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魔王の部屋を完成された!?

月明かりがカーテンの隙間から差し込み、部屋を青白く照らしている。


エリスはベッドの中で、三時間にわたり寝返りを打ち続けていた。


眠れない。


原因は明白だ。


視線の先、壁の中央に鎮座する禍々しいオブジェ。


父ゼノンが満面の笑みで五寸釘を打ち込み、固定していった「紅蓮の古杖・イグニス」。


先端の魔石が、呼吸するように明滅している。


ドクン、ドクン。


心臓の鼓動に合わせているかのようなリズムだ。


気味が悪いことこの上ない。


エリスは布団を頭から被り、視界を遮断しようと試みた。


(寝よう。無視だ。あれはただのインテリア。ちょっと自己主張が激しいだけの木の棒)


(明日はフィオナさんの地獄の特訓があるんだから、早く寝ないと体力が持たない)


エリスが目を閉じた、その時だった。


ブウン。


空気が震えるような低周波音が響く。


布団越しでも分かるほどの強烈な魔力の波動。


エリスはガバッと布団を跳ね除けた。


「なっ!?」


壁の杖が、赤く発光していた。


いや、赤いだけではない。


杖から伸びた魔力の触手が、空気中を漂うエリスの漏れ出た魔力を勝手に絡め取っている。


チュルチュルと音が出そうな勢いで、エリスの無意識下の魔力を吸収しているのだ。


「ちょっ、待って! 何勝手に食事してんの!?」


エリスは叫んだ。


杖の魔石がカッと見開かれた目のように輝く。


『魔力感知。適合者確認。出力制限解除。フルパワーモード起動』


そんな幻聴が聞こえた気がした。


次の瞬間、杖を中心にして爆発的な魔力の奔流が部屋中に撒き散らされた。


増幅された魔力は、当然ながらエリスの属性――つまり「魔王リリスの植物生成能力」を伴って。


ボボボボボッ!!


床から、壁から、天井から。


漆黒の茨が噴水のように溢れ出す。


毒々しい真紅のバラが、ポッポッポッと狂ったように咲き乱れる。


「ぎゃあああああ!!」


エリスの悲鳴は、瞬く間に増殖した植物の壁に吸い込まれて消えた。


数秒後。


エリスの可愛らしい子供部屋は消滅していた。


そこにあるのは、魔界の最深部を切り取ってきたかのような、悪夢のジャングル。


ベッドの天蓋には棘だらけのツルが巻き付き、勉強机の上には人を丸呑みできそうな巨大な食虫植物が鎮座している。


床は一面のバラ畑(致死毒入り)となり、歩くスペースすら存在しない。


杖は満足したのか、壁の中心で赤々と輝き、まるで「どうだ、素晴らしい改装だろう?」と誇っているように見えた。


エリスはパジャマのまま、ベッドの上で膝を抱えて震えていた。


「……終わった」


「これ、どう見ても魔王の部屋だよね」


「勇者が突入してきたら、問答無用でファイナルアタック撃つレベルだよね」


扉の向こうは静まり返っている。


幸い、ゼノンとママの寝室は一階だ。


だが、朝になれば。


「おはようエリス! よく眠れ……なんだこれはぁぁぁ!?」


という展開が約束されている。


そして駆けつけたフィオナが、「あらあら、ついに本性を現したのね」と氷の魔法を構える未来。


「……やだ」


エリスは涙目で立ち上がった。


「絶対に嫌! まだ死にたくない!」


「証拠隠滅よ! 夜が明けるまでに、この『魔界』を元の『ファンシーな子供部屋』に戻すのよ!」


作戦開始。


時刻は深夜二時。


タイムリミットは朝の六時。


エリスは腕まくりをした。


まず、物理的に引っこ抜く。


「うおりゃぁぁ!!」


エリスは太い茨を掴んで引っ張った。


ビクともしない。


魔力で強化された植物は鋼鉄のように硬く、十歳の少女の腕力ではビクともしなかった。


「くそっ! 自分の魔力で作ったくせに、なんでこんなに頑丈なのよ!」


ならば、魔法で消すか?


いや、下手に魔力を使えば、あのバカ杖がまた反応して「お代わり」を増幅しかねない。


残された手段は一つ。


魔王特有の能力「捕食吸収」だ。


エリスは自分の指先を茨に変形させた。


自身の体の一部を植物化し、対象の植物を取り込んで同化・吸収する。


これなら音も出ず、魔力も漏れない。


ただし、欠点がある。


「……いただきまーす」


エリスの指先の茨が、巨大なツルに絡みつく。


ジュル……ジュルジュル……。


ゆっくりと、本当にゆっくりと、黒いツルがエリスの指の中に吸い込まれていく。


「……遅っ!!」


エリスは愕然とした。


今のレベルでは、吸収速度が遅すぎる。


ストローでタピオカを吸うよりも遅い。


このペースで部屋中の植物を処理していたら、完了するのは来世になってしまう。


「もっと! もっと早く食べてよ私!」


エリスは焦燥感に駆られながら、両手両足を植物化し、四肢をフル動員して部屋中の植物に食らいついた。


見た目は完全にホラーだ。


パジャマ姿の少女が、部屋を埋め尽くす触手の森に手足を突き刺し、ズズズ、ズズズと啜っているのだから。


もし誰かが見たら、魔王だとバレる以前に、SAN値直葬で発狂するだろう。


「美味しい……とか感じてる場合じゃない!」


「急げ! マサさんが朝食の準備に起きる前に!」


「パパが朝の日課の素振りで叫びだす前に!」


エリスは必死だった。


額から滝のような汗が流れる。


吸収した魔力が体内で飽和し、お腹がパンパンに膨れてくる。


満腹だ。


もう食べられない。


だが、目の前にはまだ未開のジャングルが広がっている。


「うぷっ……もう無理……」


「でも……死にたくない……」


エリスは涙を流しながら、巨大な食虫植物の茎にかぶりついた。


これは生存競争だ。


食うか、食われるか(社会的に)。


チュン、チュン。


小鳥のさえずりが聞こえる。


窓の外が白々と明るくなってきた。


「……はぁ、はぁ、はぁ……」


エリスは床に大の字になって倒れていた。


部屋の中は、奇跡的に片付いていた。


壁紙は少し剥がれ、床には謎の粘液が残り、机の脚は一本折れているが、パッと見は「少し散らかった子供部屋」に見えなくもない。


黒い茨も、毒バラも、すべてエリスの胃袋(魔力タンク)の中に収まった。


「か、勝った……」


エリスは勝利を確信した。


その時、ドアがノックされた。


コンコン。


「エリスー! 起きてるかー?」


ゼノンの元気な声だ。


「朝だぞ! 今日から特訓だろう? 朝飯しっかり食わないとな!」


ガチャリ。


ドアが開く。


ゼノンが顔を出した。


「……む?」


彼は部屋の惨状を見回した。


剥がれた壁紙。


折れた机。


床に倒れ伏す娘。


そして、異常に膨らんだエリスのお腹。


「エリス……お前……」


ゼノンは目を見開いた。


エリスは硬直した。


(やばい。お腹が出すぎてる。まさか、妊娠とか変な勘違いを……?)


ゼノンは真剣な顔で駆け寄り、エリスの肩を掴んだ。


「お前……まさか……」


「夕飯のあと、隠しておいたお菓子を全部盗み食いしたのか!?」


「そんなにお腹パンパンになるまで!?」


「……」


エリスは虚ろな目で父を見上げた。


「……うん。そうだよパパ」


「クッキー……美味しかった」


「そっかー! ガハハ! 育ち盛りだからな!」


ゼノンは豪快に笑い、エリスの頭を撫でた。


「でも程々にな! 虫歯になるぞ!」


「さあ、着替えてこい! フィオナが待ってるぞ!」


ゼノンは部屋を出て行った。


エリスは泥のように重い体を起こした。


(……チョロい。チョロすぎる)


(でも、助かった)


彼女は壁にかかった魔導杖を睨みつけた。


杖はスンとした顔で、何事もなかったかのように鎮座している。


「覚えてなさいよ……」


「いつか絶対、リサイクルショップに売ってやるから」


エリスは魔力で膨れたお腹をさすりながら、新たな一日の始まり(地獄)に絶望のため息をついた。

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