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私は魔王だったって言うの!?

※本作は『奴隷魔族である私に、幸せは訪れない』と同一世界観の作品のため、前作内容に触れる部分があります。



エリスは森の奥深くへと足を踏み入れた。


苔むした倒木を乗り越え、鬱蒼と茂るシダの葉を手で払う。


湿った土の匂いと、木漏れ日が作る斑点模様だけが、彼女の世界を構成している。


父であるゼノンからは、決して家の裏手にある古い石柱の境界を超えてはならないと言われていた。


だが、十歳の少女の好奇心は、大人の禁則よりも遥かに強い引力を持っていた。


彼女は銀色の髪を枝に引っかけながら、何かに呼ばれるように歩を進めた。


風が止まる。


鳥の声が消える。


静寂。


その異質な空白の中心に、それはあった。


周囲の緑とはあまりに不釣り合いな、鮮烈な「赤」。


一本の野生のバラが、朽ちた切り株の上に孤高に咲いている。


エリスは息を呑んだ。


その赤は、血の色に似ていた。


いや、血そのもののように、花弁の一枚一枚がドクドクと脈打っているように見えた。


恐ろしい。


しかし、それ以上に美しい。


エリスの足は、意思に反してその花へと近づいていく。


右手が震えながら伸びる。


白い指先が、赤い花弁に触れた。


熱。


指先から灼熱の電流が全身を駆け巡った。


エリスの視界が反転する。


緑の森が消え、代わりに見たこともない荒涼とした赤い荒野が広がる。


焦げた空。


血の雨。


そして、どこまでも続く孤独と、胸を焼き尽くすような「愛」への渇望。


『……咲きなさい』


誰かの声が、頭蓋骨の内側から響いた。


いいえ、それは自分の声だ。


自分の喉が、自分の知らない言葉を勝手に紡ぎ出す。


「……バラよ、咲き誇れ」


エリスの双眸から、ガラス玉のような透明感が失われ、妖しい深紅の光が宿った。


ドクン、と心臓が跳ねる。


その鼓動に合わせて、世界が書き換わっていく。


彼女の小さな掌から、ごぼりと音を立てて黒い茨が噴出した。


それは生き物のようにのたうち、周囲の草花を喰らい尽くす。


緑色が瞬く間に灰色へ変わり、豊かな生命力を吸い上げられた大木が、ミイラのように干からびて崩れ落ちる。


生命の略奪。


圧倒的な暴力。


エリスは、その光景に恐怖するどころか、背筋が震えるほどの快感を覚えていた。


力が溢れてくる。


世界のすべてを支配し、蹂躙し、自分の色に染め上げる全能感。


彼女の背中から、翼のように巨大な茨が展開し、森の天井を突き破った。


詠唱が、口をついて出る。


意味など分からない。


けれど、魂がそれを知っている。


『虚無の海より来たりて、因果の岸を喰らうものよ。


我が血肉を楔とし、永遠の渇きを癒さん。』


轟音。


エリスを中心とした半径十メートルの森が、瞬時に死滅した。


黒い茨の檻の中で、赤いバラだけが狂い咲いている。


エリスは膝をついた。


力の奔流が去ると同時に、激しいめまいと吐き気が襲ってくる。


頭が割れるように痛い。


脳裏に、断片的な映像がフラッシュバックする。


目の前に立つ、白銀の鎧を纏った男。


顔は見えない。


逆光の中で、彼が振り上げた槍の切っ先だけが、冷酷な輝きを放っている。


痛み。


胸を貫かれる、焼けるような、それでいてどこか救いのような激痛。


視界が赤く染まり、命がこぼれ落ちていく感覚。


男の腕の中で、冷たくなっていく自分。


――ああ、私は殺されたのだ。


――あのお方の手によって、私は……。


エリスは荒い息を吐きながら、自分の手を見つめた。


そこには、まだ黒い茨の刺青のような痣が残り、微かに煙を上げている。


周囲を見渡す。


平和だった森の一角が、地獄のような惨状に変わっていた。


自分がやったのか。


この手で。


「……なに、これ」


震える声が漏れた。


「私は……」


彼女は呟いた。


夢だと思いたかった。


だが、指先に残るバラの棘の痛みと、枯れ果てた木々の死臭が、これを現実だと突きつけてくる。


記憶の底から、錆びついた扉が開く音がした。


その奥から、一つの単語が浮かび上がる。


自分を指し示す、忌まわしくも懐かしい称号。


「私は……魔王だったって言うの……!?」


風が吹き抜け、真紅の花弁が舞い上がる。

【作者よりお願い】

もし、この物語の中に

ほんの少しでも心に残ったなら、


評価【★★★★★】や、

続きを忘れずに辿っていただくための

【ブックマーク】をしていただけましたら、


それだけで、この物語は救われます。

いつも、ありがとうございます。

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