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光芒  作者: 藍原燐
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天蓋

 二人が二〇メートルほど細い廊下を進むと広い空間に出た。外観と違い円形で、中央には天井に着きそうなほど大きな像が置かれている。その像に近づくように中に進み、部屋の壁面を見ると、一面に文字が描かれていた。床に目を向けると、陣の様なものが描かれている。像の正面に立って見上げると、それが女性であることが分かった。髪は長く腰まであり、ゆったりとした服を着ている。そして何より目を瞑っている。今にも目を開けて動き出しそうな印象を受けた。

 「おはようございます。」

 部屋の奥からやさしい顔をした老人が一人現れた。

 「・・・おはようございます。」

 「おはようございます。」

 クリスとニコが続けて挨拶すると、老人は微笑むだけで近づいてくるような様子は全くない。

 「旅をしているもので、この街で最も古い建物だと聞いたのでお邪魔しました。」

 「そうでしたか。何かございましたら、私はあちらの壁際の椅子におりますので気軽にお尋ねください。この建物は頑丈なことで有名ですから、少々乱暴に扱っても傷一つ付きませんからご自由になさってくださいね。」

 老人はそれだけ言うと現れた方角に戻り、置いてある椅子に腰かけて何やら本を読み始めた。

 「レオさんが仰っていた管理人さんでしょうか?」

 「でしょうね。ここのことに詳しそうだし。少し聞きたいことがあるから私は行くけど、ニコはどうする?」

 「私はこの像の後ろ一通り見て見ることにします。」

 「上に集中し過ぎてコケないようにね。」

 「・・・気を付けます。」

 クリスが老人に近づくために歩き始めると、彼は直ぐに本を閉じてクリスが話しかけるのを待っているようだった。そこで急ぐことも口を開くこともせず、クリスは老人に近づいて行った。老人は椅子から立ち上がり本を椅子の上に置いてクリスを待った。

 「ここの管理人の方、でよかったですか?」

 「正式には衛臣ですが、意味は殆ど同じですからね。」

 「お名前を聞いても?」

 「ジェフ・ベインズと申します。代々この天蓋の衛臣をしております。」

 「・・・天蓋。」

 老人が不思議そうな顔をしているのを見て、自分が無意識に疑問を口にしていたことに気がついたクリスは、慌てて意味もなく手で口を覆った。ジェフは苦笑して彼女の疑問に答えてくれた。

 「こういった建物のことを天蓋というのです。大陸に二十あり、外見は様々ですが中は概ねここの同じ円形の空間に像、壁の文字に床の陣で構成されています。しかし全て人が本物を真似て造ったもので、ここのオリジナルは北に行ったところにある神の森にございます。」

 次から次に自分の知らないことが出てくる。そのことに混乱していることを自覚しながら、クリスはジェフに礼を述べた。

 「ありがとうございます。・・・実は子供のころから外界から隔離されて生きてきたもので、一般的なことの殆どを知らないんです。最近やっとそこから抜け出して色々なことを学んでいる最中で。」

 とっさにそれらしいことを言ってみたが、信じてもらえるとは当人も思っていない。しかし、ジェフは納得してくれたらしい。

 「そうでしたか・・・。でしたら少々お待ちいただけますか。他にもお教えできることがあるかもしれません。」

 「は、はあ。よろしくおねがいします。」

 ジェフは像の後ろの壁からさらに奥に続く廊下に消えて行ってしまった。本来聞きたかったことをまだ聞けていないクリスは、彼を待つ間椅子に置かれた本を失礼かと思いつつも手に取り、中を覗いてみる。この世界の文字が未だに読めないクリスには何が書かれているのか全く分からないが、時々見慣れた文字が描かれた図や陣が描かれているのを見て、術についての研究書か何かではないかと思われた。

 本に予想以上に入り込んでいたらしく、ジェフに声を掛けられるまでクリスは彼が戻ってきていることに気がつかなかった。

 「すいません勝手に。・・・何が書いてあるのかは読めないんですが。」

 「文字もでしたか・・・。でしたらこの本もあまりお役にはたちそうにありませんね。」

 そういう彼の手には、手の平サイズの少し分厚目の本があった。表紙はクリスの方を向いているようだが、題名はやはり読めない。

 「そちらの本は?」

 「大陸の人間が社会に出るまでに習う一般知識が簡単にですが書かれている本です。何冊か本棚にあったのを思い出して持ってきたのですが・・・。」

 「私、二人で旅をしていて、そのもう一人はここにはいないんですけど、その人は普通に文字を読めるので、大丈夫です。もしよろしければ譲っていただけますか?」

 「もちろんです!。もっと詳しく書かれている物は街中にいくらでも売っていますが、とっかかりとしてお役にたてれば光栄です。」

 「ありがとうございます。表紙にはなんて書かれているんでしょうか?」

 「『試験に出る 世界の基礎知識』です。」

 「確かに、必要なことは書いていそうですね。」

 クリスは背負っていた鞄の中に本を入れて再度ジェフの方を向き、一番聞きたかったことを聞いた。

 「最後にお聞きしたいんですけど、この空間の壁の文章や床の陣は解読されているんでしょうか。」

 「いえ、されていません。ここに書かれているものは全て本物を忠実に模写したものにすぎず意味は全く分かっていません。ですが、ある事件といいますか、事象といいますか、それによってここに書かれている文字には何らかの意味があることは分かっています。」

 「その事件というのは?」

 「ある街の天蓋に、一人の男が逃げ込んできたのです。彼は人を殺めた罪で追われていました。逃げ込んだ天蓋の衛臣は彼の話を聞き、匿うことにしました。男の殺人は、今で言えば正当防衛に近いものだったと言われています。しかし、どうしても捕まえたい被害者の関係者達が天蓋の中に押し入り、男と衛臣に手を上げようとした時、外壁の文字が一斉に光り、建物に向かって天から恐ろしいほどに白い光線が降り注いだのです。後には建物と衛臣、そして逃げ込んできた男だけが残り、押し入ってきた者たちは跡形もなく消えてしまったといいます。」

 「・・・」

 「本物の天蓋は神の眠る場所です。これらは人がそれを真似て造ったものではありますが、写された文字や陣によって本物と同じ意味を帯び、神の領域を暴力によって汚す者に下る罰、『天罰』としてそれ以降恐れられています。」

 クリスは今一度壁を見、書かれている文字に目を向かる。

 「どこがこの文章の始まりか分かりますか?」

 「像の右手側の壁から始めるとされています。」

 「色々教えていただいてありがとうございました。もうしばらくお邪魔しますが、よろしくお願いします。」

 そう言ってクリスはジェフに一礼したのに、彼の言っていた文章の始まりを探すために像の右手側をウロウロし始める。何分かしたのに、何かを見つけたらしく立ち止まり、数歩下がってそれが見やすい位置に移動。鞄から一冊の本を取り出してそれを時々捲り、体を徐々に横に移動させながら文字をじっと追い続けた。衛臣にはそれが壁の文字を読んでいるように見えた。

 事実彼女は壁の文字を読んでいた。壁や床の陣に書かれている文字は彼女にとってごく身近な、よく知る文字だったのだから。



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