今更「冤罪とわかったから戻ってこい」と言われても、私を信じてくれなかった貴方達に情などありません
三年前、私は王太子の寵姫を虐めた罪で断罪された。
私こそが王太子の婚約者だったのに、彼の「寵姫」を虐めただなんておかしな話だけれど、他の人たちはあの子——アニタ嬢と王太子の言い分にしか聞く耳を持たなかった。
まるで、何か異様な魔術で操られているかのようだった。
「クリスティーナ、お前との婚約は破棄する! お前は修道院送りだ!」
そう告げられ、私は王太子の心を繋ぎ止められなかった使えない娘と両親からさえも罵倒され、罰として辺境の修道院へ送られることになった。
信じてくれたのはたった一人、私の義兄だけ。
「お義父様! お義母様! クリスティーナが卑劣な虐めなどするはずがありません! 彼女の言うことを聞くべきだ!」
「なんだと! 遠縁の傍流に過ぎぬのに拾ってやった恩も忘れ、私に逆らうか。それ以上口を開けば、親子の縁を切るぞ!」
遠縁のジュリアン兄様は、幼くして流行病で両親を亡くし、我がローゼリア伯爵家へと引き取られてきた。血の繋がりはほとんどないけれど、ジュリアン兄様は私をずっと可愛がってくれていた。
だけど、ジュリアン兄様の立場は弱い。いくら私を庇ってくれても、王太子による断罪は防ぎようがなく、私は修道院へ送られることになった。
それからの私は、ジュリアン兄様が信じてくれたことだけを心の支えに、厳しい生活を送っていた。
北にある修道院での生活は、寒々しく貧しい。
薪は節約させられ、暖炉もろくに使えない。擦り切れた毛布を重ねてなんとか寒さを凌ぐ日々。
修道院長は、修道女たちを虐めることに快感を覚えているかのような女性。この修道院に集まるのは罪を犯した女性ばかりだから、扱いはひどい。
仕事でミスをすれば鞭で打たれることもザラにある。
同じ立場の修道女同士が支えになるかと思えば、それも期待できなかった。平民出身の罪人たちは、比較的扱いのマシな私たち貴族出身を目の敵にしていたし、同じ貴族出身は、不貞をしたものや継子に毒を盛ったものなど、ろくでもない女性ばかり。
そんな中で、私は三年間、耐えて、耐えて、耐え忍んで生きてきた。
その末に……。
「やっぱり冤罪だったから呼び戻すわ」などと言われて、「はいそうですかありがとうございます」なんてなると思う?
父からの手紙によると、王太子の寵姫とされたアニタ嬢は隣国のスパイで、魅了魔法の使い手だったらしい。そしてアニタ嬢に陥れられた令嬢や文官などの名誉が回復されたので、「改めて実家に戻り、家の繁栄のために尽くすように。ジュリアンのことは三年前の騒動で勘当にしたので、婿を取って当家の跡取りを用意しろ」とのことだ。
ふざけないでほしい。
魅了魔法にかかっていただかなんだか知らないけれど、私の言い分に一切聞く耳持たず追放したくせに今更なんのつもりだろう。
その上まだ私を政略結婚の駒として使おうとは。
心底不快に思うけれど、逆らえる立場ではない。あえなく私は修道院を追い出され、渋々王都への馬車に乗るのだった。
「クリスティーナ! ああ、会いたかったわ! 元気だったかしら!」
「おお、クリスティーナ、よく戻ってきたな。お前のために縁談をたくさん用意しておいたのだ。家柄を吟味して婚約者を選ぶぞ」
両親は嘘くさい笑みを浮かべて屋敷へ戻った私に向けて両手を広げた。
私はそれを無表情で躱し、ハグを拒絶する。
「クリスティーナ?」
「あの時、私を一切信じず、追放したあなた方を許す気は一切ありません。もはや親とも思っておりません。あなた方の指示に従って結婚をするつもりもありません」
「なんだと! 親に向かってなんだその言い草は!」
父が激昂して私の頬を張った。
「クリスティーナ、なんてことを言うの。ひどいわ。私たちは魔女アニタの魅了魔法に操られていただけなのに」
母が眉を下げて縋るように言った。目元を押さえているけれど、涙は出ていない。
お得意の泣き真似。他人を思い通りに操作するために、母はよくこうやってか弱いふりをする。
「ジュリアン兄様は信じてくれていました。操られたのは、少しでも私を疑う心があったから、そこにつけ込まれたのではないですか?」
「それは……」
ジュリアン兄様のことを話題に出すと、両親はとても気まずそうな顔をして目を逸らした。私を庇ったことで、ジュリアン兄様は勘当されているのだ。それが冤罪だったと分かった今、両親はジュリアン兄様にも負い目があるはず。
「ジュリアン兄様はどちらにいらっしゃるのです?」
「ジュリアンは……。海軍士官学校に入学して、今はノーフォーク港で海軍として勤めているはずだ」
ノーフォーク港か。内陸部にある王都からだと、随分と遠い。旅費をなんとかして用立てなければ、ジュリアン兄様に会うこともできない。
「では、私はジュリアン兄様に会いたいのでノーフォーク港までの旅費を出していただけますか?」
「そ、そのようなことは許されん!」
「なぜ? アニタ嬢が隣国のスパイだったということは、ジュリアン兄様の勘当も不当なものだったのでしょう? 私が会ってはいけない理由がないと思いますが」
「と、とにかく! お前はわがローゼリア伯爵家の一人娘なのだ! 跡取り確保のために家のための婚姻はさせる! 頭を冷やすまで、地下室にいなさい!」
父は私の言い分に聞く耳を持たず、私を無理やり引きずって地下室へと閉じ込めた。
主に使用人の懲罰のために使われるその部屋は、窓がなく、暗くてジメジメとしている。ベッドが一台と、粗末な机と椅子があるばかりだ。
「はあ、私は何も悪いことをしていないのに、お父様は本当にひどいわ」
三年前のあの日から両親には何の期待もしていないけれど、謝罪すら望めないとは。まあ、自尊心ばかり肥大しきって、謝罪の一つもできない幼稚な人間であることは薄々分かってはいたけれど。
「会いたい……、ジュリアン兄様……」
あの日から唯一私の心の支えであり、たった一人の信じることができる相手。ジュリアン兄様に会えるかもしれないと一縷の望みをかけて王都に戻ってきたのに、それも空振り。
お父様も意地を張っていないで、ジュリアン兄様の勘当を解消してくれればいいのに。
そんなふうに思いながら一月ばかりを地下室で過ごした。
父は私を地下室に閉じ込めれば、すぐに音を上げて従うようになると思っていたようだけれど、おあいにく様。
修道院の環境はここよりもっと酷かった。ベッドはもっと硬くて、毛布はもっとボロボロで、しらみだって湧いていたのだ。
正直、随分とマシな環境に引っ越しができた気分。あと何年閉じ込めようと、私は父の言いなりにはならない。
反抗心をしっかりと固めて決意を新たにしていると、地下室の外が騒がしくなった。
「クリスティーナ!」
ジュリアン兄様?
ジュリアン兄様の声だ!
鍵のかかったドアが外から蹴破られ、まろびでるようにしてジュリアン兄様が部屋に入ってくる。
「クリスティーナ! よかった、無事だな!?」
部屋に入ってきたジュリアン兄様は、私のことを一目見るなり、腕を広げてぎゅっと抱きしめてくれた。
長年の修道院生活で髪も肌もボロボロなのに。王都に戻ってすぐ、地下室に閉じ込められていたせいで、たらいの水で体を拭く程度のことしかできていないのに。
「ジュリアン兄様、どうしてここへ?」
「マーサが教えてくれたんだ。クリスティーナがお義父様に閉じ込められていると、手紙に——」
マーサは我が家で長年勤めてくれているメイドだ。そういえば、三年前のマーサは心配そうな目でこちらを見ていたような気がする。
メイドだから当主に逆らうことはできなかったけれど、心配してくれていたということ、かな。
「そう、マーサが……」
私たちが無事を確かめ合い、情報を共有していると、壊れたドアから父が入ってきた。
「どういうつもりだジュリアン! 突然押しかけてきて、我が家のことに首を突っ込むとは!」
「クリスティーナは私の大事な妹です。不当に監禁されているとあれば、駆けつけるのは当然でしょう! 三年前のあの日も隣国のスパイにいいように操られて、今もこうやってクリスティーナを虐げて、あなたは親の風上にも置けない!」
「何だと!」
「やるんですか?」
いきりたつ父とは対照的に、ジュリアン兄様は静かに殺気の籠った目で父を睨む。
流石に海軍で仕官しているだけあって、父とは迫力が段違いだ。三年の間に随分と鍛えたのだろう。私を抱きしめてくれるジュリアン兄様の胸板は熱く、腕は太くて逞しい。
大して鍛えてもいない初老の父では、到底敵わないだろう。
「だ、だが! 貴族の家に生まれた以上、家のために尽くす義務はあるはずだ! クリスティーナには、跡取りとなる婿を見つけなければ」
「クリスティーナを北の厳しい修道院へ追いやっておいて、都合良く今度は利用しようなどとは、恥ずかしくないのか!」
ジュリアン兄様は厳しく追求する。
「私はクリスティーナを連れてこの家を出る」
「兄様、いいの?」
貴族令嬢なんて、家を出たら足手纏いで何もできない。
そんな私を連れて、ジュリアン兄様はこの家を出ると言ってくれている。
「クリスティーナ、お前はそれでいいか?」
「はい。私はジュリアン兄様と一緒に暮らしたいです」
私がそう言うと、なぜかジュリアン兄様は頬を染めて目を逸らした。
「そんな! それではローゼリア家はどうすれば!」
話を進める私たちを横目に、父は弱りきっている。
「それでは、二択を与えましょう。私たちが出奔するか、それとも私を再び跡取りとして迎えてクリスティーナに自由を与えるか」
「それは……」
私は驚きの目でジュリアン兄様を見上げる。ジュリアン兄様は今、海軍で立派に勤めていらっしゃるという。二年間士官学校に通った努力だって、放り投げることになる。
何より、ローゼリア伯爵家はジュリアン兄様にとって決して居心地のいい環境ではないはずだ。
それでも、私のために戻ると言ってくれる、のか。
「一度勘当したものを迎え入れるなど、世間体が……。だが、仕方ない。わかった。お前を再び養子として迎えよう」
父は苦渋の表情を浮かべた末、二人まとめて出奔されるよりはマシと判断したのか、そう答えた。
それに焦ったのは、実は私だ。
ジュリアン兄様が義兄ではなくなったと聞いた時、父の短慮に対する怒りと共に、淡い期待が胸に去来していた。
——私は、幼い頃からジュリアン兄様に恋心を抱いていたのだ。
義兄妹でなくなったのなら、もしかしたら。
貴族令嬢に恋愛の自由などないことはわかった上で、それでも期待せずにはいられなかった。
「あ、あの!」
咄嗟に、私は声を上げてしまう。
「私とジュリアン兄様が私の婚約者となれば、跡取りにもなりますし、一度勘当したものを再び養子にする必要もないのではないですか?」
「クリスティーナ!?」
父とジュリアン兄様が、揃って驚きの声を上げる。
「クリスティーナ。お前が家のために結婚をする必要はないのだよ? 私が守ってやるから、お前は自由に好きな相手と結ばれていいんだ」
「その、だから。嫌な相手と結婚したくないので、そう言ったのですが……」
私はモゴモゴと口ごもる。
鈍感なところのあるジュリアン兄様はまだ頭に疑問符を浮かべていた。
「だ、だから! 私は、結婚するならジュリアン兄様がいいんです!」
「く、クリスティーナ……」
ジュリアン兄様は、唖然とした顔で私を見つめていた。父もまた驚愕の表情を浮かべている。
どうなるだろう。断られるだろうか。
ジュリアン兄様は、私のことを妹としてしか見ていないような気もする。
結婚など、論外だと言われるかもしれない。
だけど——。
「わかった。クリスティーナがそう望むなら、私と婚約しよう。それでいいですね、お義父様?」
ジュリアン兄様は、決然とした表情で父の方を振り返った。
「……わかった」
父はジュリアン兄様にやられっぱなしで、断れば二人揃って出奔すると脅しているものだから、頷くしかない。
「それから、クリスティーナの監禁は解いてもらいます。このような部屋に住まわせるなど……。三年も修道院で過ごした娘に、何という仕打ち。私はしばらくあなたのことを許せそうにありませんよ」
ジュリアン兄様の瞋恚を真っ向から浴びせられた父は、顔を青ざめさせる。
「わ、わかった。クリスティーナの私室を整えさせる!」
あれほど憎らしかった父が、ジュリアン兄様の前では小さく見えた。我が家で強権を振るい、ジュリアン兄様を冷遇し、私の冤罪を信じ込んで修道院へ追いやった父。だが、いつの間にか成長していたジュリアン兄様の敵ではなかったらしい。
その後、父はメイドに指示をして私の私室を整えさせ、ついに私は三年ぶりに自室へと帰還を果たしたのだった。
メイドのマーサが、お茶を持って部屋へ入ってくる。
「マーサ。ちょうどよかった。あなたにお礼を言いたかったの。ジュリアン兄様にお手紙を出してくれたのでしょう? おかげで助かったわ、ありがとう」
「そんな。お嬢様が閉じ込められていると聞いて、随分心配いたしましたよ。ジュリアン坊っちゃまであれば、きっとお嬢様をお助けくださると思って、マーサはその繋ぎをしただけでございます」
マーサは健勝な私を見てホッとしたように胸を撫で下ろしながら、お茶を差し出してくれた。
久しぶりに飲む紅茶は、香り高くて美味しい。
「ジュリアン兄様とも、改めて話をしなくちゃ」
「ジュリアン坊っちゃまと、婚約をされるという話は本当ですか?」
「本当になったら嬉しいなと思っているのよ。いずれにしろ、跡取りの話は兄様を再び養子に迎えるか、私が婚約をするかの二択なのだから」
だったら、私は好いた相手と結ばれたい。
それに、冷遇されていたとはいえ、ジュリアン兄様はこのローゼリア伯爵家の跡取りとして教育を受けてきているのだ。ジュリアン兄様が跡取りの座に収まるのが一番丸い展開ではある。
そこへちょうどよく、ジュリアン兄様が私の部屋を訪ねてきた。
「クリスティーナ、今大丈夫かい?」
「はい。どうぞお入りください」
「よかった。無事に私室へ戻れたんだね。マーサも、私に知らせてくれてありがとう」
「いいえぇ。お二人がご無事で何よりですよ」
ジュリアン兄様はまずマーサに感謝を告げると、改めて私と向き直った。
「クリスティーナ。私の願いは、お前の幸福だけだ。お前が幸せになるためなら、私はなんでもしよう。だが、婚約者が本当に私でいいのかい?」
ジュリアン兄様から問いかけられて、改めて私は覚悟を決めて真剣な表情で答える。
「はい。私はジュリアン兄様をお慕い申し上げております」
「そうか。……私も愛しているよ、クリスティーナ。三年前のあの日から、いつか立派になって修道院までお前を迎えにゆくのだと、決めていたんだ」
そうだったのか。そのためにジュリアン兄様は、厳しいと評判の海軍士官学校にまで入ってくれたのだろうか。
アニタ嬢の魅了魔法に唯一引っ掛からなかったジュリアン兄様。それは、私を疑う心がかけらも存在しなかった、ということだ。
魅了魔法は、人の心の隙間に入り込み、その感情を増幅させることで操るという。だから、増幅させる元になる感情がなければ操ることはできない。
そういう意味では、心から私を信じてくれなかった両親を、私はもう家族とは思えない。
だから……。
「ジュリアン兄様。私の家族になってくれますか?」
「ああ、喜んで。クリスティーナ」
私たちは互いに硬く、抱きしめ合った。
お読みいただきありがとうございます!
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またたくさん短編も書いているので、そちらもお楽しみいただけたら幸いです。




