見舞
先に口を開いたのはクリスだった。
「どちら様で?」
男は笑顔の張り付いた顔で返事を返す。
「わたくしはチャックと申します。この家にお住まいのブルーノ・サンジェルマン様のご息女、ニコ様にお会いしたく参ったしだい。」
「見ての通り火事に遭ってな。彼女はここに居ないぞ。」
レオの返事に困りましたね、と呟くと、立ち去るかと思いきや再度二人に話を振った。
「お二人はこの町のご住人で?」
「いえ、ただの通りすがりですよ。」
「そうですか。では失礼。」
そう言うと男は踵を返して来た道を戻り始めた。
男の身なりからして誰からかの使者だろう。ニコはこの町を出たことがないと言っていた。そんな彼女が使者を遣すような人物と知り合いである可能性は低い。しかし父親ならどうか。
「ねえ、ニコの居場所知ってる?」
クリスは遠ざかっていく男の背中を見ながら小声でレオに問いかけた。声を潜めた質問に疑問を抱いたようだが、レオも同じく音量を下げて質問を返す。
「病院に泊まるとかどうとか話してるのを聞いたな。」
「あんたも二階から飛び降りて病院勧められたでしょ。場所は分かる?」
「知ってるが・・・。どうした、あの男が気になるのか?」
「・・・少しね。」
クリスは庭を出て、宿のある方の道を進んでいた男の背中に声をかけた。
「ニコが何処に居るか知ってる。そこまで連れて行くよ。」
クリスの提案に男は、感激したような顔をして礼を言った。その顔がまたあの男を思い出させてクリスは心の中で毒づいた。
クリスとレオの後ろ三メートルほどはなれて男が後を付いてくる。病院は酒場を右に曲がって三〇〇メートルほど歩いたところにあるカーブの内側に建っていた。小ぢんまりとした、一見すると病院というより普通の一戸建ての家に見える。クリスが木でできた扉をノックする。するとなかから女性の声が返ってきた。四十代くらいの女性が扉を開け、その女性は昨日の現場に居たのか、扉の前に立っていた二人を見てあら、と言った。
「ニコさんのお見舞いに来たんですが、今大丈夫ですか?」
「大丈夫よ、案内するわ。」
礼を言ってクリスが中に入り、男もそれに続く。入ってすぐの左手が診察室になっているらしく、反対の部屋に待合室として椅子が置かれている。そのまま廊下をまっすぐいった突きあたりの左手から上に向かって階段が伸びている。女性はその反対の部屋をノックし、扉を開けた。部屋はクリス達が泊まっている部屋よりも広くゆったりとしている。その窓側に置かれたベッドの横で椅子に座って本を読んでいたニコは、クリスが入ってきたのを見ると勢いよく立ち上がった。
「クリスさん!」
「おはよう。」
「おはようございます。昨日は本当に、ありがとうございました。」
ニコの顔を見て、クリスは少し安心した。
「元気そうでよかった。」
「はい。今日はレオさんと一緒ではないのですか? 昨日のお礼をまだしっかりとできてないのですが・・・。」
(あいつ予想していたな。)
外にいることを告げ口してやろうとも思ったが、ここはごまかすことにした。
「家を見てると思う。私もここに来る前にすこし寄ったんだけど、その時、出火原因は台所だろうって言ってた。」
「そうですか・・・。酒場にお邪魔する前に夕食をつくるのに少し火を使いましたから、私の不始末ですね・・・。父になんと言ったらいいか。」
その時、クリスの後ろでワザとらしく喉を鳴らす音がした。
「あ、そうだ。家に寄った時、偶然ニコに用があるっという人に会ってさ。一緒に連れて来たんだ。」
クリスが体を横にずらすと男がニコの前に体を進めた。
「イヴァーノ・コルチェフの使者として参りました、チャック・ペッチと申します。」
恭しく礼をして、人の良さそうな笑顔をニコに向ける。
「はあ・・・。」
という曖昧なニコの返事にチャックは肩を落とす。
「ご存じありませんかな。イヴァーノは貴女様のお父上を大変ご贔屓にしているのですが。」
「父は街での仕事相手の話は全くしませんので。」
チャックが自分の主人とニコの父親について語り始めた。部屋を出ず、そのまま部屋の壁に背を預けて居座るクリスにチャックはあまりいい顔はしなかったが、特に言及するようなことはしなかった。
彼によると、チャックの主人イヴァーノ・コルチャフは街一番の資産家で、大陸中の物を取り扱う商社を経営しているらしい。数年前、イヴァーノと遊び仲間の仲介で知り合ったニコの父親はそれ以来いい物が手に入ると彼に売っていたらしい。昨日の夕方イヴァーノの元へ突然訪れ、持ってきた商品について二人で語っている間にだいぶ時間が経ってしまい、泊まっているという。




