私の寝室に爆弾を置くな!!
兄の額に刻まれた「隷属マーキング(仮)」の衝撃も冷めやらぬ中、リビングの扉が再び勢いよく開かれた。
現れたのは、部屋の温度を二、三度上げるほどの熱気を纏った父、ゼノンである。
彼の手には、厳重に梱包された長細い布包みが握られていた。
その布越しでさえ、エリスの肌にはビリビリとした静電気が伝わってくる。
嫌な予感しかしない。
魔王としての直感が、全力で「逃げろ」と警鐘を鳴らしている。
ゼノンは満面の笑みで、テーブルの上にその包みを置いた。
ドスン。
重い音が響く。
「エリス! 魔法の特訓をするなら、道具が必要だろう?」
「パパ、とっておきのプレゼントを持ってきたぞ!」
彼は勿体ぶって布を解く。
現れたのは、一本の杖だった。
素材は深紅の古木。
先端には、子供の頭ほどもある巨大な魔石が嵌め込まれており、そこから目に見えるほどの魔力の奔流が渦巻いている。
どう見ても、初心者の十歳児が持つ代物ではない。
むしろ、ラスボスが最終決戦で振り回すレベルの凶器だ。
「ジャーン! 『紅蓮の古杖・イグニス』だ!」
ゼノンが得意げに紹介する。
「俺が現役時代、とある遺跡のドラゴンから『譲り受けた(物理)』国宝級の魔導具だ!」
「こいつの凄いところはな、触れるだけで使用者の魔力を強制的に引き出し、百倍に増幅して放出するところだ!」
「どうだエリス! これなら魔力制御が苦手な初心者でも、ド派手な魔法が撃ち放題だぞ!」
エリスは顔面蒼白になり、無言で三歩後ずさった。
馬鹿なの?
この父親は本気で馬鹿なの?
今のエリスの状態は、蛇口が壊れて水が噴き出している水道管のようなものだ。
そこに「増幅装置(高圧ポンプ)」を接続したらどうなるか。
答えは簡単。
大・爆・発だ。
しかも、増幅されるのは「偽装したピンクの花」ではなく、根底にある「魔王の闇魔力」。
もしこの杖に触れれば、この屋敷どころか、リバティア連邦の一部が地図から消滅し、黒い茨の城が誕生してしまうだろう。
即ち、正体バレ&即処刑コース。
これはプレゼントではない。
愛という名の暗殺兵器だ。
「さあ、遠慮するな! 持ってみろ!」
ゼノンが杖を差し出す。
先端の魔石が、エリスの魔力に反応して妖しく明滅を始めた。
ウウン……ウウン……と、空気が唸る音が聞こえる。
エリスは首を千切れんばかりに横に振った。
「い、いい! いらない!」
「私には早すぎるよパパ! そんな……そんな高そうなもの!」
「ははは、遠慮するなと言っただろう? パパはお前の喜ぶ顔が見たいんだ!」
「違うの! 物理的に重そうだし! 私、か弱い女の子だし!」
エリスは椅子の背後に隠れ、必死の抵抗を試みる。
その様子を、フィオナが優雅に紅茶を飲みながら眺めていた。
彼女の目は、完全に面白がっている。
エリスは視線で助けを求めた。
『フィオナさん! あなたなら分かるでしょ!? これが危険物だって! 止めてよ!』
フィオナと目が合う。
彼女は口角を吊り上げ、カップを置いた。
「あら、いいじゃないエリスちゃん」
裏切られた。
「高負荷の環境でこそ、才能は磨かれるものよ」
「その杖、確かにじゃじゃ馬だけれど……貴方の『規格外』な魔力なら、あるいは使いこなせるかもしれないわね」
「ほら、一度握ってみなさいな。……何が起きるか、先生とっても興味があるわ」
悪魔だ。
ここに銀髪の悪魔がいる。
彼女はエリスが自爆するか、あるいは魔王の片鱗を露呈するのを、特等席で見物する気満々だ。
ゼノンが援護射撃を得て、さらに勢いづく。
「ほら見ろ! 先生も太鼓判だぞ!」
「さあエリス、パパの愛を受け取ってくれ!」
杖が迫る。
魔石の輝きが強くなる。
エリスの肌が、膨大な魔力干渉にピリピリと痛む。
(触ったら終わる!)
(触ったら死ぬ!)
(誰か! 誰かこの暴走機関車を止めて!)
その時、エリスの視界に救世主が映った。
キラキラした目で杖を見つめる、無邪気な兄アレクである。
エリスは咄嗟にアレクの背中に飛びつき、彼を盾にした。
「お、お兄ちゃんの方が似合うよ!」
「男の子だし! カッコイイし! この杖は絶対お兄ちゃんが持つべきだよ!」
アレクは目を輝かせた。
「えっ、本当!? 僕が持っていいの?」
「うん! どうぞ! パパ、お兄ちゃんにあげて!」
エリスはアレクの背後から顔だけ出し、必死にゼノンへ訴える。
ゼノンは少し残念そうな顔をしたが、息子への愛もまた深い。
「む……そうか。エリスがそう言うなら」
「よしアレク! お前には少し早いかもしれないが、特別に貸してやろう!」
「わーい! ありがとうパパ! エリス!」
アレクが杖に手を伸ばす。
エリスは安堵のため息をつきかけた。
だが、その瞬間。
バチィッ!!
アレクの指先が杖に触れる直前、杖の魔石が真っ赤に発光し、強烈な拒絶のスパークを放ったのだ。
「うわっ!?」
アレクが手を引っ込める。
ゼノンが驚いて杖を取り落とす。
ドガンッ!
床に落ちた杖から衝撃波が広がり、リビングの窓ガラスがガタガタと揺れた。
「な、なんだ今の!?」
ゼノンが目を白黒させる。
フィオナが興味深そうに身を乗り出した。
「……魔道具には相性があるわ」
「その杖、どうやらアレク君の魔力波長がお気に召さなかったみたいね」
「逆に言えば……所有者を選り好みするほど、強力な自我を持っているということ」
フィオナの視線が、再びエリスに向く。
「そして……さっきエリスちゃんに向けられた時は、杖が『歓喜』して振動していたように見えたけれど?」
エリスは凍りついた。
余計な解説をしないでほしい。
つまりこの杖、同類(ヤバい魔力)の匂いを嗅ぎつけて、エリスに「使ってくれぇぇ!」と求愛していたのだ。
呪いのアイテムか何かか。
ゼノンがポンと手を打った。
「なるほど! つまりこの杖は、やはりエリスの運命の相棒ってことか!」
「拒絶されなかったのがその証拠だ!」
「ひぃっ!?」
エリスは悲鳴を上げた。
「でもパパ! 今の見たでしょ!? 危ないよ! 私まだ子供だもん!」
「こんなの部屋にあったら、怖くて夜トイレ行けないよ!」
彼女は涙目(演技半分、本気半分)で訴えた。
さすがに衝撃波を見たゼノンも、娘を危険に晒すのは躊躇われたようだ。
「う……確かに、暴発したら危ないな」
「分かった。エリスが怖がるなら無理強いはしない」
助かった。
エリスの膝から力が抜ける。
だが、ゼノンは杖を拾い上げ、ニコリと笑った。
「じゃあ、エリスが一人前になるまで、この杖は俺が管理しよう」
「でも、いつでも使えるように、お前の部屋の『壁』に飾っておくことにする!」
「毎晩これを眺めて、立派な魔導師になるモチベーションを高めるんだ!」
「は……?」
エリスは絶句した。
壁に?
あの、魔力を勝手に吸い上げて暴発しかねない、意思持ちの呪われた杖を?
私の寝室に?
「よし決定だ! さっそく釘を打ち付けてくるぞ!」
ゼノンは歌うように言いながら、杖と金槌を持って二階へ駆け上がっていく。
「あ、あの! パパ!? 風水的に良くないと思うなー!!」
エリスの叫びは虚しく響いた。
コンコン、ガンガン。
二階から、エリスの安眠と平穏な日常を打ち砕くような、軽快なハンマー音が聞こえてきた。
エリスは床に突っ伏した。
フィオナがクスクスと笑いながら、空になったティーカップを置く。
「賑やかでいい家ね」
「……地獄よ、ここは」
エリスは呟いた。
魔王の転生体、勇者の息子(眷属疑惑)、ドSの賢者、そして天然爆弾の英雄パパ。
さらに自室には国宝級の魔導兵器が鎮座。
エリス・アルトリウス、十歳。
彼女の「普通の女の子」としての生活は、開始早々にして詰んでいた。




