くさい告白
「なあ隆二、ちょっといいか?」
「一馬の『ちょっといいか』はいつもめんどくさいからなあ、まあいいけど。何か用か?」
講義の合間の昼休み、大学の構内で、うろうろと探し回って、教育学部の303教室で、ようやく隆二を見つけた。
自分が入ってきたとき、隆二は昼飯を食おうとしているところだった。
ひとまず隆二には昼飯を食うのは後にしてもらって、ちょっと俺の悩みを聞いてもらうことにした。悩みすぎて、夜もなかなか寝られなくなってしまっているくらいだ。
「俺さ、ずっとずっと前から好きな亜美ちゃんのこと、最近その思いがどんどんと膨らんできてさ、妄想が止まらないって言うか、悶々が止まらないって言うか……毎日がそんな気分なんだよ!」
「はぁ……それで? ん? ……なんか臭うな……」
隆二は俺の話を聞いているのか聞いていないのか、よくわからない返事を返してきた。おかしいな。俺のこの苦しい気持ちがなんで伝わっていかないんだ。
「それで、もう我慢できなくてだな。亜美ちゃんに告白することにしたんだ。けど、その前にちょっと自分の告白でOKがもらえるかどうか、ちょっと隆二に確認してもらいたいんだよ」
「ん? すん、すん……やっぱり臭うな……なんだ? この臭い?」
全く俺の話とは関係なしのセリフをぶつぶつと隆二は言っている。小声で俺にはよく聞こえないが、おそらく俺の相談事とは関係ない話だ。
「聞いてるのか隆二!?」
「んあ? あ、ああ、聞いてるよ。聞いてるから、早く告白のセリフを聞かせてくれよ」
よし、OKをもらえた。俺は三日三晩ほとんど眠らずに考えた、告白のセリフを隆二に向けて話し始める。
「じゃ、じゃあいくぞ。『亜美ちゃん、君の姿を例えるならば、そう……立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花。』」
「んー……さっきから、めっちゃ臭いな……一馬がこの部屋に入ってきたときからなんだよな……」
「『君がふわりと僕のそばを横切った時の香りは、どんな香水もそう、色あせてしまいます。君の声は、まるで天使の歌声を聞いて聞いているようで、天にも昇るような心地になります。きっと君と僕の間には、運命の赤い糸がくっついているんだね!』」
「……この臭い、やっぱり一馬からか……?」
「『ああ、亜美ちゃん、亜美ちゃん、亜美ちゃん! なぜ亜美ちゃんは亜美ちゃんなんだ! 例えるなら、君はジュリエット。そして僕はロミオ。でも、僕はロミオのように先に死んだりなんて絶対にしないよ! だって、僕が死んでしまったら、誰が亜美ちゃんを守るナイトになるというんだい!? 亜美ちゃん、君と初めて出会った時の気持ちは、シンデレラをようやく見つけた王子様と同じ気持ちさ。こんな美しい人が目の前にいるなんてってびっくりしたよ……さあ、亜美ちゃん、僕と愛をささやき合おう。そして、王子様のキスで白雪姫が目覚めるように、熱いキスを交わそう。そして、子だくさんの温かい家庭を作るんだ!』」
「やっぱり一馬からだな……これ、絶対に。ったく……」
ふぅ……俺の、今できる最高の告白を、ほとばしる熱い思いをすべて出し切った。さて、うんうんと考えてくれている隆二に、問題ないかどうか聞いてみるか。
「なあ隆二!? どうだった!? 亜美ちゃんOKしてくれるかな!?」
「……臭い」
「へ?」
クサいってどういうことだ? 俺の告白、そんなにクサかったか?
「や、一言で言われてもどうすればいいかわからないからさ。具体的に色々教えてくれよ」
「お前! 臭すぎんだよ! もうめっちゃ臭すぎて、どっから言えばいいかさっぱり分かんねえよ!」
……そ、そんなひどいのか? 俺の告白。
「まず頭!」
ぼ、冒頭の部分か。えっと、『亜美ちゃん、君の姿を例えるならば、そう……立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花。』の部分だな。
「なんだこれ、めっちゃ固めすぎじゃねえか!?」
た、確かに……『立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花』。こんな使い古された定型文。これで、亜美ちゃんの美しさを物語っていると言えるのか。
いや、言えない!
「……これ、ワックスか? そのせいでめっちゃ臭いんだな。お前、普段は爆発してんだから、そっちのほうが似合ってるよ! わざわざ固めてんじゃねえよ!」
そ、そうか。芸術は爆発だ! というやつだな。
「わ、わかった。そこはしっかり直すことにする」
助かる、これだけしっかりしたアドバイスがもらえるなんて。隆二に相談してよかった。
「次に……一馬、てめえ。香水つかってんな。そんなしゃれこんでんじゃねえよ! そんなん使うぐらいだったら汗臭いほうがよっぽどましだよ!」
な、なるほど……香水なんて言葉はしゃれこみすぎてて、よくないんだな。そんな言葉を使うくらいなら、汗という言葉を使って、情熱を燃やしたほうがいいと。
「それと……口も臭いな。お前、口直しに『人魚の歌声』ってやつあるから、それ使ってみろよ。かなり口が臭いのなおるぞ」
な、なるほど! 天使の歌声って言葉じゃだめなんだな。人魚の歌声に変えると。
「後な……めっちゃ垢がついてる。それもダメだ。臭い原因の一つ」
「赤の部分、駄目なのか!?」
運命の赤い糸、完璧なセリフと思ったのに。
「垢なんて駄目に決まってるだろ! ああ、もうこれじゃ、どんなに頑張っても落とせそうにないな。切っちまえ!」
このセリフじゃ、亜美ちゃんを落とせないから……あえて赤い糸を切る? なんて斬新な内容なんだ。
さすが隆二、頼りになる!
「最後に!」
「はい!」
ここまで、数々の素晴らしいアドバイスをくれた隆二。きっと最後の部分に対しても、何か意見があるに違いない!
「一馬、お前、いろいろ混ざってるせいで、ものすごく臭くなってるんだ! もっと、すっきりしてこい!」
……な、なるほど……確かに最後の部分。ロミオとジュリエットが入ったり、シンデレラって言っていたり、白雪姫もいた。この部分、もっとすっきりさせて一番言いたい事だけを言えばいいに違いない。
「隆二、ありがと! 俺、隆二のアドバイスに従って、もっと素晴らしいセリフに変えて、亜美ちゃんに告白してくるよ! ほんとにありがとな」
俺は隆二にお礼を言って、亜美ちゃんを探しに教室を飛び出し、この気持ちを早く伝えるために、走りだした。
「おう! がんばれ! ……そういや、臭いが気になって……告白のセリフ聞いてなかったな」
教室に残った、隆二のつぶやきなんて、一切俺の耳に入ることはなかった。
「亜美ちゃん!」
「は、はい……」
しばらく探し回り、ようやく亜美ちゃんを見つけ、俺は二人っきりになれるところまでついてきてもらった。
そして今、目の前に亜美ちゃんが立って、向かい合っている。告白には最高のシチュエーションだ。
亜美ちゃんは風邪をひいているのか、鼻を押さえていたが、俺は気持ちを抑えきれず、隆二にアドバイスをもらい、直した告白のセリフを、亜美ちゃんに向けて伝え始めた。
「『亜美ちゃん、君の姿を例えるならば、そう……立てばアッハン、座ればウフン、歩く姿はボインボイン!』」
「……はい?」
「『君が僕のそばを横切った時の香りは、どんな汗よりもいいにおいです。 君の声は、まるで人魚の歌声を聞いているようで、全ての物が沈没していくような気持ちになります。きっと君と僕の間は、赤い糸がきれていて、それでもくっつこうとしているんだ!』」
「はあ?」
あれ? あまりいい反応じゃないな。だが、最後の部分、究極まですっきりさせた俺の告白を聞けば、きっと受け入れてくれるに違いない。亜美ちゃん、俺の一世一代の告白を聞いてくれ!
「『亜美ちゃん! 子供を作ろう!』」