉めて離れていくのを確認したあと、レオは背もたれから離れて前屈みの姿勢になり、目線を床に向けながらニコに話しかけた。




