着到
次に彼女が目を覚ました時、そこは森の中だった。彼女はゆっくりと目を開けて空を見た。しかし生い茂る木でそれを見ることはできなかった。膝を曲げ、両肘を立てて上体を起こす。左手を地面に突くと、生い茂った苔がクッションのように柔らかかった。
彼女が倒れていたのは開けた場所でもなんでもなく、木々の間の僅かに平らな場所だった。
(もうちょっとマシなところに出してくれてもいいものを。)
立てた膝を直し胡坐をかく。
「居るんだろう、聞こえてるよ。」
クリスがそう口にすると、後方の木々の間から黒い豹が現れた。
「よくわかったな。」
「昔から耳がいいんだ。後ろで微かに葉が揺れる音がしたから分かった。」
豹はそのままクリスの前まで進む。
「お前、あの王笏の上に乗ってた翼の生えたトラだろ?」
「なぜわかる。」
クリスは豹が喋ることは全く気にせず答える。
「首に下げてる赤い玉、咥えてた石だろ? それでも翼は生えてないんだな。」
「生やして欲しいのか?」
「それよりも、今の自分の現状を知りたいかな。」
クリスは周りを見渡しながら言った。
「近くに大きな動物はいないみたいだな。それとも、もとからそういう森なのか?」
「元から動物は少ない森だ。それに加えて、お前を恐れて近づいてこない。」
「私に? なんで?」
クリスはもと居た場所ではどちらかというと動物には好かれた方だ。突然嫌われる理由が分からない。
「お前は元々この世界の人間ではないからな、恐れてというより畏れて近づかないんだ。」
「動物っていうのは無条件で心を癒してくれる存在だったから好きなんだけどな。向こうが私をどう思っていたかは置いといて。」
そう言いながら彼女はその場に立ちあがり、着ている服を上から順番に叩いて付いている土や葉を払い落とす。その様子を豹は興味深そうに眺めている。大方払い終わり、こちらをじっと見つめる豹の目線が気になったのか、クリスは彼に問いかけた。
「なんだ、立ち上がって土を払うのがそんなに珍しいのか?」
「いや、何も聞かないんだな。私はお前が知りたいであろうことの殆どを知っている。私をお前のもとに遣った方からも口止めは特にされていない。お前が聞けば何でも話してやるつもりだったんだが。」
「そりゃどうも。でもいいよ。」
クリスは木の枝で見ることはできない空を見上げて続けた。
「〈声〉が言ったんだ、『私の元へ来い、そうすれば全て教えてやる』って。何も知らないまま〈声〉の居る場所を見つけ出せるとは思ってはいないよ。でも全部お前から聞いて知るのは少し違う気がする。もやもやするのは好きじゃないけど、探し求めることは好きなんだ。それに、久しぶりの外を満喫したいしさ。」
クリスは両手を上げて伸びをすると、足元に落ちていた鞄を拾い中身を確かめた。隠し部屋から持ってきた本とズボンのポケットに入れておいた鋏が布に包まれたまま入っている。
(御丁寧にどうも。)
中身を確かめた後、両肩に紐を回しそれを背負った。
「ところでさ、私の今の服装ってこの世界の人たちが見ても変に思われない?」
「問題ないと思うぞ。」
豹はクリスの全身を眺めたあと答えた。
「しかし、靴はもう少ししっかりとした物を履いた方がいいかもな。」
「そうだな、これから腐るほど歩くだろうし頑丈なのがいいな。」
クリスは飾りも何も付いていない底の薄い靴を履いていた。
「聞き忘れてたけど、お前名前は?」
「レオだ。」
「レオ、あんたその姿以外になれたりしない?」
クリスがそう言うと、彼は瞬く間に黒い塊になり、縦に伸び始めた。塊は一六〇少しあるクリスの身長を越えたあたりで再び輪郭を取り戻し黒い服を着た長身の男が現れた。
「これでいいのか。」
「すごい・・・!」
クリスの感動の仕様にレオは苦笑を漏らした。
「できるのかと聞かれたからやったまでだ。聞いた本人がそんなに驚いてどうする。」
「いや、変化できるなら人間じゃなくて他の動物かなにかだとばかり。」
レオは左手を腰に当てて話を切り替える。
「それで、これからどうするんだ。森を探索してみるか。」
「いや、この森は直ぐに出よう。外の景色が見たい。」
「なら外へ出られる道を探してこよう。お前はここで少し待っていろ。」
「了解。」
クリスのふざけた敬礼を横目に、レオは森の中に消えていった。少してから、クリスはここに来て初めて木の葉が擦れる音以外が聞こえ、上を見上げると一羽の鳥が木の上を横切っていくのが見えた。
(鳥に変身してるのかな。)
クリスは近くに生えている木の一本に手を当て、苔生した表面を撫でた。耳を当て目を閉じ音を聞く。彼女には木が生きている音が聞こえた気がした。
クリスは木から体を離すとその根元に腰を落とし背中を預けると、鞄から本を取り出し中身を読み始めた。




