訪問
道に沿って両側に膝ほどの高さの柵が並んでいる。二人はいつの間にか林の中を道なりに歩いていた。二〇〇メートルほど進むと林を抜け、広大な庭と遠くにベージュ色の建物が見えた。
「遠いな。」
「三〇〇ってところかな。」
「大きさとしてはどうだ?」
「庭の割に小さいんじゃない? でも、私が暮らしてた建物よりは大きそう。」
二人は幾何学模様が描かれた芝の庭をまっすぐ進み、正面の円形の噴水の横を通ると道の両側に大きな泉水が現れ、屋敷までは後一〇〇メートルまで近づいた。
玄関前に着くと、木製の扉にぶら下がった取っ手で何回か木を叩き、中の反応を伺った。数秒すると小さくはいの返事が聞こえ、扉がゆっくりと開く。そこから顔を覗かせたのはクリスよりも少し年上らしき女性だった。予定外の訪問者に対する警戒心が全身からにじみ出ている。
「突然すいません。ニコ・サンジェルマンさんとお会いしたく参りました、クリス・クロフォードと申します。御取り次ぎお願いいただけますか。」
「少々お待ち下さい。」
そう言って女性は扉を閉めて、中を走っていく音がした。
「何分待つ?」
「三分。」
「了解。」
ふたりは時計を持っていない。レオは自らの頭の中で数字を数える。中で慌ただしく動き回る音がする。
レオの手が扉へ伸びる。三分経つと同時に手が扉に着く瞬間、クリスの右手がレオを制した。彼は横目でクリスを一瞬見て、自らの手を下ろす。すると扉が再びゆっくりと開かれた。
「クリスさん!」
ニコが扉を完全に開けて二人の前に立った。
「また会えてうれしいよ、ニコ。今大丈夫だった?」
「はい、泊まらせていただく部屋で少し休憩していただけですから大丈夫です。お二人はもう宿はお決まりになったので?」
馬車に持って入っていたトランクがクリスの手元にないのを見てニコが言った。
「ええ、旅行費カツカツだから最低限の寝泊まりができる場所だけどね。ところでニコ、今日はもうこの屋敷の中でぼんやりする予定?」
「そうですね・・・。特に予定はありませんね。」
「それじゃあさ、一緒に街を見て回らない? いつこの街を発つか決めてないから、どうせならニコと回れたらとふと思ってさ。」
「いいですね・・・!」
すると扉の奥、大階段から見たことのある顔の男が降りてくるが目に入った。ニコもクリスの視線に気づいて後ろを振り返った。男はそのままクリス達の下にやって来てニコの少し後ろに付いた。
「先ほどは送っていただきありがとうございました。」
クリスは男に頭を下げ、ニコに街の散策に出ないか誘っていた旨を告げた。反対されるかと思っていたら、チャックは予想外に賛成の言葉を口にした。
「それは良い考えです。ニコ様、旦那さまには私から伝えておきますのでどうぞ行ってらっしゃいませ。お荷物をお預かりしましょうか?」
「いえ、これは持っておきます。」
ニコは町を出る際、唯一残ったといっていい家宝の入った木箱を何でも屋で買ったショルダーバックに入れて持ってきていた。
「かしこまりました。この街は治安が良いですが、どうぞお気を付けて。」
チャックに見送られながら、三人は来た道を戻る形で市街地に向かった。クリスとしてはもう少し抵抗されるかと思っていたため、知り合いの雰囲気に似ているという第一印象でチャックを見てしまっていたのかもと少し反省した。
チャックは扉を閉めると、急いで自室に入り、会話ができるよう術が施された紙に両手を突いて自らの主に連絡をとった。始めに返ってきたのは罵倒だった。
『彼女を家から出しただと⁉ ふざけるな! 何のためにお前が家に居ると思っている! 』
「申し訳ございません。ですが仕方なかったのです。あの場面で訪問者二人を無下にするとどちらからも不信がられてしまいます。それに、」
『言い訳は良い! 私がそっちに帰るまでに連れ戻せ! その訪問者とやらがしつこいようなら痛い目に遭わせてやれば大人しくなるだろう!』
「・・・二人のうち一人が神術を使うのです。」
『なに⁉』
「例のことを命じた部下から報告が上がってきているのです。詠唱することで陣を展開する召術ではなく、手をかざしただけで陣を展開する神術によって火は消された、と。」
「・・・二人のうちの一人が使うと言ったな。もう一人はどうなんだ。」
「今のところ何も。術自体まだ使っていないものかと。」
『そのもう一人はどうにかしろ。残りの神術を使うという者を含めた二人を確保しろ。腕を封じさえすれば神術は使えんという話しだし、速やかに制圧するよう伝えろ。』
「御意に。」
紙から手を話すことで会話は終わった。チャックはいつの間にか後ろに控えていた男達に背を向けたまま命ずる。
「さっきここの出て行った女二人を確保しろ。片方は神術らしきものを使う。腕を使われる前に制圧しろ。残りの男の方は当分身動きが取れない程度痛めつけておけ。」
男達が去った自室で、チャックは一人先ほど会ったクリスの威圧する目を思い出して悪態を吐いた。




