11-1 結婚挨拶①
ある日の夕刻。北門は特に大きな問題もなく閉門時間を迎えることが出来た。守衛を務めていた神太郎も今日は定時上がり。早々に私服に着替えて廊下を進んでいると、同じく仕事上がりのルメシアと出くわした。
「おう、ルメシア。何か機嫌良さそうだな」
「分かる? やっと今月分の提出書類が纏まったのよ。成績も先月より上がってるから、堂々と上に渡すことが出来そう。気分上々」
そう言って嬉しそうな顔を見せるルメシア。神太郎もまたそんな彼女を見ていると嬉しくなってくる。
「そりゃ、めでたい」
「こんな時は、ご褒美として美味しいものを食べたくなるのよねー」
「甘い物がいいなー。ケーキが食いたい。ビーザック通りの高級店のやつを」
「いいねー。今度一緒に食べよう。じゃあ私、急いで治安局に行かないといけないから」
「おう、またなー」
そして北門を出た恋人たちは、笑顔で別れの挨拶。彼女は馬車に乗って帰路に着くのだった。
それで彼氏の方はというと……、
「よう、ユリーシャ」
すぐさま別の女と会っていた。北門に面する大通りに停めてあった馬車。それに乗り込んだ神太郎は、笑顔の
ユリーシャに迎えられる。
「お疲れ様、神太郎。どう? 仕事は順調?」
「ぼちぼち……。お前の方は? 今は忙しい時期だろう。ルメシアの奴は今日、今月分の提出書類が仕上がったって喜んでいたけど」
「私は昨日のうちに終わらせておいたから」
「流石、優秀な東門だ。ルメシアがまた羨ましがるぞ」
「違うわよ。今日のために時間を作っておきたかったの。今日のデートのためにね」
そう言って嬉しそうな顔を見せるユリーシャ。神太郎もまたそんな彼女を見ていると嬉しくなってくる。
ということで、本日二人はデートなのだ。
二人が赴いたのは、小さな料亭。前にルメシアとユリーシャが昼食に赴いて、神太郎が外で待たされたあの店である。あの時ありつくことが出来なかった彼のためにと、ユリーシャが気を遣ってくれたのだろう。
こじんまりとしつつも、高級感を感じさせる店内。二人用の小さな卓に着いた二人は、料理が来るまで食前酒で喉を潤す。
「いい雰囲気じゃないか。流石、公爵令嬢はセンスがいいな」
神太郎も満足。知る人ぞ知る名店という話も頷けた。
「神太郎が選んだあの居酒屋も好きよ。また連れて行ってね」
「お安い御用で」
それから出てきた羊料理を堪能。神太郎は初めて食べるラムステーキに舌鼓をし、ユリーシャは好物の子羊のトマト煮込みを満喫する。
互いに話題を振り、その度に笑っては酒で口直しをする。時折、仕事の愚痴を吐いたりもして日頃の鬱憤を晴らしていた。
そして料理が粗方片付いた頃、神太郎は訊いてみた。
「で、今日は何でまた夕食の誘いに?」
今回のデートはユリーシャからの誘いによるものだった。神太郎は自由気ままな男だが、鈍感男ではない。ただ、付き合う前のルメシアのように本心を露にしないのは好かなかった。
「何か理由がなきゃ誘っちゃ駄目なの?」
「何か理由がなきゃ、恋人同士でもない男女が二人っきりで食事をするか?」
「神太郎と夕食を一緒にしたかったからじゃ駄目?」
「この忙しい時期にわざわざ時間を作ってまでか?」
神太郎の的確なツッコミに、ユリーシャも苦笑して認めざるを得なかった。
「……少し歩かない?」
食後、店を出た二人は傍にあった小川の川縁を歩いていた。人気もなく静かで、星が煌く夜空が散歩を気持ちよく感じさせる。ただ、ユリーシャの表情は晴れやかとは言えなかった。
しばらく続く無言。彼女が何も言わないから、神太郎も何も言わなかった。
……そして、ユリーシャがやっと口を開く。
「神太郎ってルメシアのこと、どう思っているの?」
「うん? 好きだよ」
「付き合ったりしてるの?」
「まぁな」
「……そっか」
神太郎が正直に答えると、彼女はまた黙り込んだ。
何やら苦悩しているようだった。今回のデートもそれが理由だろう。言い辛いことなのだろうと、神太郎は黙って待ち続けることを選ぶ。
やがて、ユリーシャは意を決してそれを明かす。
「実はね、私、東衛長を辞めることになったの。東門での魔獣侵入事件が父の耳に入って、私を心配して辞めさせるよう手を回したの。私は拒んだんだけど、全然聞いてくれなくて」
それは驚く知らせだった。だが、本当に驚くべきは次の知らせである。
「それと……私が神太郎の家にお泊りしたことも知ったみたいで、変な男に関わる前にと父の用意した人と結婚させられることにもなったの」
結婚――!
ユリーシャが結婚――!?
「結婚するのか、俺以外のヤツと……」
彼女の言葉に神太郎は驚いた。
「え?! い、いや、神太郎はルメシアと付き合ってるんでしょう?」
彼の言葉にユリーシャも驚いた。それに関して、神太郎は平然と申し開く。
「してるよ。ハーレム要員として。お前にも誘いを掛けただろう」
「あれ、本気だったの!?」
「当然さ」
「ルメシアも全部承知の上?」
「アイツも悩んだけどな。お前も来いよ。親友のお前が加わればルメシアも喜ぶさ」
そう言い切る彼の顔には、驕りもなければ後ろめたさもなかった。信念をもって誘っている。最高の人生を送るという信念をもって。
「最高の人生を送るにはお前が必要だ。ここでお前を諦めたら、俺は絶対後悔する」
「で、でも……」
「お前はどうなんだ?」
そして、ユリーシャに問い掛ける。彼女の顔を真っ直ぐ見据えながら。対して、ユリーシャは逆に顔を背けてしまう。未練を断ち切るかのように。
「私も……神太郎を忘れることが出来ない」
それでも、正直に答えてしまったのは乙女心のせいか。柵を無視して、自身の望みを伝える。それは正に彼が聞きたかった言葉だった。
神太郎はユリーシャの頬を優しく掴むと、自分へと顔を向けさせる。
そして……、
唇を重ねた。
ミリーシャにとって予期しないこと。
されど、望んでもいたこと。
彼女はその瞬間を大切に……大切に……大切に……味わうのだった。
やがて唇を離すと神太郎は宣言する。
「これでお前も俺の恋人だ」
「……けれど、お父様がお許しにならないわ」
「頼みに行けばいい」
「無理よ。厳格な方だから、ハーレムなんて話はとても……。って、神太郎?」
と、神太郎はユリーシャの説明を聞き終える前に、彼女の手を握って歩き出した。
「善は急げ。今から行こう」
「え? 今から!? ち、ちょっと……ねぇ!?」
問答無用。戸惑う新しい恋人を連れ、彼は新たなる戦場へと向かう。
ハーレムを目指す男、三好神太郎。
彼は女を得る時こそ、最も闘志が滾るのだ。




