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前編

 生涯を独身ですごす男は3人に1人と言われたのも一昔前の話だ。今日日では10人のうち9人は女にあぶれる。

 女を手に入れることができるのは富と幸運を持ち合わせたやつだけ。大宇宙に頼りなく浮かぶ青い星はヤローで満ち溢れ、男同士の恋愛など珍しくも無い。

 そんな地球に見切りをつけた俺は移住のための惑星調査員に志願した。


 冷凍睡眠コールドスリープの解凍はレンジでチンするわけにいかない。体の機能を損なわないように電気的な補助心肺が取り付けられ、ゆっくり、ゆっくりと時間をかけて覚醒へ向かう。

 全自動システムによって鼻に通されていたチューブを引き抜かれ、人工心肺を取り外された彼はゆっくりと体を起こした。

 タケル・ヤマオカ。所属は移民計画局、具体的な業務は計画のための惑星調査である

 今では地図上に存在しないニホン人の血をひく彼の風貌は取り立てて目を引くものではなかったが、強い意思を感じさせる漆黒の瞳は黒曜石にも似た美しさで見るものを魅了するものであった。

 一糸まとわぬ姿で床に足をおろした彼が真っ先に探したのは身につけるものなどではなく、愛する『女』の姿。探すまでも無く、彼女はタケルに簡易着ローブを差し出して微笑んでいる。

「そこにいたのか、カオリ」

 受け取ったローブをわざと床に落とし、彼は裸の腕の中に女を抱きこんだ。白衣を着た美しい乙女がくすぐったそうに首をすくめてタケルの胸に擦り寄る。

 カオリは人間ではない。高機能性行為用アンドロイド……いわゆるセクサロイドと言うやつだ。

 政府が少子化対策の一環として開発したこの手の性具は単なる慰み用ではなく、生殖機能を備えている。と言ってもからくりはいたって簡単で、既に子供を三人以上産んだ母体から提供された卵子を胎内に冷凍保存、交わった男との精子と程よくミックスさせて受精卵を作り出すシステムを胎内に組み込まれているのだ。

 一般的に出回っているタイプは機能性を重視するあまり『肝心な部分』以外は鉄肌がむき出しであったり、もっと安価なものになると人の姿ですら無く、『そのため』の部品だけの存在という粗悪品だ。だが、たった一人でコールドスリープによる永い宇宙航行に旅立ったタケルに与えられたそれは一般人が目にすることも無いほどの高級品でもあった。

 美しい黒髪を掬い上げ、弾力のある素材で包まれた腰を引き寄せたタケルは低く囁く。

「寂しかったかい?」

「だめよ、タケル。何か着ないと風邪を引くわ」

 こちらの言うことより自分の意見を優先するのは、俺の好みを学習した人工知能《A・I》のなせる業だ。

「俺がたたき起こされたって事は『仕事』だろ? 脱ぐ手間が省けていいじゃないか」

 タケルはカオリを床に押し倒し、膝を太ももの間に割り込ませた。

「どうせ俺はモルモット製造機だ」

 彼とカオリの間に出来た子供は新たに発見された星の環境下で育てられる。

「今度の星の大気構成は?」

「窒素が80.6パーセント、酸素が18.2パーセント、二酸化炭素および微量要素、水蒸気をやや含む」

「少しばかり窒素が多いが、まあ許容範囲か。じゃあモルモットを仕込むとしよう」

 カオリは上着をめくろうとする手を柔らかく押し返した。

「おかしいわよ。そんなにいじけてどうしたの?」

「俺は始めっからおかしいさ。自分の子供を環境実験の犠牲にしても平然としていられるような男だぞ」

 カオリが顔を背けた。プログラミングとは思えないほどの憂いを含んで。

「なあ、俺の子供達はどうなったんだ?」

 自分の子供がどのように扱われているのかを彼は知らない。子供を仕込むとすぐ、彼は肉体保持のための永の睡眠に入らされるからだ。

 新星の環境に人体が耐え得るか、食物となる動植物が十分にあるかを吟味するために子育てをするのはカオリの仕事だ。一定期間、子供の生育が可能な星には移住可のアンカーが打ち込まれることになっているはずであるが、彼に子供の消息が知らされることは一度として無かった。

 カオリが突然、実にアンドロイドらしい硬質な声を出す。

「かなりの高確率で環境に適応できず死に至った。生き残った個体は僅かに三人。」

 冷たい報告のための口調。それは彼女が人間ではないことを認識させるには十分すぎるものであった。

「お、おい?」

「生存個体の経過観察期間は十年。それ以上を過ぎると……過ぎると……過ぎると……」

 故障を疑うほどのリフレイン。

「おい、カオリ!」

 両肩を掴んで顔を覗き込めば高精度のレンズを組み合わせたに過ぎない瞳が……

「泣いているのか?」

「私にそんな機能はありません」

「そうだな。悪かった。」

 後頭部を掻き抱いてきゅっと身を寄せれば、常時37度前後を保つように設定された彼女は温かく、大宇宙に一人きりで放り出された寂寥感がその温もりを求めて疼く。

「仕事だってことは解っている。お前が人間じゃない事もよく解っているさ。それでも俺はお前を愛しているんだ」

 ほんの一瞬だけ彼女のレンズに暖かい色が浮かんだのは、果たして光の加減などであったのだろうか? 

「私もあなたを愛しています」

「ああ、もちろん解っているさ」

 プログラミングされた言葉と感情だと知っていても、彼女の一言は彼を狂わせる。深い口付けを落とし込みながら、タケルは静かに目を閉じた。

「もっと口、開けて?」

 からだの表面に比べて交接のための体内温度は2度高く設定されている。上あごの裏から擬似的な性ホルモンを含む潤滑剤が流れ出し、タケルの口中を潤した。

(本物の人間の女も……)

 こんなに愛しい存在なのであろうか。

 体温は常にサーモスタット制御された交接適温。あふれる蜜は生理食塩水をベースに合成された単なる潤滑油だ。

「タケル、愛してる……」

 猫なで声で囁かれる愛の言葉も全て、欲情を煽るパターンを研究し尽くしたうえで組まれたプログラムが導き出す、合成音声が織り成す言葉でしかない。

(全て解っているのに……)

 この身体を手放したくないと、もっと深くに繋がりたいと思うのは男の性が見せる、単なる『反応』なのだろうか……

(それでもいい)

 タケルは肌理の細かさまで再現された合成皮膚に指先を沿わせた。


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