悪役令嬢と呼ぶにはあまりにおぞましく巨大で美しい
第一王子が真実の愛を見つけたと国王に訴えかける。王子は自分の婚約者と知らない。だからあっさりと婚約を破棄してもいいものだと思っていた。しかし、いやしかしと国王は思い出すのはその相手の姿。あの日した約束を思い出す。騎士団長、側近(国王の弟)が同じ部屋いる中、皆の前に突如として現れたのは、黒い、黒い黒くて黒い、黒すぎて暗くて黒くて黒、黒黒くろ黒くら黒いなにかの、すがた、だ、った。
※細かいことは気にせず読んでください。
「私は真実の愛を見つけました」
そう、父親である国王に告げたのは、この国の第一王子であった。第一王子であるからか厳しい教育を受け、民を導き、貴族を律し、自らも歩み続けてきた正しい人であった。しかしこの発言をしてしまったせいで、その場にいる誰もが、彼が気が狂ったのかと思ってしまった。
「真実の愛……もしや昨今お前と噂にある男爵令嬢ではあるまいな?」
「噂の存在は知りませんでしたが、その通りです」
これには国王は頭を抱えた。ああ、きっと勉強のし過ぎで、もしくは本の読みすぎで幻覚を見ているのではないだろうか。それだったらどうにでもできる。きちんとお話すればいいのだから。
第一王子――キースは続けた。
「彼女を一目見たときに『これは運命だ』と心が叫んだのです!もはや私は彼女以外と添い遂げることを考えられない……」
「まさかキースお前、今結んでいる婚約を破棄したいなどと考えてはいまいな?」
「……その通りです」
なんてことを言い出すのだ。国王もその側近も護衛騎士もみなしてどうしたものかと考えた。キースの顔は覚悟の決めた男の顔だった。それが勘違いだなんて一つも考えていない。
「婚約破棄しても問題ないでしょう。何せ私の婚約者を私は知らないのです。辺境伯領の御令嬢というだけです。それにあまりにも評判が悪い。やれ婚約者がいる身で男を侍られている。やれ薬を使って領民を操っている……もとよりそんな相手と結婚生活なんて無理です、私には」
「この婚約は盟約に基づいたものだ。お前の一存で破棄することはできない。さっさとその男爵令嬢と別れろ。さもなくば」
「……さもなくばどうする気ですか!王の権力をちらつかせて彼女と彼女の家族を痛めつける気ですか!そんなことを据えるのでしたら、それこそ私はもうこの国を見限りますよ!」
キースの婚約者の姿を知っているのは国王だけである。国王と、その婚約者の間で結ばれた婚約契約。血の名訳に基づいたそれを、国王は覚悟を決めて受けたのだ。自分の息子を差し出すという勇気を振り絞った。
それを息子には届いていないのが悲しいところ。それに詳細を説明したところで、きっとキースはまた難癖付けて断ろうとしてくるだろう。
「……どうすればいいのか」
本来ならば、その男爵令嬢とその家族を始末してしまえばいいのだ。しかし国王は人が死ぬのが嫌いだ。戦いが嫌いだ。血を見るのが嫌いだ。だからこそキースの婚約者と約束を交わしたのだ。
『あら、なにかおこまりかしら、人の王よ』
ふと、どこからか優しい声がした。しかしその声は女性であり少女であり男性であり少年であり老年であり老女であり、もしくはそのどれでもない、おぞましくも美しい響きを持っていた。
「……エリザベス様……」
『うふ、うふ、楽しそうね。いいのよ気楽に座ってちょうだい。かしこまらないでいいのよ』
ドアを通らず窓を通らず物音すら立てずにそこにいた――もしかしたらはじめからそこにいたのかもしれない。気が付かなかったのか、それとも気が付いていながら全員が目を背けていたのか。今となってはわからないことだった。
身長は170cmくらいだろうか。腰までの黒い長髪をたらし、これまた黒いマーメードドレスに黒い肘上までの手袋、極めつけの黒いつばの広い帽子。アクセントに赤い宝石をちりばめているその女性の姿をした誰かは、たおやかに、それでいて荒々しくそこにいた。
『それでそれで?貴方は愛を貫くために婚約を破棄するのね?――私との』
キースの婚約者であるというそれは、座っているキースの顔を覗き込んだ。いつの間にそばに来たのかすらわからないキースはその顔を正面から見てしまった。そうして気が付いてしまう。それは、瞬きをしていない。それは、呼吸をしていない。それは、鼓動に合わせて指先が動くこともない。人形か、はたまた人以外の何かなのか。キースは悲鳴を上げてしまった。
「キース!っ取り押さえろ!」
『しかしなんというか、真実の愛を見つけたのに婚約を破棄できないなんて、まるで僕が悪役令嬢のようねぇ。ああ、でも悪役と言うのは正しいかしら?言いえて妙というものかしら?まぁ、私が女性でも少女でも男性でも少年でも老年でも老女でも何でもないのだけれども』
その場から逃げ出したキースは騎士団長に取り押さえられた。冷や汗を流し、呼吸が浅くなっているキースの顔はかわいそうなほど青かった。もしくは白かった。がちがちと歯を震わせて嚙合わせるその様子は、まるで深淵を覗き見たかのようで
『でも約束はしたわよね?』
ねぇ、人の王よ。
今から20年ほど前、国王はそれと約束をした。血の盟約を交わした。いずれ産まれ来る息子をそれに捧げると。便宜上婚約と言う形にはなっているが、なんてことない。キースは、それのために用意された、生贄。
『いいこと考えたわ。その子の愛した子というのも連れていきましょうか』
とてもいい考えだわ、と言うそれに国王は反論しない。キースはそんな国王に絶望した。守ってくれない父親に絶望した。自分は何のために今まで生きてきたのか、それに気が付いてしまって、絶望が止まらない。
「失礼、発言の許可をいただけますか」
『……あら?どうしたのかしら?』
それがキースの元にまた一歩――と呼ぶには足が動いていない――進んだ瞬間、横から一人の人物がそれに話しかけてきた。国王の側近である。
側近とは言うが実際は王の弟である。名はクルス。王の右腕として、王とは違う目線でものが考えられる彼は貴重な存在であった。その彼が、それに話しかけたのだ。
「今から婚約者の変更はできますでしょうか?」
『変更?』
「王に近しい血筋の者をお求めであれば、私が代わりに貴女の元へと向かいたいと思いまして」
『ふふ、うふふ、可笑しいことを言うのね?俺の姿を見て、あたしの元へ向かいたいだなんて』
しゅるり、と、それの髪の毛が伸びてくるクルスの頬に触れ、肩を撫で、腕を取り、腰を抱いた。それはそれはもう可笑しい可笑しいと笑っている。
『いいわ、貴方気に入ったわ。人の王よ、妾の婚約者をこの子にしましょう。でも、そうね、そっちの子が成人するまでは待つという約束だったけど、この子はもう成人しているのね?』
じゃあ、いいわよね?
言うが早いか、うぞうぞとどこからかはい出てきた影がそれとクルスを飲み込もうとする。キースが泣きじゃくって手を伸ばし、国王が叫びだしそうな顔でそれを見つめていた。騎士団長はキースを止めながらそれを見送った。
「叔父上……申し訳ありません叔父上……まさか、まさかそんな……わ、私は、ずっと婚約者が、ただの人だと……ああ、申し訳ありません……申し訳ありません……」
「……いや、言わなかった私たちも悪い。だが、未来を悲観してほしくなかったのだ……まさか、クルスがあちらに向かうとは思わなかった……すまない……」
ひらり、と国王の机の上に一枚の紙が落ちてきた。その紙はエリザベスと呼ばれたそれと、クルスの結婚を証明する書状であった。
――ただその場で騎士団長だけ……クルスの親友である騎士団長だけが、呆れた顔していたのはその場にいる誰も気が付かなかった。
「……あいかわらず……趣味わっるぅ……」
*****
辺境伯領には一つのゲートがある。そのゲートは魔界に通じるものだった。ゲートは人間側から閉じることができず、魔界からのみはい出てくることが可能である。エリザベスと呼ばれたそれは、そのゲートの向こうから来た。
それは、魔界の者だった。今から20年以上前に人間の国に侵攻したが、人間のあまりの脆さに呆気にとられてしまったそれは――魔王と呼ばれた女性型のそれは、侵攻を止める代わりに人の王と約束した。
それが、人の王の血筋の者を魔界に寄こすというものだった。婚約と言う形にしたのは、人の王が人質や奴隷、人柱などの言葉を使いたくなかったからだ。だから正直なところ誰でもよかった。人の王の血筋に限定したのも人の王の気持ちによるものだった。でも、悩むことはあった。可愛い我が子を恐ろしい場所に向かわせることに、苦しくもあった。
あの日、キースの代わりにクルスが魔界に連れていかれて一年が経過した。それぞれの傷は、まだ癒えていなかった。
キースは男爵令嬢と上手くいかなくなって破局し、自ら王城を飛び出して平民同然の生活をしている。国王は今まで通り政治を収めているが、右腕がいなくなってしまった後釜探しが進んでいない。
騎士団長だけ、クルスのことを心配していなかった。親友なのに、と言われるかもしれないが、仕方のないところだった。
「よっ」
「気軽に来るな」
だって定期的にクルスが遊びに来るのだ。何でもない顔をして。
「……で、今度はなに惚気る気だ?」
「あ、聞きます?聞いてくれます?」
そうして始まるクルスの話を、騎士団長は酒を飲みながら聞いた。
騎士団長は知っている、この男が、あらゆる普通ではない性癖を備えている変態であることを。
「昨日は頭の造形が上手くいかなかったからって四角い箱みたいになってて……それがもう格好良くて」
「異形頭かぁ」
「一昨日は興が乗ったとかで男性型なっておられて、それがまたかっこよくて……」
「あー、一応TSになんのか?」
「でも下の形は適当だった。なんかすごい棒だった」
「それ以上はききとうない」
それで、あれ、こうで、と続ける親友に、騎士団長はずっと呆れている。心配してはいなかったがここまでとは思っていなくって、しかし楽しそうに話をするクルスによかったなぁと思わなくもない。
「クルスよぉ」
「ん?」
「あっちでの生活ってどうなんだ?」
まぁでもちょっとは、ちょーっとは心配しているので、どんな生活をしているのか聞きたくなった。クルスはうーんと言ってから話し始めた。
「大きくはこっちと変わんねぇかな。空に月が一つの時に寝て、二つになったら起きる」
「いきなり相違点来たな」
「食事は向こうのほうが美味いとすら感じる。多分食物に魔素が多いんだと思う。だからたくさん食べると下痢を起こす」
「油物じゃねぇんだから」
「あとそうだなぁ、思ったよりもカラフル。初めて見たのが魔王様だったから黒くてちょっと赤いイメージだったけど、普通に白も青も緑も黄色もある。街並みなんてこっちの街と何らかわりゃしねぇよ。たまに喰われそうになるけど」
「最後の一個が大問題だわ」
「でも魔王様が自分の配偶者だって言ってくれるからそういうのも最近はなくなった。……へへへ、俺魔王様の配偶者なんだよ~」
「……幸せそうで何よりだよ」
騎士団長はちょっと、ちょっとだけ結婚に前向きになろうかなと思った。いままでそういう話をしてこなかったが、先日貰った見合い話に乗ってもいいかもしれないかと思った。とはいっても自分もいい年齢だし、若い子はかわいそうかしらと思った。でも良縁は自分で動かないと得られないことはクルスを見て知っているので、騎士団長は先日貰った写真と手紙のありかを必死に記憶の中から探し出した。
「そろそろ帰るわ」
「ん、そんな時間か」
「ん、言ってるそばから」
ぐわん、と、壁が渦巻いてすべての色をまぜこぜにしたような鍋の中身のようにぐるぐるした中から、黒い何かが這い出てきた。その姿を騎士団長は知っている。恐ろしく、おぞましく、忌まわしきそれ。魔王はクルスの側に並んで立っていた。
『そろそろ帰りましょうか、お酒はほどほどにしたかしら?』
「はい、エリザベス様に叱られて以降は適度にしています」
「酒癖わりぃもんなお前」
「シャラップ」
『うふふ、本当に仲良しなのね貴方達は。貴方もこちらに来る?きっと気に入るわ』
「あー、気にはなりますが今の仕事も気に入ってるんで」
『そう?残念だわ。クルスから話を聞いたうちの騎士団長が貴方の事興味津々なのだけれども』
「クルス?」
「ゴメンネ」
でも魔王は無理強いはしなかった。ただ、どうだ?と聞いてくれるのはクルスの功績だろう。クルスが魔王と交流を図ることで、人間への接し方を学んだのである。……時々加減を忘れてしまうようだが、死んでいないのでよしとしているようだ。
「じゃあまた来るからな」
「おう、またな」
『ごきげんよう』
そうして一人と一帯は渦巻く闇の中に吸い込まれ、壁も元通りになった。クルスが生きている限りはこの国は魔界からの侵攻に怯える必要はない。しかし罪悪感に飲まれたものだけが明日を心配している。けれども自分ではなく家族を犠牲にしたことに心を痛めれるだけまだいいのかもしれない。
「んー、飲みなおすかねぇ」
騎士団長はまた自分のグラスに酒を注ぎ、クルスが使っていたグラスにカチンとぶつけた。
思いついたままばっと書きなぐったので読みにくいですね。そんな中最後までご覧いただきありがとうございます。
良ければ評価やブクマよろしくお願いします!




