前世の私を殺したのはパパだったの!?
乾いた風が、エリスの頬を撫でた。
周囲を見渡せば、半径十メートルの緑が死滅し、黒い茨がのたうつ地獄絵図が広がっている。
エリスは自分の手のひらを見つめた。
震えている。
恐怖ではない。
力が溢れて止まらない興奮と、同時に蘇った記憶の奔流に、脳味噌が沸騰しそうだったからだ。
(整理しよう。……うん、まずは落ち着いて整理だ、エリス)
彼女は心の中で必死に自分に言い聞かせる。
一、私はエリス。
十歳の可愛い女の子。
二、でも実は、前世は「魔王リリス」という、世界を敵に回した超ヤバい女だったらしい。
三、その魔王リリスは、白銀の鎧を着た「槍使いの英雄」に心臓をぶち抜かれて殺された。
ここまではいい。
問題は次だ。
エリスの脳裏に、毎朝笑顔でパンを焼いてくれる、優しくて力持ちのパパの顔が浮かぶ。
彼の武器は、納屋の奥に隠してある「白銀の槍」。
そして、時折見せる遠い目と、鎧の手入れをする時の殺気。
(……いやいやいや!)
(まさかそんな! パパがあの「英雄」!?)
(ってことは、私……自分を殺した張本人の娘に転生しちゃったってこと!?)
顔面蒼白。
血の気が引く音が聞こえるようだ。
これはマズい。
非常にマズい。
もしパパに「私が魔王の生まれ変わり」だとバレたら?
慈悲深いパパのことだ、きっとこう言うに違いない。
『ごめんな、エリス。
……悪は滅びなければならないんだ』
そして、あの槍で再びグサリ。
二度目の処刑エンドだ。
(嫌ぁぁぁぁッ!! 死にたくない! まだ十歳よ!? お菓子も恋もこれからなのにッ!!)
エリスが頭を抱えて絶叫しそうになった、その時である。
ガサリ。
背後の茂みが大きく揺れた。
現れたのは、筋肉質な腕に薪を抱え、少し心配そうな顔をした大男――ゼノン・アルトリウスその人であった。
視線が交差する。
ゼノンの碧眼が、エリスを見据え、そして彼女の周囲に広がる惨状――枯れ果てた木々と、禍々しく蠢く黒い茨を捉えた。
時間が止まった。
エリスの心臓も止まった。
(終わった……)
(見られた。魔王の力を。この禍々しい茨を)
(もう言い逃れできない。……さようなら、私の短い二度目の人生)
エリスは覚悟を決めた。
せめて痛くないように一思いに殺してくれと懇願しようか、それとも嘘泣きで情に訴えるか。
ゼノンが口を開く。
その表情は、驚愕に固まっている。
「……エリス」
重々しい声。
処刑宣告だ。
エリスはギュッと目を閉じた。
「……こ、これは……」
ゼノンの声が震えている。
怒りか? 絶望か?
「す、すごいじゃないかぁぁぁッ!!」
「……え?」
エリスは恐る恐る目を開けた。
そこには、薪を放り出し、満面の笑みで両手を広げる親バカ全開の父の姿があった。
ゼノンは茨を恐れるどころか、キラキラした瞳でそれを見つめている。
「おお、見ろ! なんて力強い魔力だ!」
「まさか我が娘に、これほどの魔法の才能が眠っていたとは!」
「さすがは……俺の子だ!」
ゼノンは感極まったようにエリスを抱き上げ、高い高いをした。
「うわぁっ!? パ、パパ!?」
「すごいぞエリス! この茨、ちょっとトゲトゲしてて黒いけど、薔薇みたいで綺麗だぞ!」
「え、あ、うん……?」
エリスは混乱した。
気づいてない。
この人、これが「魔王の呪い」じゃなくて「魔法の才能」だと思ってる!
しかも「黒いけど綺麗」って、フィルターかかりすぎじゃない!?
ゼノンはエリスの頬に自分の髭面をすり寄せ、ジョリジョリと攻撃しながら言った。
「いやぁ、実はずっと心配していたんだ。お前が魔力を持たずに生まれたらどうしようかと」
「でも安心した! これなら立派な魔導師になれる! フィオナにも自慢しなきゃな!」
「あは、あはは……そうだね、パパ……」
エリスは乾いた笑いを浮かべた。
チョロい。
世界を救った英雄、まさかの娘溺愛フィルターで識別能力ゼロ疑惑。
だが、油断は禁物だ。
ゼノンは娘を地面に下ろすと、ふと真面目な顔に戻り、エリスの目線に合わせて屈んだ。
エリスの背筋が凍る。
バレたか?
「でもな、エリス」
「……は、はい」
「力というのは、使い方を間違えれば自分を傷つける」
「この力は……まだ制御できていないようだ。あまり人前で見せてはいけないよ」
ゼノンの瞳に、一瞬だけ鋭い光が宿る。
それは歴戦の戦士の眼光であり、同時に何か深い悲しみを帯びた色だった。
彼はエリスの頭を優しく撫でた。
「パパが……使い方を教えてやるからな」
「だから、他の人には内緒だぞ? ……約束だ」
小指を突き出すゼノン。
エリスはその大きな小指に、自分の小さな小指を絡めた。
「うん……約束、パパ」
(危なかったぁぁぁ!!)
(とりあえず「才能」ってことで誤魔化せたけど、訓練とか絶対ボロが出るじゃん!)
(「あ、今の動き魔王っぽいね」とか言われたら即死よ!?)
エリスは内心で冷や汗をダラダラ流しながら、表面上は無邪気な笑顔を作った。
「パパ、お腹すいた!」
「おっと、そうだな! 今日はマサさんが特製シチューを作ってるぞ!」
ゼノンは再びエリスを肩車し、鼻歌交じりに家路につく。
その背中の上で、エリスは拳を握りしめた。
生き残る。
何としても、この「英雄パパ」の元で、正体を隠し通して生き延びてやる。
こうして、元魔王エリス(10歳)の、命がけの「良い子」演技生活が幕を開けたのである。
……ちなみに、ゼノンの背中は温かかった。
前世でこの背中に槍で貫かれた記憶さえなければ、最高のパパなのだが。
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