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光芒  作者: 藍原燐
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予感

 その建物は鬱蒼とした森に突如として現れる。三代前まで王族の人間の避暑地として使われ、広大な庭と完璧に管理された森を見渡すことができる場所だった。しかし今は、敷地全体が高い城壁に囲まれ、外からは城塞のように見えた。

 城壁の中に入るためには、唯一開けられたアーチ型の門を抜けねばならない。そこを過ぎれば広い庭と奥に建つ建物が目に入る。それは二階建ての建物で、横に長く、正面から見ると全体的に白い。宮殿と言うには少し小さく、どちらかというと豪邸に近かった。

 玄関に入ると吹き抜けのホールになっており、正面奥には途中で左右に分かれる階段があった。

 ホールに二階の部屋の扉を叩く音が響いた。

 「クリス様、入ってもよろしいですか。」

 「どうぞ。」

 女は両手で本を抱えていたが、床に置くことなく、器用に取っ手を回し中に入った。クリスと呼ばれた女は、椅子と体を横に向けて窓の外を眺めていた。女が入ってきたのと同時に扉の方に顔を向け、本の量に驚き、苦笑を漏らした。この建物には、別館として図書館が付いている。規模も大きく、床面積は本館の半分ほどある。

 本を持ってきた女は、そのまま中ほどまで進み、円形の机の上に本を置いた。

 「朝、部屋に伺った際、机の上にリストがありましたので、勝手ながら取ってまいりました。」

 「朝ご飯のあと、帰ってきたら無くなっていたからそうじゃないかとは思ってました。」

 「間違いがないか確認していただけますか。」

 クリスは椅子から立ちあがり、机に近づいて積まれた本の全てに見を通した。

 「間違いありません、ありがとうございます。でも一気に全冊取ってこなくてもよかったのに。重たかったでしょう。」

 「それほどではありません。それに、クリス様の本をお読みになる速度を考えれば、一気に持ってきた方が、効率がいいですから。リストの本以外に何冊か年鑑が入っていました。」

 クリスは訳あってこの敷地の外には出られない。世界で何が起こっているのか知る術は、年初めに出されるいくつかの新聞社の分厚い年鑑だけだった。

 「そうですか。たいしたことは起きていないだろうけど、気が向いたら読みに行きます。」

 クリスは本の中から一冊を選び、近くの椅子に座って読書を始めた。女は壁まで下がり、扉横に置いてある椅子に座った。

 建物は東を向いて建てられているが、寒い時期には正午近くならなければ太陽を見ることはできない。しかし三月がもうすぐ終わろうとしている今、その光は午前中でも二人の居る部屋を照らしていた。

 定期的に紙を捲り、順調に読み進めていたであろうクリスの手が当然止まった。

 「そう言えば、次の定期面会は何時でしたっけ。」

 彼女の質問に、すぐさま女が返す。

 「本日の午後三時からです。先週のうちに電話がありました。」

 「気づかなかったな・・・。じゃあ応接間の掃除は?」

 「クリス様はその時丁度庭の整備をやっておられましたので、無理もありません。掃除はその時済ませておきました。相手からは抜き打ちでなければいけ意味がないからと口止めされていました。すぐに申し上げなかったこと、お詫びいたします。」

 女は立ち上がり、深々と頭を下げた。

 「いえ、ありがとうございます。」

 いっこうに頭を上げない女に、クリスは苦笑を洩らし、折れることにした。

 「じゃあ、今日の昼ご飯の当番、交代してもらえますか?」

 すると女は礼儀正しく、ゆっくりと頭を上げた。

 「はい、お任せください。」

 「アンさんが使えているのは国なんですから、気にしなくていいのに。」

 「いえ、十年前から私がお仕えしているのはクリス様ただ一人です。それは義務感ではなく、私の意志です。」

 クリスはそれまで読んでいた本にしおりを挟むことなく閉じ、膝の上にそれを置いた。

 「ありがとう。」

 そう小さく呟くと、クリスはおもむろに立ち上がり、扉に向かって歩き出した。アンが扉を開けようとそれに近づくと、クリスは手を上げることでそれを制した。

 「午後はあいつらでつぶれること確定ですからね。入った年鑑を覗きに行ってきます。昼の用意ができたら呼びに来てください。」

そう言い残すとクリスは部屋を出て行った。残されたアンは、クリスが出て行った扉に向かって深々と礼をして自らの仕事に向かった。


 廊下に出て、吹き抜けの右側を曲がる。そこからまっすぐに伸びる廊下の突き当たりを左に曲がると、何本もの太い柱で支えられた渡り廊下が現れる。そこを進むと、別館の図書館に行くことができる。

 その建物は円形の二階建てで、吹き抜けになっており、壁には隙間なく本棚が並べられている。一階の中央には長方形の大きな机が置かれている。それを囲う形で規則的に本棚が並び、二階からは床自体はほとんど見ることはできない。

 クリスはまず、アンに言った通り一階へ降り、中央の机に積まれた真新しい本の中から上下巻に分けられた一つの年鑑を見つけ出した。一冊に一度ずつ小口に勢いよく指を滑らせ中身を見たあと、元の場所に本を戻しながらつぶやいた。

 「お世継ぎいまだ生まれずか。ここで一生だらだら軟禁生活を過ごすのも悪くないと思っていたが、無理かもな。」

 クリスは数秒間何か考えごとをする様子を見せたあと、一階奥の壁際の本棚に向かって歩き出した。

 本棚の一番下の棚の右端の本と、三段目の左端に置いてある本を交換し、それによって周りよりも数センチ前に飛び出した本を奥に押す。すると本棚全体が、扉が開くように右に開いた。そこには地下へと降りる階段が伸びていた。

 そこは、彼女とアンしか存在を知らない隠し部屋。彼女の部屋の半分ほどの大きさがあり、壁一面天井ぎりぎりまで本に埋め尽くされている。明りはなく、入ってすぐにある机に置かれているランプ二つに火を入れなければ何も見えない。

 クリスはマッチを使わず明りを付けると奥に進み、適当に本を抜き取とる。作業が終わると、入口に戻ってランプの置かれた机の椅子に座り、その本を順番に丁寧に読み始めた。




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