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龍神サマに喰われてなるかっ!  作者: 一花香苗
コバルトノベル版
5/9

 第一章 青年と生け贄の娘

* 注意書き *


ここからはコバルトノベル版になります。

最初は別の小説として分けるつもりだったのですが、同じタイトルで同じストーリーラインの作品が並ぶのもよろしくないだろうと思い、一つにまとめました。

以降に展開される物語はルルルカップ版の加筆修正作品になります。

ルルルカップ版とほぼ同じストーリーラインですので、あらかじめご了承ください。

「君は何故、文化調査員を志しているんだい?」

 ――それは、龍神様に訊ねたいことがあるからです。

「ほう。君は国や民のためではなく、個人的な理由で文化調査員を目指すと? 文化調査員という存在が、どれだけこの国家にとって大事なものなのか理解しているのかね?」

 ――この国の行く末を知るために多くの文化調査員たちが各地の龍の祭りを訪ね、龍神たちの状態を確認しているのは存じているつもりです。そして、その龍神たちを束ねる存在『龍の繰り人』を捜し求めていることも。

「ふむ。では、君が龍神に訊ねたいこととは何だね? それは、文化調査員でなければならないことなのか?」

 ――はい。あたしが龍神様に訊ねたいこととは……。



 意識がはっきりとしてくる。どうやら文化調査員の最終面接でのやり取りを夢で見ていたようだ。

(頭が痛い……)

 ひんやりとした硬いものの上で横になっているらしい。そして手足の自由が奪われ、身動きが取りにくくなっている。どうしてそんな状態で寝転がっているのか思い出せない。

「んぐぁ……」

 声を出そうとして、口をふさがれているのに気がつく。猿轡を噛まされた状態だ。

(む……喋れない……)

 しかもご丁寧なことに目隠しまでついていて、ここが一体どこで、まわりがどんな状態なのかわからない。風はないがとにかく寒くて暗い。手首は丁寧に背中側で縛られているし、足首もちゃんと縄か何かで縛られている。

(このくらい魔法さえ唱えられれば、得意の炎で簡単に焼き切れるのにっ!)

 あたしが脱出を試みてもがく様は、青虫などがのたうち回っているかのような絵になっているだろう。実に情けない姿だ。

(――って、のんきに転がっている場合じゃないわ)

 だんだんと思い出してきた。あたしがこの状況に放り込まれる前のことを。

(あの村長、騙したわねっ! よりにもよって国家の役人たるあたしを生け贄にしてくれるとはーっ!)

「はぐがぐぅあっ!」

 怒りがこみ上げて思わず自由にならない口で叫んでしまったが、まずは冷静になろう。どうにかしてこの状況を脱しなければならない。なぜなら、この場所は龍神に生け贄を捧げるための祭壇である可能性が高く、今夜か明日にはその龍神が現れて生け贄をぱくりと食べることになっているからだ。

(ふふ……このくらい知らないでどうして文化調査員を名乗れるのよ、アンズ)

 あたしは龍神が生け贄を食べると言う祭りの視察のため、国から派遣された文化調査員。この程度のことを知らない阿呆ではない。

 だが、この有様だ。

(くうっ……完全に舐められているわ。ひどいっ、屈辱よっ……でもめげていられないわね。初任務失敗の上に殉職だなんて真っ平御免なんだからっ! なんのためにこの仕事に就いたって言うのよ、まったく)

 とはいえこの間抜けな状況に進展はない。

(まずは周囲の確認が先よね)

 床に頬をこすりつけて目隠しの位置をずらすことにはなんとか成功。頬が少々ひりひりするが大したことない。このくらい慣れっこだ。

(ついでに運良くこの辺も外れてくれたら良いんだけど……)

 ごそごそと動いてみるが、どうにもうまくいかない。猿轡はびくともせず。手首や足首を接している床にこすりつけてみたが、固く縛っている縄の方も変化はみられなかった。

(まぁ、いっか)

 あたしは首を伸ばし、暗い室内に目を向ける。

(……あまり広い部屋ではなさそうね)

 埃っぽい匂い。土臭さもする。木が腐ったような独特の香りもして、あんまり気分はよくない。外からの明かりはほとんどないといってよいだろう。暗い中にずっといたおかげで何とか物を把握できている。目立つようなものは何もなく、置かれているものも特にない狭い部屋だ。

 部屋のほぼ中央に放置された状態らしく、あたしの周囲には何もない。どこかに引っ掛けて縄を切ることも考えていたのだが、残念ながらそう都合よく話が進みそうにはなかった。

「んががっ! がふがへっ!」

 誰か助けて、そう叫んだつもり。だけどもやはりまともな台詞にならない。

(くぅ……この感じだと外に人はいないっぽいわね)

 気配はないし、物音もしない。外に見張りもいないとみた。

(ほんと、これ、冗談じゃないんだけど……)

 冷や汗が流れてくる。

 村長に接待を受けたのは覚えている。確か遅めの昼食だか早目の夕食だかに分類されそうな中途半端な時間帯。文化調査委員会で発行してもらった調査票を村長に渡したら、わざわざ遠くから訪ねてきたのだからとすぐにもてなしてくれたわけだ。

 で、歓談の時間が流れ、その際中にあたしは気を失っている。おそらく、食事に薬でも混ぜられていたか、あるいは知らぬ間に魔法に掛けられていたか。どちらにしても厄介だし、村長が関係していることは間違いない。

(こんなことなら歓迎会なんて断ればよかった……)

 浮かれていたのは事実だ。難関である文化調査員試験を突破し、つらい研修を終えたのがついこの前の話。今日のこれが単独で行う初めての任務だったのだから、舞い上がってしまうのも止むを得ないと思うのだけど。

(うぅ……そろそろ限界……)

 身体をよじって何とか転がり、出入り口らしい扉の近くまで移動したのだが、それ以上はどうしようもない。気合を入れて体当たりをしてみたが、扉はかすかに軋む音を立てただけで開くような雰囲気ではなかった。どうも外側にかんぬきが使われているようだ。

(うぅっ……せめて声さえ出せれば、魔法でぶち抜くこともできたでしょうに……)

 こうも今までの勉強の成果が使えないのは悔しい。

「はぐぅ……」

(こんなところで、あたしの若く美しい人生が終わるとは……)

 そんなふうに落胆していたときだった。

 ギシ、ギシッという耳元にまで響く木製の床が軋む音。それなりの重さを持つ何かが歩いているかのような音。

(何か来た……?)

 ここは土の床であるが、どうも外には木で作られた通路があるらしい。その音はゆっくりと、だが確実にこちらに近付いてきていた。

(な、なんだろう)

 あたしは警戒し、身を捻って扉からわずかに離れる。

 ちょうどそのとき、あたしの力ではどうにもならなかった扉が開かれた。角灯の明かりが部屋に急に入ってきたため、あたしの目は眩んで視界が奪われる。

「ん……」

 眩しくて閉じていた目をそっと開け、そしてあたしはぎょっとした。

「んぁ!?」

 燃え盛る炎のように真っ赤な瞳があたしを捉えていた。――そう、見知らぬ青年の顔が間近にあったのだ。

「お。結構可愛い顔してるじゃん」

 炎のように輝く赤い前髪が揺れ、人を遠ざけているかのように感じられた難しげな顔が、はじけるような笑顔に変わる。それがあたしを安心させるためのものではないことはなんとなく察せられた。

(なんなの、この男っ!?)

 整った顔をしている男前だが、第一印象は最悪だ。一見敵意はないように感じられるものの、そんなどうでもいい感想を述べている余裕があるならさっさとこの縄をどうにかして欲しいところだ。そういうところに頭が回らないだなんて、なんと気が利かない男なのだろう。

 そんなふうに苛立ちつつも、状況を確認することは忘れないあたしである。他に人はいないらしいことを彼の周囲で物音がしないことから理解。結局、助けを求めるならこの男しかいないと判断するしかなかった。

「んががっ! んがぐがっ」

 なかなか助けてくれないので声を掛ける。まともな言葉にならないのは百も承知だが、いつまでも転がっているつもりはない。早く助けろ、切実にそう言いたい。

「まてまて。落ち着け」

 野生の動物をてなづけるかのごとく青年はあたしの頭をぽんぽんっと軽く叩いてなだめてきた。

(んなことしてる暇があったらあたしを助けろっ!)

 じっと睨んで訴えると、彼はあたしの鼻先にそっと人差し指を当てた。

「まずはその猿轡を外してやるから、いきなり魔法をぶっ放すんじゃねーぞ」

「んぐっ」

 しぶしぶあたしは同意する。助けてくれるなら、そんな真似はしない。恩人に攻撃するほど残念なお子様ではない。

 あたしがおとなしくなったのを見て、彼は後ろに回るときつく噛まされていた猿轡を外してくれた。

「ほらよ。しゃべれるか?」

「ふぅ……助かったわ。ありがと。できるなら、腕の縄も解いて欲しいんだけど」

「そうだな。ちょっと待ってろ」

 見えない位置でごそごそされるのはあまり良い気分じゃないが仕方がない。思わず変な声を上げてしまいそうになるのをぐっと堪えておとなしく待つ。

「――俺はザクロだ」

 そんなあたしの気まずい様子を察してくれたのか、彼は不意に名乗った。

「君、名前は? 村の人間じゃないだろ?」

 彼は自己紹介を終えると、あたしに訊ねてくる。そりゃあたしはこの村の人間ではない。別の土地からやってきた人間だ。

(村の人間じゃないだろ、って聞いてきたって事は、彼は村の住人ってことかしら? でも村で見かけなかったような……。見かけていたら、こんな目立つ容姿の人間を絶対に忘れたりしないと思うんだけど)

 真っ赤な髪と瞳は珍しい。あたしも似たような色の髪と瞳であるが、彼ほど鮮やかではないし、そんな色の人間に会ったことも実のところない。この珍しい容姿のためにからかわれたこともあったが、それは今となっては幼い頃のどうでもいい話だ。

(まぁ、そんな些細なことはどうでもいいか)

 自分の身元を隠す理由も意味も特になかったので、あたしは素直に答えることにする。

「あたしはアンズ。文化調査員として、この村の龍神祭を調査しに来たの」

「あぁ、文化調査員、ねぇ。この国に残る龍神に関係した祭りを調査している国家機関だっけ?」

 軽い口調でそう訊ねてくるものだから、あたしはカチンと来た。文化調査員と言う仕事に憧れ、誇りを持つあたしには許しがたい態度だ。

「何よ、その言い方。馬鹿にしてるの? 試験難しいし、なるには大変なのよ? それに、調査の内容によっては危険地帯にだってほとんど単独で派遣されるから、それなりに武術や魔術に長けていないといけないんだからねっ!」

「で、そんだけすごい調査員サマがこのザマですか?」

 完全に見下されている。呆れたと言わんばかりの口調だ。

「う、うっさいわねっ! ちょっと油断してたのっ! このくらいあたし一人でどうにかできたわよっ!」

「ったく、どうだか」

 しゅるしゅると縄が解ける。あたしは自由になった腕をさすって違和感がないことを確認。続いて上体を起こすと着崩れた前身頃を整え、さっさと足の縄を解きにかかる。

「その口ぶりからすると疑ってるでしょ? ちゃんとあたしは正真正銘の文化調査員なんだからねっ!」

「そうは言うが、文化調査員やるにはあまりにも頼りない感じだからさ。幼すぎるっていうか。――あれって、十五になって始めて試験受けられるんだろ? 君を見る限りではやっと十を越えたかなってくらいだし」

(なんですとっ!?)

 子どもっぽいとはよく言われる。顔は童顔だし、背は低いし、胸だってちんまりとして目立たない。明らかに発育が遅れている。行動も落ち着きがないように見えるらしく、それ故にお子様扱いされることはしばしば。

 だからこそ、文化調査員としてしっかり仕事をしているところを見せつけてやるはずだったのに。

 あたしの苛立ちはさらに増す。

「馬鹿にするのも大概にしてよねっ! すぐに証明してあげるから、ちょっと待ちなさい」

 足の縄を解くと、あたしは自分の胸元から文化調査委員会が発行する金属の名札を取り出してザクロに突き出してやった。

「どうよ、これでっ!」

 彼はあたしが持つ名札を角灯の光で照らしてしっかり確認する。

「へぇ、初めて見た。こんなもの持たされるんだ」

「身分証よ。これでわかってくれた?」

「とりあえず、ガキではないことだけは認めてやろう」

「だから、そういうことじゃなくって――」

「いいのか?」

 あたしが文句を続けようとしたところをザクロの台詞が制す。

「な、何が?」

 真面目な顔をして彼が訊ねてきたので、あたしは目をぱちくりさせて聞き返す。ザクロは不思議そうな顔をした。

「いや、逃げないのかな、と思って」

「……」

 はっとして、あたしは状況を思い出す。こんなわけのわからん男とこんな物騒な場所で長話をしている場合じゃない。

「そ、そうよ! 逃げないとぱっくり喰われちゃうんだったわ」

 名札を元の場所に押し込み、あたしはザクロを押し退けて室外に出る。

 今宵は新月。外は星明りのみの静かな薄暗い世界が広がっている。

(だいぶ気を失っていたみたいね……)

 ぱっと目に入った星の位置を確認し、今の時刻を把握する。日付が変わった頃のようだ。

「こんな時間だ。無闇に動くと野性の獣たちを刺激する。俺がこの山を下りる道を案内してやろう」

 ザクロがあたしの隣に立って角灯をかざす。木製の橋がずっと続いているのが目に入った。この建物は湖の中にあるらしく、通路はその橋だけのようだ。

 あたしは背の高い大柄なザクロを見上げる。

 角灯の明かりに照らされているだけとは思えない煌めく赤い髪がとても美しく感じられた。癖のある髪質らしい。短い毛が思い思いに跳ねている様がよりいっそう炎を連想させる。伸ばしっぱなしにしているあたしの赤毛も湿気があるとすぐにうねってしまうが、おそらく彼のようには見えないだろう。羨ましい。

(綺麗な髪だなぁ……って、悠長なことを考えているんじゃないわよ、あたし)

 自由を手に入れてほっとした反動だろうか。あたしは気を引き締め直して彼に訊ねた。

「あなた、地元の人?」

「まぁな。ここは庭みたいなもんだ。ちゃんと里まで連れて行ってやるよ」

「どうせならもっと早く助けに来てくれりゃよかったのに……」

 むすっとしながら呟くと、ザクロは怪訝な顔をした。

「村長が「ちょうどいいから文化調査員を生け贄にしてやった」とか抜かすから慌てて助けに来てやったのに、そんな贅沢を言うか? ったく、これだから礼儀知らずは……」

 指摘されて、あたしは膨れる。しかし彼の言うとおりだ。あたしは彼にもっと感謝すべきであり、そんな贅沢を言える立場じゃない。

「む……そうね、悪かったわよ。とにかくこんなところに長居は無用だわ。申し訳ないんだけど、助けてくれたついでに案内してくださらないかしら?」

 国の役人らしく尊大に言ってやると、つまらなそうに彼は眉間をわずかに寄せた。

「普通に頼めないのか、普通に。君の親御さんはそんな基本的なことも教えてくれなかったのか?」

「う、うっさいわね。あいにくあたしには親はいないの。だけどそういう言い方は気に喰わないわ。礼儀作法くらい知ってるわよ」

 両手を腰に当ててきっぱり言ってやる。親の話をこんなふうに出されるのは好きじゃない。むしろ大っ嫌いだ。

「……ったく詐欺だな。好みの顔だったんで期待したのに、なんだか損した気分だ。しおらしくしていたら、もっと可愛げがあるだろうに」

 はぁっとあからさまにため息をついて、ザクロは歩き出す。

「勝手に期待して勝手にがっかりしないで欲しいもんだわ。そこにあたしが介在する余地ないし」

 むーっと膨れたまま、あたしは彼の背を追いかける。

 こうしてあたしたちは龍神の棲む湖がある山を、真っ暗な深夜に降ることになったのだった。


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