ホクロ
それは降り始めた雪のように舞い降りてきた。
風に揺れながら彼のいるグラウウンドへと向かっていた。ゆっくりではあるけれど、落下点を見定めたように。
日曜の夕暮れ時、立野川小学校のグランド。彼だけがいつもの放課後と変らず、想像の的をめがけてせっせとボールを蹴飛ばしていた。思いのほか高くバウンドしたボールを見あげた時、彼の目がそれを捕らえた。ひらひらと彼に向かって落ちてくるものがある。
彼は目を凝らしてみるが、それは小さな点にしかみえない。小さな顔を少しかたげて怪訝な表情を浮かべる。
ボールを追うのも忘れてじっと眺めていると、それは徐々に近づいてきた。どうやら彼の方へ近づいてきているようだ。まだ距離はある。彼は試しに左へ一歩動き、後ろへ一歩下がってから再び見上げてみた。それはやはり彼をめがけて落ちてきていた。ほんの少しではあるが進路を変えたようだ。興味深く眺めるが、時間の経過と共に距離は詰まってくる。そしてついに手を伸ばせば届きそうなところまでやってきた。
それは真っ黒い球体で、正露丸のようにみえた。
突然の恐怖感が彼を襲った。小さいけれど得体の知れない何かが自分に向かってきている。全速力で校門を目指してグラウンドを駆け抜けた。とにかく必死で逃げた。未知の恐怖を置き去りたいと、成長期の体をめいっぱい広げて走った。踊る息の合間をぬうように後ろを振り返る。それは彼のスピードに合わせるように一定の間隔を保ちながらついてきていた。体中に力が入るのを感じる。校門まではあと30メートル程だ。通りには誰かがいるはずだ。彼は最後の力を振り絞る。何かが通り過ぎる気配があった。その何かが彼を追い抜いたのだ。前に回りこんで、正面から向かってくる。彼は方向を変えようとするが、間に合わずに衝突する。しかし衝撃は何もなかった。全くない。その何かは、綿毛が手に触れたような感触を残しそっと右腕にしみこんでいった。
あわててこすり落とそうとするが、それはあたかも初めからそこに存在していたかのように黒い点として存在している。ホクロだ。何もなかった場所にホクロとしてそれは存在している。
痛みはない。
しばらくの間呼吸をしていないことを思い出す。彼は小さな肩を大きくゆすり母親が待つ家へと向かう。