邂逅
人生初めてのお酒をゆっくりと味わいながら、クリスを明日以降の自身の予定を考えていた。
(文字の読み方でもレオに教わるか。)
クリスが口を開こうとした瞬間、レオが席から立ち上がる。あまりのタイミングの良さに、自力で解けと⁉ などと的外れなことを思ってしまう。
「先に部屋に戻る。どうした、情けない顔して。」
「いや、丁度話しかけようとした瞬間に立ったから・・・。」
「明日のことなら俺はお前の予定に合わせるつもりだが。」
「お、おう。それはありがとう。」
「じゃあ先に戻ってるぞ。」
レオは店主に礼を言ったあと店を出て行った。クリスは自分が座っている席に申し訳程度に付けられた背もたれに寄りかかり、残りのお酒の消費に時間をかけることにした。部屋に帰ってもやることなどないのだ。買った地図は食事前に十二分眺めたし、なにより、酒に酔った男達の馬鹿騒ぎを聞いているのも悪くない。
クリスが頼んだお酒が空になり別の物を頼んでみようかと考えていた時、店の扉がゆっくりと開いた。その人物の顔が男達にはっきりと見えた瞬間、さっきまでの喧騒が嘘のように静まり返った。
(?)
クリスが後ろを振り返ると、そこには彼女と同い年くらいの女性が扉の前に立って店内を見渡している。目的の人物はいなかったらしく、申し訳なさそうに店主とクリスの座るカウンター前まで進み、その女性は口を開いた。
「父は今日ここにお邪魔していませんか?」
「あの男なら今日は来ていないが、どうかしたか。」
「夕方に出て行ったきり帰ってこないので、何処に居るのか気になって。」
いつの間にか後ろのテーブル席の喧騒は元に戻り始めている。クリスがお酒のお代わりはこの女性客の用が済んでからにしようと思いながら二人の会話に聞き耳を立てた。
「今日は街に行く日じゃないはずだが。」
「そうなのですが、なんでもすぐにお得意様に見せたい物が手に入ったとかで。」
「日が落ちるころに出て行ったんだ、今日はそのお得意様とやらのところで泊まってくるんじゃないか。」
「そうだといいのですが・・・。」
会話が一区切り着いたのを見計らってクリスは店主にお代わりを要求する。すると店主は再び女性に話しかけた。
「何か食っていけ。代金はいらん。」
「い、いえ、私は家で食べて来たので。」
「どうせスープとパンだけだろ。余りで悪いがサラダでも作ってやる。食べていけ。」
「しかし・・・。」
「お客さん、酒のお代わりは少し待っててくれるか。」
いきなり話を振られたクリスとしては、はいと言うしかなかった。店主はそれ以上何も言わず、クリス達に出した料理で使った野菜の残りを切っていく。未だに断ろうと何か考えているらしい女性を見かねて、クリスは彼女に席に座るよう勧めた。それが決定打になったらしく、女性はクリスの隣に遠慮がちに座った。
「私クリスっていうの、貴女は?」
「ニコと言います。初めてお会いしますね、旅の方かなにかで?」
「そう、今日ここに着いたの。明後日までいる予定。」
「いつから旅をなさっているのですか?」
「実は今日からなんだ。訳あって家を出なくちゃいけなくなってね、ならいっそのこと旅にでも出ちゃいますか! みたいな感じで。」
「すごいですね・・・!」
第一印象として人見知りするタイプの子かと思いきや意外と話せていることにクリスはすこし驚いていた。
「私はこの町を出たことがないので、旅などには憧れます。」
「私だって同じ様なものだよ。長い間同じ場所に居て、切っ掛けがなかったらずっとそのままだったと思う。」
店主がニコの前にサラダの入った小さめのボウルを置く。それを食べる彼女の隣でクリスもようやく出されたお代わりのお酒に口を付ける。クリスが歳を聞くと、自身より二つ下であることにさらに驚く。
「そういや、ニコのお父さんってもしかして質屋みたいなことしてる人?」
「はい、この町では有名ですからね。」
ニコの苦笑を見ると、当人も街での評判は知っているのだろう。それが彼女が店に入ってきた時の他の客の反応の原因のようだ。
「お父さんがお得意様に見せたいって言ってたの、きっと私と一緒に旅を始める男が売りに行った物だと思う。買い取り価格でだいぶ揉めたみたいでさ、怪我とかしてなった?」
「いえ、特には。ご心配なさらず。」
よかった~と呟くと背もたれに寄りかかるクリスにニコは笑った。そこに突然ドォン!と店の扉が壊れる勢いで開いた。
「誰でも良いから手を貸してくれ‼ サンジェルマンとこの家が燃えてる‼」
その瞬間、ニコは店を飛び出して行った。その後に続くように何人かの男は店を出ていく。誰かの家が燃えているのだから大変なのは分かるが、ニコの慌てようは異常だった。店主も出ていく準備をしながら、クリスの疑問を感じ取ってかその答えを彼女に寄こした。
「ニコ・サンジェルマン、あの子の家が燃えてるんだよ。」
店主がカウンターの奥から出てくるのとクリスが席を立って走り出すのはほぼ同時だった。




