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龍神サマに喰われてなるかっ!  作者: 一花香苗
ルルルカップ版
3/9

 ザクロいわく、世界を構成する要素にちなんだ儀式を順番に行うことで、龍神を呼び寄せることができるのだと言う。

 似たような話はあたしも学んだところと酷似するところがあり、あたしは素直にそれに従うことにした。この土地にはこの土地の仕来りなどがあるわけで、それに倣うのがその土地に住まう龍神に対しての接し方だと思ったからだ。

 そんなわけで、ひとまずあたしが閉じ込められていた祭壇があった湖の畔に戻ることになり、こんな真夜中だというのにせっせと儀式をこなす破目になったわけだ。



 儀式その一。地面を掘って鉱石探し。

「こ、この山の中を適当に掘れ、と?」

 真面目な顔で説明してくれたザクロに、あたしはぽかんとした顔で訊ねる。当てもなく鉱石を探せというのか。

「まぁ、そうなるか。だが、君が『龍の繰り人』なのだとしたら、簡単に見つかるんじゃないか?」

「くぅ……どうしてそんな試すようなことを……」

 文句を並べていたところで先に進まない。あたしは落ちていた枝を拾うと、掘りやすそうな柔らかい地面を探して突いてみる。鉱石だなんて簡単に見つかるわけがない。土の中からそれっぽい石ころが出てくればそれで良いか、などと思いながら掘り進めていく。

 すると――。

「ん……?」

 がつんと何かに当たり、あたしは出てきたものを拾い上げる。

「こんなんで良いのかしら……?」

 あたしは水辺から離れた場所でこちらの様子を窺っていたザクロに、光沢を持つ石を投げてやる。

「へぇ。驚いた。案外と出てくるもんなんだな」

 まったく期待していなかったらしく、彼は心底驚いたような様子で感想を漏らした。

「そんなので良いなら、次の儀式に行くわよ」



 儀式その二。鉱物に生じた水の採取。

「――ちょっ……この卵大の石に生じた水を集めろ、ですって?」

「そう言われているんだから、やるしかないだろ」

「む……」

 今さら他の石を探すのも大変に思えた。あたしはとりあえず近くに石を置いて、じっと待つ。

「……君、いつまでそうしているつもりなんだ?」

「今夜は冷えるから、朝露が下りるまで待とうかと」

 明け方が近付いている。辺りが明るくなってきて、湖の表面に靄がたった。

「気の長い作業だなと言いたいところだが、これはひょっとして……」

 みるみるうちに周囲が霧に包まれていく。外気と水温の差がこの現象を引き起こしたのだ。

「よーっしっ! きたっ! これはいけるわよ!」

 金属の光沢がくすんくる。表面を水滴が覆い始めたようだ。

「――さぁ、ザクロさんっ! 次のお題はっ!」



 儀式その三。集めた水滴を若い葉に乗せて啜る。

「って、これを飲むわけ? 葉に乗せて」

「疑いの目を向けるな。信用しないなら、自分でどうにかしろ」

 そう突き放すように言われてしまうと、従わざるを得ないような気がしてくる。

 とはいえ、彼の言っていることが何かの冗談でもないのだと、あたしにはわかっていた。あたしは世の中にはこのような儀式があるのだということを彼に教えてはいない。彼は彼の知る知識をそのままあたしに伝えているだけなのだ。

 彼があたしをからかって言っているにしては、文化調査員としての知識から予想できる内容に限りなく似通っている。知りすぎると言っても言い過ぎにならないほどに。

(この人、本当にただの村人なのかしら?)

 他の人間とは違う――ここにきてようやくそう思えてきた。

 炎が燃えているかのように輝く赤い髪、赤い瞳。それはあたしが出会った誰とも違う特殊な色だ。

 見た目だけではない。儀式にやたら詳しいのも気になる。魔術に精通した人間であるなら、これらの儀式が何を示しているのかはある程度わかりそうだが、彼からは魔力を感じない。いや、正確には彼にないのではなく、何かによって抑えられているような歪な感じがする。それも違和感の一つだった。

(実は赤き龍なんです、とか、そういう展開じゃないわよね?)

 言われたとおりにあたしは近くに茂る低い木から瑞々しい若葉を一枚千切り取り、そっと鉱物の表面に集まった水滴を乗せる。そしてその水滴を飲み込んだ。

「ザクロさん、儀式ってあといくつあるの?」

「そろそろ終わるさ」



 儀式その四。使った若葉を焼いて灰を作る。

「……燃やすの?」

「あぁ」

「魔法、使っても良い?」

「灰が残るならな。その灰が、次の儀式に必要だ」

「了解」

 あたしは水滴を呑むのに使った若葉を片手に握り締め、そっと瞳を閉じて念じる。

「――草木よ、陽の関係に基づき爆ぜよっ!」

 ぼふっと空気が膨張し、手の中で小さな炎が生じると一瞬で灰に変わった。

「おぉっすげーな。ちゃんと火力を制御できる腕があるとは思わなかった」

 遠くに離れていたのは避難していたかららしい。遠くでザクロがぱちぱちと手を叩いている音が耳に入った。

「炎系だけはうまく制御できるのよ。他のはあまり得意じゃないけど」

「ふぅん」

 ザクロは離れたままで動かない。あたしは彼を見て問い掛ける。

「で、この灰はどうすればいいの?」

「上に放り投げる」

「こう?」

 えいっと思いっきり頭上に放り投げる。手のひらからパラパラと細かくなった灰が飛び散っていく。

「そのあとは?」

 手の中に合った灰が綺麗さっぱりなくなったのを確認すると、改めてザクロを見やる。水辺にいたはずのザクロは、さらにあたしから遠ざかっていた。

(んん?)

 彼の行動がよくわからない。

 ザクロは自分の手を口元に当てると、あたしに向かって大きく叫んだ。

「後は交渉するだけだ! 俺は遠くから応援してるぞ!」

「はい?」

 きょとんとして首を傾げる間もなく、昇り始めていたはずの朝陽が翳った。それと同時に肌がピリピリと痛む。現れた巨大な存在に反応しているのだ。

「うそ……」

 霧に映りこむとても大きな影。

 振り返ったそこには、長い髭を蓄えた頭と鱗で覆った巨体を持つ赤い龍神がいた。どこから現れたのかはよくわからなかったが、圧倒的な存在感はあたしの目の前から伝わってくる。燃え盛る炎のような瞳があたしを捉えたまま、じっとにらみ合うような形で対峙することになってしまった。

(ってか、あたしはてっきりザクロが赤き龍本体だと思っていたのにっ!)

 呼び出す儀式をしていたはずなのだが、こうもあっさり登場されてはどう対処するのが適当なのかわからない。冷や汗がだらだら流れて、今すぐ逃げ出してしまいたい心持だ。

(いや、逃げ出したくても逃げ出せないから話し合いの場を設けたんだった……)

 覚悟を決めねば。

 あたしは深呼吸をすると、龍神に向かってまずは一礼した。

「ど、どうも初めまして。あたし、アンズって言います。えっと……その、あたしに『龍の繰り人』の資質を見出してくださいましてありがとうございました。――で、あのですね、このままあたし、閉じ込められているわけにもいかないわけでして……よろしければ、あちらにいるザクロさんとともに村に返していただければと思うのですが……」

 龍神の赤い瞳は動かない。あたしは説明を続けることができずにただ固まる。だって、これ以上何も浮かばないんだもん。立っているだけでも結構つらい空気なのだ。喋ることができただけでも大したもんだと自分で自分を褒めてやりたくなるほどだ。

(う……どうしよ。というか、あたし、赤の龍神様に会ったら、訊いておきたいことがあったのに……いや、もう、限界でしょっ!)

 文化調査員試験の面接でのやり取りが過ぎる。あたしは龍神様に会ったら、自分の出生についてを訊こうとずっと思っていたのだ。

 あたしの生まれた場所は定かではなく親を知らない。ただ、見つけて保護されたのがこの周辺だったそうで、地域を支配している龍神様なら、とりわけ赤の龍神であるならあたしの親がわかるんじゃないか、あたしがどこから来た存在なのか知っているんじゃないかと思ったのだ。だから、赤き龍神の祭りの調査の仕事が入ったと聞いてすぐに立候補し、勇んでここを訪ねたというわけだ。

(うう……千載一遇の好機だっていうのに、んなこと訊けるかっていう空気をまずはどうにかしたい……)

 赤き龍は何も喋らない。このまま動かないのかと不思議に感じ始めたときだった。

 龍神はその大きなあごを開くと、あたしに向かってぱくっと動かした。

「はうっ!?」

 咄嗟に身体が反応した。あたしの身体は後方に跳躍し、水面に着地した。くるぶしまで水に浸かり、湖の水がぴちゃんと撥ねる。

(こ、これはぱっくりもぐもぐってやつですかっ!!)

 そういえば、と思い出す。あたしは『龍の繰り人』の候補であり、その一方で龍の生け贄として捧げられてしまった身であることを。

「も……問答無用であたしをぱくっと食べないでちょうだいっ! まだ話は終わってないでしょうがっ!」

 心臓がバクバクと大きな音を立てている。胸元を押えると、その鼓動が伝わってくるほどだ。

 怒鳴る声を無視し、龍神の頭はあたしを見るなり追ってきた。なかなか素早い動きだ。

「ちょっ……あたしの話を聞く気がないわけっ!?」

 水に浸かった状態では動きにくい。あたしは陸地を目指して移動。そのあとを大きなあごが迫ってくる。正直、生きた心地がしない。

「そっちがその気なら、あたしだって攻撃させてもらうんだからね!」

 精神統一を行いたいところだが、そんなに落ち着いて行動できるほどあたしは訓練されていない。それでも、自分がやろうとしていることを脳内で丁寧に作り上げる。

「我が周囲に満ちる大気よ、陽の関係に基づき爆ぜよっ!」

 指先に炎を生む様を想像し、示すがごとくその手を龍神の口の中に向ける。

 空気が膨張し、龍神の口元で爆ぜた。

 ごうぅっ!

 あたしの身長と同じくらいの真っ赤な炎が生まれ、龍のあごを焼く――そう思われたが龍神ものんきに構えているわけではない。大きな図体にしては俊敏に後退し、炎の直撃を免れていた。

(くっ、そう簡単にしとめられるわけがないか――って、うっかり怒らせちゃったりしてないかしら……?)

 怯んでくれれば交渉の余地はあるかと考えたのだが、龍神はあたしから距離を置くと、その狙いを別に向けたらしい。頭を持ち上げると目をそらした。龍神の視線の先にはザクロの姿。そしてその瞳に彼を映したかと思うと、ずるりと動き出す。一気に、ザクロの元へと。

「やめてっ!」

 迷っている場合ではない。自分が怪我をしようとも、何の関係もないザクロを巻き込むのだけは嫌だった。文化調査員の誇りとして、ここまで導いてくれた礼として、彼を絶対に救わなければいけない。

 あたしは自分の足元を爆発させる。ぬかるんでいる地面に含まれた水分を一気に水蒸気に変えたのだ。空気が膨張し軽いあたしの身体は吹き飛ばされる。続けて空中で爆破を起こし、方向変換。根性で龍神の前方に割り込んだ。手足を伸ばし、あたしを一飲みできそうなくらいに大きい龍神の頭を抱えるつもりで立ちはだかる。

(行かせるもんかっ!)

 龍神がこの勢いで突っ込んできたら、どううまくいったところでザクロとともに龍神の腹の中行きだ。それでも何もしないよりはマシ――あたしは自分の身体が龍神に飲み込まれていくのを想像しながらぎゅっと瞳を閉じた。

 そして――。

(あれ……?)

 痛みも何もなかった。噛まずにごっくりとされてしまったのだろうと思いながら目を開け……あたしは自分の目を疑った。

 いつの間にあたしの前に移動したのだろうか。燃えるように煌めく赤い髪、炎が揺らめくように輝く赤い瞳――とても印象的な容姿の青年ザクロの心配げな顔が、状況を飲み込めずにぽかんとしていたあたしの瞳に映っていた。

「ったく、自分の周囲を爆破して移動するだなんて、どうかしてると思うぞ」

 ぽんっと大きな手のひらがあたしの頭に載せられる。そしてぐりぐりと撫でられた。

「ちょっ……馴れ馴れしいっ!」

「それだけの元気があるなら大丈夫そうだな。無茶しやがって……焦ったじゃねぇか」

 後半の台詞は呟くように。そして彼はあたしを引き寄せてぎゅっと抱き締めてきた。ザクロの胸にあたしの耳がくっついて、その早まっている心音が聞こえた。

(本当に焦っていたんだな……)

 心配してくれたことがちょっとだけ嬉しい。

(だけど、これはこれ、それはそれ、よ)

 あたしはこの状況に流されることなく、ザクロの手をのけて距離をとった。彼は一瞬だけ寂しそうな表情を浮かべ、しかし次の瞬間には満面の笑みに切り替えていた。

「これは一体何の冗談なの?」

 さっきまで戦っていたはずの龍神の姿はなく、代わりにザクロからその圧倒的な気配を感じ取れた。ばらばらだった気配が一つに融合したかのような自然さがそこにある。それまでのザクロにあった違和感は今はきれいさっぱりなくなっているのだった。

「俺は冗談で命を懸けたりするような趣味は持ってないよ。ただ仕来りに倣って、君にどの程度『龍の繰り人』の才があるのか試したに過ぎない」

 言って、ザクロは肩を竦めて見せる。

「試したって……」

「で、その結果、俺は君を合格とみなした。まずは里に帰ろうか。準備もある程度整った頃だろう」

 にかっと破顔したのを見て、あたしはやっと彼の言っている意味を理解した。つまり彼は、あたしが初めに想像したとおり赤き龍だったのだ。

「もうなんなのよーっ!?」

 霧でぼんやりと霞む山中に、あたしの動揺する叫び声が響いていったのだった。


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